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<無料公開中>【小田切拓さんにパレスチナについて聞く】 イスラエルによる相次ぐ殺人を知っていますか

noteを始めたばかりですが、思いのほか、友人たちとの海外ネタばかり書くことになっています。本業のニュースメディアと違って、わりと本音で、かつ、自由にあっちこっちいった話が書けるので、かなりストレスフルで気に入っています。

 さて、今週月曜日、用事のついでに世界一の古書店街である東京の神保町にある東京堂書店を覗いたら(こちらは新刊の本屋さん)、ジャーナリストの小田切拓さん、研究者の早尾貴紀さんや岡真理さんが関わった本『なぜガザなのか』(青土社)が平積みされていました。と言いますか、パレスチナ関連の新刊本が今とても多く出版されていて、10冊ほどでしょうか面で置かれていました。日本でもさすがにパレスチナに関心が高まっているのだと実感します。 この積み方は東京堂書店さんの書店としての矜持だろうし、海外の大学ではデモも起きていますから当然と言えば当然の事態ではあります。


東京堂書店(神保町)にて(7月某日)


 そのような中、7月31日にイランの首都テヘランでハマスの最高指導者と護衛が暗殺されたというニュースが報じられました。ハマスはパレスチナのガザを実効支配する政治組織で、イスラエル政府に強硬的な姿勢を示しているとされています。
 パレスチナ問題は、日本人にとっては何度聞いてもわかりにくい問題だと思います。そこで『ガザとはなにか』の訳者の一人であり、有数のパレスチナウォッチャーである小田切拓さんに7月31日に話を聞きました。小田切さんは先週までガザに隣接するエジプトにも訪問しています。

◇ハニヤ氏はどのような人物だったのか

平井 まず、イスマイル・ハニヤ氏(62)とは、どのような人物だったのですか。

小田切 イスラエルによって故郷を追われた家族としてガザ地区の難民キャンプで生まれ育ち、ガザ地区を代表するイスラ―ム大学を卒業しています。ハマス政治部門の幹部は、名門大学の卒業生や、海外で大学院に進んだ者、医者などが多いですね。
 ハニヤは2007年から14年までパレスチナ自治政府の首相を務めていました。以後もハマス政治部門の責任者である一方で、ガザ地区を離れカタールに居住しながら、昨年(2023年)10月以降は、ハマス側の責任者として、イスラエルとの停戦交渉を行っていました。
 西側政府は、ガザ地区に存在するハマス政権がイスラエルに対して強行的な姿勢を取り、実践してきた組織だとします。その背後にはイランが存在するとも考えられています。

平井 よくそのように言われていますね。

小田切 一方でヨルダン川西岸地区に存在するファタハが支配するパレスチナ自治政府は、ハマスとは異なり「穏健派」と称されます。しかしこれは的確な呼称とは言い難く、実際には、アメリカを中心とした西側諸国の力で、その意向に従って権力の座に座る実質的な傀儡政権です。
 ハマスだけを強硬派、テロ組織と位置付けるのは不自然です。まずイスラエルがパレスチナ人の土地を奪い、その後も一貫して超強硬的な姿勢を実践してきたことを、問題の前提に据えなければなりません。



パレスチナのホテルの朝食(ヨルダン川西岸、2016年)。トップの写真はヨルダン川西岸の隔離壁です。

◇殺害犯は誰なのか

平井 それが大前提ですが、ほとんどのメディアではハマスは「イスラム原理主義組織」と枕詞がつきますからね。さて、今回なぜハニヤ氏はイランを訪問していたのですか。

小田切 7月30日に行われたイラン新大統領の就任式に出席するためで、イランの最高指導者ハメネイ氏との会談も行っています。その後、31日未明(現地時間)に滞在先で殺害されました。「空中から発射された物体」、つまりミサイルによる攻撃を受けたと報じられています。

平井 実行犯についてはどのような分析が出ていますか。

小田切 イスラエル政府はハニヤ氏の暗殺についての関与への言及を拒否しています。が、CNNなどもイスラエルの犯行であると報じているように、イスラエルが行ったのは確実でしょう。一般的には、今後はイスラエルとハマスの交渉が難航するという指摘がされています。

平井 話が動き出すと、すぐに逆行してしまいますね。ハニヤ氏はなぜ、殺害されたと見ますか。 

小田切 「イスラエルとイランが水面下で手を結んでいた」というような状況でもない限り、イスラエルのネタニヤフ政権が、イランを刺激するために行ったと考えるのが妥当でしょう。改革派とされるイランの新大統領は、欧米との関係改善を図るのではないか、と見られていたんです。そこに今回の事態です。イスラエルこそが中東における「民主主義陣営の代表的存在」というイメージ形成を図っている西側諸国内では、イランやハマスの自業自得と受け取る市民も多いでしょう。
 一方、イランとしては、自国の首都で大統領就任式に出席していた客人を暗殺されたのです。許しがたい事態でしょう。これでさっき話した、欧米への歩み寄りも、挑発に乗って安易な報復行動を行うのも難しくなりました。
 また、自国内部の情報が敵国に漏れていたわけですから、イランは非常に難しい状況になりました。

平井 イランの動きを封じ込めたということですね。

小田切 ネタニヤフが非常にうまいのは、イラン国内にいるハマス幹部に狙いを定めていたことです。最近は政権内でもネタニヤフ批判が強まり、いつまでたっても人質を奪還できないことに対してイスラエル国民の不満も高まっていました。隣国レバノンのヒズボラとの緊張状態も高まっている中でただイランを刺激すれば、「批判をかわす為に、ハマスではない新たな外部の敵との戦いを行おうとしている」と国民は捉えられます。しかしターゲットがハマス幹部であった。これであれば国内世論からも賛同を得られやすくなる。一つのアクションで、イスラエル国民には別のメッセージを送れるわけです。31日夜にネタニヤフは記者会見を行い、昨年10月に始まった軍事力の行使を始めた時から、「我々の敵は、イランを中心に据えた悪の枢軸だ」と語ってきたこと、7月下旬にアメリカ下院議会で「その中核が(イエメンの)フーシ派、ヒズボラ、ハマスという3つのHだ」と明示したこと。そして30日のヒズボラ幹部暗殺を含め、この3者それぞれに対し、「壊滅的なダメージを与えている」と大々的に訴えました。

市場にて(ヨルダン川西岸、2018年)

◇パレスチナ国内の反応は


平井 まさに”政治の天才”ですね。パレスチナで暮らす小田切さんの友人や市民からの反応はありますか?

小田切 個人的な見解を聞くべきタイミングではないので、個々に尋ねてはいません。しかしSNSなどでは、知人を含めたパレスチナ人が、「英雄が殉教した」というような投稿をしています。
 日本などでも(一見パレスチナ支持のような態度を見せる専門家も含め)客観的な論拠を欠くイスラエル支持者が多いため、以上のようなパレスチナ人のコメントが、一般市民に、「ハマスに対する強い支持」のような受け止められ方をされかねないと心配しています。ハマスがイスラエルと戦っているのは確かで、かつ、その最高幹部が暗殺されたのです。この状況で、「イスラエルは良くやった」などと語れるパレスチナ人はいないでしょう。
 まず考えなきゃいけないのは、「ハマスが存在しなければ、パレスチナは安定した状況になっていたのか」ということです。ハマスはイスラエルによる軍事力の行使を誘発したのは確かですが、ハマスが存在しない、もしくは何もしなかったとしても、イスラエルはパレスチナ人に土地を返すことも、容易に独立を認めることもなかったでしょう。

https://x.com/seidosha/status/1815929897774104870


◇ネタニヤフ首相の訪米の狙いは

平井 今後、パレスチナを巡る動きはどうなっていくと考えられますか

小田切 ネタニヤフ首相は、7月25日にアメリカでバイデン大統領とハリス副大統領と会談しました。26日にはトランプ前大統領とも会っています。
 その直後の30日に、イスラエル軍はレバノンの首都ベイルートでヒズボラの司令官、イランではハマス幹部を殺害したのです。さらに8月1日には、イスラエルは、ハマス軍事部門の伝説的な司令官ディフの殺害も発表しています。

https://www.reuters.com/world/middle-east/death-hamas-military-leader-deif-july-confirmed-israel-says-2024-08-01/

平井 計画的な印象です。イランの大統領就任式のスケジュールがあったタイミングではありますが、アメリカに行く前にパレスチナの幹部たちを殺害していたらさすがに米国市民らの間で大問題になっていたでしょうね。トランプは知らぬ顔かもしれませんが。

小田切 ヒズボラ(イスラム教組織)にしても動きにくくなったのは確かです。西側の大国がヒズボラやイランに対し強く自制を促せば、ガザ地区は孤立無援状態になります。この場合は、次期アメリカ大統領が決まった時点で、イスラエルは、ガザ地区の戦後処理等において非常に有利な状況になる可能性が高いと思います。
 「国家ではない組織」に対する軍事力の行使では、勝利を印象付けるのが難しいといわれます。ネタニヤフ政権は、今回のハマス幹部暗殺によって、この問題を解決に導くような政治戦略を取ったともいえるでしょう。
 一方でヒズボラやイランがイスラエルに対して軍事力の行使を行うような場合、アメリカはこれまで以上にイスラエルを支持する姿勢を示すのではないでしょうか。そうなると事態の進展を予想するのは難しくなります。しかしガザ地区住民の惨状についていえば、実質的な放置状態が長期化し、深刻度を増すでしょう。

平井 ネタニヤフがアメリカで大統領候補たちに何を話したか気になるところです。アメリカ国内でイスラエルに対する反発が高まっている中、ネタニヤフが釘を刺しにいったような訪米になりましたね。その直後の立て続けの殺害ですから、バイデン大統領も了解していたのかとも推測します。

小田切 あと誤解してはいけないのは、イスラエルの主張する停戦条件では、ガザ地区住民の生活は絶対に安定しないということです。戦闘で人口が激減しない以上、敗者を追い込めば追い込むほど地域は不安定化するのです。
 莫大な援助によって見かけ上は復興したように見えたとしても、資金が尽きれば、ガザ地区は経済基盤を持たない200万人を超える「人口の塊」という実像が露呈します。ハマスを消滅させても、丸腰の飢えた人々は消せません。
 被害はエジプト以外の周辺諸国にも及びます。仮にこうした国々の政府が、援助を目の前にぶら下げられてイスラエルやアメリカの姿勢を歓迎しても、一般の国民には受け入れがたいでしょう。物理的にも道徳的にも、限界ラインをはるかに超えた事態において、犠牲になり、苦しむのは一般市民ですから。

平井 引き続きパレスチナの問題を追っていきたいと思います。ありがとうございました。
                      (文中一部敬称略、おわり)

*できれば書店で本を買い求めてほしいので、あえてリンクは貼っていません。とはいえ、物理的に書店に行くのは難しくなっているので、下記の青土社のサイトからお好きなネット書店を選ぶ手段もあります。今や雑誌や新聞も買うのが大変です。。


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