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ワンスオンリーの物語は描けているか?

日本の行政が圧倒的に世界に後れを取っている分野がワンスオンリー手続きです。日本では、認証やデータ等の個別の技術分野毎に取り組みを進めることが多く、全体の物語を考える人がいないのでなかなか良いサービスができません。

ワンスオンリーとは何か

ワンスオンリーとは、一度提出した情報を関連の手続きなどで再利用し、利用者の利便性を大幅に向上させる考え方です。民間では当たり前のように行われています。
ショッピングサイトに行ったときに、最初にユーザー登録として各種情報を登録すれば、次回以降はログインすると、氏名はもちろんのこと配送先、支払情報なども再利用できるので、再入力をする必要はありません。最近は、サービス間連携で、SNS等に既に登録しているユーザー情報を異なるサービスで使うこともあります。
このように民間では当たり前のサービスです。

民間のワンスオンリーサービス

行政でワンスオンリーといわれるのは、この民間の取り組みをもっと大掛かりに行政機関全体でやろうという取り組みです。

しかし、行政手続きではワンスオンリーができていないだけでなく、多くの不満が寄せられています。
そこで、行政手続きへの不満を見てみると、窓口に行くことや手続き可能時間、手書きであるという不満が多いです。オンラインの手続きについても、そもそも手続きが限られていたり見つからない上、使いにくいという意見が多く挙げられています。
使いにくいというのは根本的な問題なのですが、さらに、「何度も同じことを書かせないでほしい」ということもよく行政に寄せられる不満です。

行政はどのようにワンスオンリーに取り組んできたのか

韓国では2006年に「行政情報共通利用法」により、ワンスオンリーやベースレジストリの法制化が進められていました。また、電子政府に関する多くの先進的な国ではワンスオンリーの取り組みが行われていました。マイナンバー導入の過程で多くの事例を勉強しました。
そして、2014年の「オンライン手続の利便性向上に向けた改善方針」で、オンライン手続に係る負担軽減の一環として「他の行政機関等から必要な情報の提供を 受けることにより、当該添付書類の提出を省略する」とワンスオンリーの要素が初めて定義されました。その後、2017年の「デジタル・ガバメント推進方針」で正式にワンスオンリーが方針化され、IT戦略である「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」の2017年版には脚注で記述されただけでしたが、2018年版で本文でワンスオンリーを推進すると明記されています。さらに、2019年に「デジタル手続法」が制定され、ワンスオンリーを本格的に実現することとなりました。ただし、この時点では、ワンスオンリーといっても添付の証明書類の省略がターゲットでした。

国内でもワンスオンリーの取り組みが全くなかったわけではありません。2004年から開始しているe-Taxは、申告ファイルを自分で保管し、次年度にそれを読み込むことで自動入力する擬似的なワンスオンリーを実現しています。また、国内で成功しているワンスオンリーサービスは、パスポート申請があります。パスポート申請に昔は住民票が必要でしたが、現在はネットで確認されるので省略可能になっています。さらに、有効期限のあるパスポートを持っている場合には、戸籍謄本の添付も不要となっています。
このように地道に取り組みは進んでいました。

ワンスオンリーサービスはどのような機能で構成されるのか

ワンスオンリーサービスは様々な機能によって構成されます。現在のワンスオンリーは、利用者を確認する認証サービス、既存の登録情報を提供するベースレジストリサービス、証明データを扱うワンスオンリー用プラットフォームが必要になります。また、システム間連携を行うときには、コネクタが必要になる場合もあります。

また、データを様々なところで再利用する必要があるので、ータ標準も必要となります。そのため、2014年の「オンライン手続の利便性向上に向けた改善方針」でもデータ形式(ファイル形式)の統一を求めています。

ワンスオンリーサービスのメリットは何か

ワンスオンリーで注目されるのが、多大なメリットと経済効果である。

利用者のメリットには以下のものがある。

  • 申請記入負荷の低減

  • 添付証明書取得負荷の低減

  • 記入間違いによる差し戻しの防止

  • 手続き申請や審査も含めた総時間の削減

行政機関にも大きなメリットがある。

  • 書き間違いによる差し戻し処理の削減

  • 審査の自動化(資格証明書を目視確認しなくてよくなる)

  • マスターとなるベースレジストリの修正、最新化による行政データの品質向上にもつながる。

  • 証明書偽造リスクの削減

削減効果の定量的検証

メリットがあるといっても、どのくらいメリットがあるか見てみましょう。

添付証明書が1通ある申請を想定しシミュレーションしてみます。
 30分に1回申請があり、正規分布で標準偏差15分である。
 申請者は複数申請しない
 手続き書類作成、審査は、それぞれ30分かかり正規分布で標準偏差15分
 申請者、職員ともに3000円/時であり、申請システムは1000円/時
 証明書は紙の場合500円(交通費含む)、電子参照は50円

申請フロー

100%紙の証明書であったのをPDF化して申請する場合
  平均回答時間     13.4時間
  平均実処理時間   6.4時間
  平均コスト    11,241円
  総コスト    179,862円(内行政コスト31,472円)

PDF化シミュレーション結果

申請入力と証明書確認がワンスオンリーになった場合
  平均回答時間     3.9時間
  平均実処理時間   3.9時間
  平均コスト     3,552円
  総コスト     56,827円(内行政コスト22,179円)

ワンスオンリーシミュレーション結果

ワンスオンリーにすることで、以下が実現できます。
・申請処理時間が従来比約60%
・申請に関するコストが従来比約1/3

ここでは、PDFからデータに切り替えた場合のメリットをシミュレーションしてみました。紙の証明書をPDFに送るといった現在のワンスオンリーでは、送付日数が減るくらいでほとんど業務削減効果はありません。どうせ改革をするならば、データによる連携を目指した抜本的な改革をすることが望まれます。

前提となるデータ標準の活用

ワンスオンリーサービスを抜本的に改善するには、申請と証明データのデータモデルの標準化が必要です。そのために、政府相互運用性フレームワーク(GIF)申請データ証明データのデータモデルを提供しています。

これらのデータ標準を基礎にシステムやデータの整備をする必要があります。申請システムと証明発行システムの双方のデータ標準化が必要になります。また、必要なベースレジストリをデータ標準に基づき整備していくことが重要になります。

べースレジストリを活用するイメージは下図の通りです。

GIFを活用したワンスオンリー実現例

申請では、法人番号を入力することで、法人名や本店所在地が自動入力されます。また、証明書の場合は、申請データの資格名、認定番号とともに申請時に自動で読み込まれた法人名がシステムに送られ、資格ベースレジストリに保管された資格情報に申請情報を照合することで、その証明の真正性を確認することができるようになります。

ワンスオンリー実現の課題は何か

2017年に方針が明記されてからすでに6年が経過し、2019年の法律制定から4年たちますが、日本の行政ではワンスオンリーの推進が進んでいません。

実現しない要因

ビジョンと司令塔の不在
これが最大の要因です。
ワンスオンリーの実現には多くの機能が必要になりますが、ワンスオンリーをするという観点から各機能がトータルデザインされていません。
認証のグループ、プラットフォームのグループ、ベースレジストリのグループ、コネクタのグループ、データモデルのグループが、ビジョンに向けて前向きに考えていくことが必要です。
認証がなければ自分のデータを呼び出すことができないし、コネクタがなければ他システムとできないし、データモデルがないとデータの呼び出しや照合ができないし、ワンスオンリーは個々の技術ではなく、ビジョンを持った司令塔が必要です。

リテラシとマインドセットの不足
データを使ったサービスがこれだけ広がる中で、”添付書類”という概念から抜けられない人がたくさんいます。
添付書類を原点に考えるので、申請者がワープロで作った書類をAIーOCRで読み込み、RPAでシステムに入力するという滑稽なサービスが日本中で構築されています。データ連携すれば、低コストかつ迅速に連携できます。
また、このようなシステムをユーザに提案してしまうベンダのレベルの低さも大きな問題です。

様々な申請などがありますが、申請も証明もデータモデルはほぼ似たものになります。しかし、過去のフォーマットにこだわる人や現行システムの仕様の変更に強く抵抗する人は多いです。中長期にメリットがあるといっても、まず話を聞いてくれません。こうした抵抗がワンスオンリーの実現を阻害しています。

根本的な検討の不足

データ共有の考え方の整理
韓国では2006年に「行政情報共通利用法」を作り、データを共有することを法制化していますし、オープンデータの推進が進み、各国とも行政データの共有を積極的に進めています。
日本は、官民データ法やオープンデータの各種指針は出ていますが、すべての基本は”データの目的外利用禁止”でデータ共有が遅々として進みません。ベースレジストリの整備やAIの急速な進展は行政データを考えるうえで大きなチャンスです。これを機にデータ共有に考え方をみなおしていく必要があります。

曖昧処理からの脱却
ワンスオンリーの日本特有の大きな問題が、日本の曖昧性とホスピタリティの高さです。これまでの申請では、様々なところで手続きに関して曖昧な処理がされてきました。職員は親切なので、多少の誤字脱字は行政職員が直したりもします。また、本店所在地の登記変更がされていない法人が登記簿謄本を添付して補助金などの申請をしてくることもあります。
これまでは人出て確認していたので多少の曖昧性は許容されてきましたが、ワンスオンリーでデータ共有をして手続きをする場合には、データはエラーデータになってしまいます。
このようなエラーが出ることを想定しプロセスの見直しが必要になるかもしれません。

欧州のワンスオンリーには物語がある

さて、日本ではワンスオンリーに関して各分野で個々に取り組みを進めていますが、欧州は大きな物語の中でこれらが検討されてきています。また、そのゴールにほぼたどり着きつつある。

EUのワンスオンリー全体イメージ

利用者は共通的なIDを使うことで簡単にログインでき、申請フォームにベースレジストリから自動入力されます。次に、ワンスオンリー技術システムであるOOTSを通じて証明書を入手します。そして、手続きを実施します。システム連携が必要な時はそのためのツールもビルディングブロックとして用意されています。この時データのためのデータ形式の標準も用意されています。
このように、ID、手続きシステム、データ連携、データ標準、ベースレジストリがうまくコーディネートされています。

アーキテクチャ

ワンスオンリーサービスは、EIFの一環で検討がされていて、ワンスオンリーを実現するため法、組織、データ、技術の各層での検討を体系的に行っています。
リーガル層では、EIF、EUDIW、OOTSを欧州横断の制度をして位置づけ、組織層では研修などの充実を図り、データ層では共通的なコアボキャブラリを整備するとともに、基本データであるベースレジストリを整備しています。さらに技術層では、システム間連携にOOTS、ブローカー、コネクタやeDeliveryが使えるようになっています。

Digital Identity Wallet(EUDIW)

EUは2023年11月にDigital Identity wallet最終合意に至りました。今後、欧州議会などで規制の採択が行われると、6か月と12か月後に技術仕様が採択され、その24か月後にEU全域で使用できるようになります。そのための実証も2023年4月から予定されています。

このEUDIWの導入により、EU加盟国の人は、官民の様々なサービスを簡単に利用できるようになります。

EUDIWの役割の全体像

Once Only Technical System(OOTS)

EUは2023年12月までに、ワンスオンリーのための技術システムを導入することが求められています。このシステムにより、国境をまたいで証明書を入手、手続きすることが可能になります。(OOTSの概要のデジタル庁データチームnote

ベースレジストリ

ベースレジストリがあることで、入力フォームに自動入力することができます。

現在のEUでの主要5種(人、自動車、税、土地、法人)のベースレジストリの整備状況は以下のようにほぼすべての国で整備されています。

主要ベースレジストリ整備状況(EIF Monitoring Mechani, 2022)

もちろん、行政機関間のデータ共有が可能になっています。

そして、検索性を高めたり品質を上げるためデータマネジメント体制の整備が急速に進められています。

データ管理状況(EIF Monitoring Mechani, 2022)

OOTSがターゲットにしているのは、添付データの削減です。そこでは、従来のベースレジストリと類似のエビデンスプロバイダーという考え方を導入しています。エビデンスプロバイダーは、PDF、OOTS構造化データ、もしくはPDFとデータの両方を提供することで、証明データのデジタル化と添付省略を図っています。

Core Vocabulary(data model)

ワンスオンリープロジェクトで重要なのはデータモデルです。外部のデータを読み込むにしても、照合するにもデータ形式などが揃っている必要があります。
そのため、欧州のコアボキャブラリプロジェクトでは、人、法人等に加えCCCEV(Core Criterion and Core Evidence Vocabulary)といわれる証明書用のデータモデルを定義しています。また、証明書のデータサービスディクショナリでは、データカタログ標準のDCATを参照することで、検索性を高めることができます。

コネクタ

手続きシステムがワンストップサービスなどで他のシステムと連携する必要がある時には、システム間連携のためのブローカやコネクタが活用できます。コネクタはIDSAから一覧が公表されており、目的に合わせて選択することが可能です。

まとめ

日本は業務が縦割りといわれますが、技術検討もサイロ化しています。
実現の課題に書きましたが、全体を俯瞰してプロジェクトを推進する司令塔が重要であり、誰もが分かりやすい物語を示していくことが重要ではないでしょうか。


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