僕と君は結ばれない⑨

 そんな感じの和やかな雰囲気の時間が流れている中、俺はもう一度咲さんに能力を使った。…………よし、これで俺が望む未来へ変わっているは……。
「佐藤先輩、咲さんばっかり見てないで可愛い後輩の事も見て下さいよ」
 俺は、咲さんの運命を見終わった後、冴木の事を見た。奴は、目が完全に死んでいて、こっちに無言のプレッシャーを与えてきていた。
「……あ、あの冴木、冴木さん。その目で俺のことを見るのはやめてくれないか? こう、刺されそうな気がしてきて落ち着かない気持ちになる」
「ふふっ、そうですか。刺されたくなかったら、もっと私を見て下さ……」
 そこまで言うと、冴木は目に光を取り戻した。そして、その顔に涙が一筋流れた。本人も不意に涙が流れたという感じで、表情もさっきまでと変わらなかった。
「冴木、どうした? 大丈夫か」
「あっ、いえ何でもないです。目にゴミが入ったみたいで……」
「本当に大丈夫か?」
 俺はポーチからハンカチを取り出し、渡した。
「あっ、ありがとうございます。ははっ、恥ずかしいところを見られてしまいましたね」
「いや、何もないならいいけどさ。冴木、こっち見ろ」
 そう言って、顎を掴みこっちに冴木の顔を向けた。
「えっ、な、何です?」
 俺は目にオイルが飛んでいないか見た。俺の作業着に残っていたものが目に入っていたら大変だ。だけど、そういった傾向はなかった。だが、その間も冴木の目からは涙がとめどなく流れていた。ゴミが入っているようでもなかったし、悲しい訳でもないようだ。
段々冴木の顔が真っ赤になってきた。頬が赤くなり、下瞼の下が赤くなり、耳まで赤くなった。
「は、離してください。き、急に何をするんですか? セ、セクハラですよ」
「俺は、心配で……」
 冴木は俺の手を振り払い、太一さんのところに向き直った。それから独り言のような言葉が聞こえてきた。
「……全く、信じられません。こんなことしといて無自覚なんて……。正直、悔しいです」
 それから、冴木は太一さんと話していた。その表情は穏やかで、冴木が太一さんにその表情を浮かべているのは初めて見た。その様子に太一さんが一番困惑していた。俺に助けを求めてきたが無視した。
 咲さんが東京に戻るのは月曜日。これを逃したらもう機会を失う。
「咲さん」
「どうしたのかしら、佐藤君?」
 咲さんは、余裕たっぷりの態度で紅茶を飲みながら俺の方に向き直った。
「あの、咲さん。実は俺、咲さんのことが好きでして……。つ、付き合ってもらえませんか?」
 それを聞いた咲さんは、大げさに驚いた表情を浮かべた。
「あら、どうしようかしら? 太一聞こえた?」
「……んあ。咲さん何か呼びました?」
「太一、私、今告白されたみたいなの」
「あっ、だ、誰にです?」
「佐藤君しかいないじゃない」
「健一、お前、告白しないって言ったじゃねーか! ……って、それよりも咲さん、付き合わないですよね。お、俺という頼りになる彼氏がいますもんね」
「うーん、どうしようかな。私、少なくとも家は清潔で、食事もたまには奢ってくれる甲斐性がある人が好きだし、それに自分が持っているものを大切に扱う人の方が好きだし、ある程度はビシッとしている人が好きだしなぁ。佐藤君なら……」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください。俺、貯金も頑張りますし、家ももう少しいいところ住みますし、バイクとか持っているもの大事にしますから……。俺と別れないでくださいよ」
「……約束できる?」
「も、もちろんですよ。咲さんの為なら俺なんだってできますよ。ですから、ですから、ね?」
「うーん、どうしようかな? 優愛ちゃんはどう思う?」
「どうしましょうかね。……うん? 太一、何です、その汚い瞬きは……。もしかしてウィンクのつもりですか。絶望的に汚いです、気持ち悪いだけです。……まぁ、信じてあげてもいいんじゃないですか。今、私は機嫌がいいですから」
「そう、それじゃあ、もう少し太一の事を信じてみようかしら。……ということで、佐藤君。ごめんなさいね」
「残念です。まぁ、仕方ないですね」
「ざまぁみろ、健一。俺の方がお前よりも魅力的だからな」
「太一はこれからの頑張り次第よ。現状じゃ佐藤君の方が魅力的だわ」
「そ、そんなぁ、咲さん。それはないっすよ」
「期待しているってことよ、太一。一緒に頑張っていきましょ」
「さ、咲さん」
 二人は見つめあって、良い感じの空気を纏っていた。はぁ、また振られてしまった。
「先輩、また振られましたね。先輩、もう少し残念そうにしたらどうです? 顔が嬉しそうですよ。もしかしてマゾヒストって奴ですか? 私、そういうのは少し引きます」
「いや、振られたのは残念だけど、二人が仲良くしているのを見たら、何だか嫉妬するのも馬鹿らしく思えてな」
「…………本当に難儀な性格していますね」
「そうか?」
「ええ、本当にそう思います。まぁそんな先輩に惚れた私も人のこと言えないか」
 俺達は、バイク屋で別れた。咲さんは、太一さんのバイクに乗っていった。俺達は二人だけになった。
「なぁ、冴木」
「何です、先輩?」
「バイト辞めてもいいか?」
「いいですよ」
「……何も聞かないのか?」
「聞いてほしいんですか?」
「いや、ただ理由くらい聞かれると思ってた」
「……いい女は、時に何も聞かないものなんです。先輩、惚れました?」
「どうだろうな。まぁ、助かるよ。もうすぐ夏休みも終わるからな。そろそろ本気で受験勉強でもするかな」
「そうですか。その前に私とのデートがありますよ。どうせだったら、バイクでも買って、後ろに乗せて下さいよ」
「悪いな。やっぱりバイクを買うのは止めとくよ。別のことでお金を大分使っちまったからな」
「そうですか。因みに何に使ったのですか?」
「……何だったかな。忘れちまった」
「全く、私が分からないと思っているのが先輩の駄目なところですよ」
「…………そうか」
「そうです」
 …………。
「まぁ、いいですよ。それよりもデート楽しみにしていますからね。気合い入れてきてくださいよ」
「あぁ、分かった。今回は冴木に世話になったからな。楽しみにしとけ」
 俺は、その日冴木の叔父さんが帰ってきてから今月いっぱいでバイトを辞めると伝えた。最初、反対をされたが、冴木も加勢してくれた。叔父さんも最終的にしぶしぶ了承してくれた。
 そして、あっという間にデート当日になった。
「佐藤せんぱーい、遅いですって」
「はいはい、分かった、分かった。冴木が早いだけだろ、子供かよ」
「何当たり前のこと言ってるんですか? 高校生なんて子供ですよ。こうやって、好きな人と心おきなく思いっきり遊べるなんて子供ならではですよ」
「……俺と一緒にいてそんなに楽しいかねぇ。お前が見ている俺がどんなかは知らないけどな、本当の俺ってそんなに魅力ないと思うぞ。お前が俺の事をこんなに慕ってくれているにも関わらず、何人もの別の女の人にアプローチしているのが何よりの証拠だ」
「あー、そんなつまらないこと聞きたくなーい。それに先輩は何か勘違いをしています。私はどんな先輩であっても受け入れられますよ。私は、そんじょそこいらの女子と違いますから。先輩がどんなにみっともなくて弱い奴だとしても、受け入れますし、立ち上がれないなら肩を貸します。弱気になっているなら蹴飛ばして立ち上がらせます」
「……はぁ、先輩想いの後輩がいて俺は幸せだよ。まぁもし俺が立ち上がれなくなったらその時は頼むよ」
「えぇ、先輩のためなら、たとえ火の中水の中です。どこにいても私はついていきます」
「…………ただな、ストーカーは するな。俺も自由時間が欲しい」
 冴木は両手を耳に何度もぶつけ始めた。
「あー、あー、何も聞こえない」
 ……本当にくそがきだな。
「お前も本当に変な奴だよ。別に俺じゃなくてもいいだろうに……」
「あっ、先輩。あれ乗りましょうよ。この遊園地の目玉。テレビでも何度も放送された全国区のジェットコースターですよ」
「俺は遠慮しとくよ。ここで待っとくからお前だけ乗って来いよ」
「いいから乗りますよ。ここに来て、これに乗らないのは、大阪に行って、たこ焼きを食べないのと一緒の暴挙ですよ」
「いや、いいって」
「せっかくバイト紹介したのに酷いです、先輩。さめざめ、さめざめ」
 大仰に涙を拭うしぐさをしながらそうのたまう。
「わざとらしいわ。さめざめとか口頭で言う奴初めてみたわ」
「いいから乗りますよ。人生、何事も経験ですから。ほらほら」
 背中を無理やり押され、ジェットコースター乗り場に連れていかれた。
「次の次くらいに乗れそうですよ。やりましたね先輩、ついていますよ」
「…………」
「先輩、急に黙ってどうしたんです? もしかしてびびっているんですか?」
「そんな訳ないだろ」
「なら、安心しました。膝が震えているので免除しようと思いましたが、その様子なら大丈夫そうですね」
 こいつ覚えていろよ、いつか泣かす。
 ガタン、ガタン、ガタン、ガタン、音が鳴る。ガチャと音が鳴り、機体が固定された。
「先輩、一番前の席なんて良かったですね。ほら下見て下さいよ。こんなに高いですよ」
「………………」
「仕方のない人ですね。手を握ってあげますから」
 ロックが外れる音がした。急激に下へ加速していく。
「ギャーーー」
「キャー、楽しいですね、先輩」
「ウォォォーー、し、死ぬぅ」
「キャー。……って先輩、手強く握りすぎです。どんだけ怖いんですか」
 そこから先の記憶がなかった。下車後、放心状態になった俺は冴木に連れられ、近くのベンチに座らされしばらく休憩した後、色々と連れまわされた。昼飯も食べたはずだったが気が、付けば観覧車の中にいた。

いつも読んでくださってありがとうにゃ。 ゆうきみたいに本を読みたいけど、実際は読めていない人の為に記事を書いているにゃ。今後も皆が楽しめるようにシナリオ形式で書いていきたいにゃ。 みにゃさんが支援してくれたら、最新の書籍に関してもシナリオにできるにゃ。是非頼むにゃ。