死の研究⑤
とある研究所にて
俺は、車を降りると急いで研究室に向かい、乱暴に西條のいる研究室の扉を開ける。
研究室には幾人もの研究者が集い、机を囲むようにしている。ここからでは何も見えない。
「西條、ラットは無事か?」
そう話しかけながら、壁にかけられた時計を見ると死亡宣告された一時間半を示そうとしていた。飛ばしてきたかいがあった。周りの研究者が俺のことを邪魔そうに見ている。だが今は、こんな雑魚どもにかまっている暇はない。俺は、奴らを無理やり押しのけ、人だかりの中心地である机にたどり着いた。
俺はケージの中を見る。ケージの中にいるラットは元気そうに走り回っている。俺は、胸を撫でおろした。自分で殺しの依頼をしておいて何だが、不安に感じていた。今はラットだが、これが人間に適用されて成功するとなったら恐ろしいと感じる。
確かに、俺達は証拠が残らない殺しを望んでいる。だが、実行の権限は俺達の組織にあり、それを行使するのはあくまで組織の人間であると思っていた。だが、もしこの実験が成功すれば、生殺与奪の権利はあくまで向こう側にあり、俺達はただ依頼をするだけの人間になる。
そうなれば、下手をすれば俺達組織の人間が不要にならばいつでも消せるという事を示す。だからこそ、このラットが死んでいないことが俺達、組織の人間にとっては、ある意味首の皮が一枚繋がったように感じる。
「坂口、どうした? まだ、約束の三時間は経っていないのに騒々しい」
急いで車を飛ばしてきた際に上の連中には状況を説明したが、西條には電話をしていなかった。上の連中も少し驚いていた様子ではあったが、本当に見るだけで殺せるとは思っていないようだった。俺もそうだ。だが、胸騒ぎが収まらない。
「あいつらの研究室に行ったが、志望予定時間を一時間半に変更してきた。だが死んでいないようだな」
ケージに366番と書かれ、青い服を着せれているラットは無事だ。
「そんな重要なことはさっさと僕達、研究者に連絡するべきだろう!」
西條は怒鳴りながら、机にある時計とラットを見比べ、各種数値を急いで見比べている。
「すまない、上の連中に連絡する方が優先でな。俺達が生活出来ているのも彼らのお陰だ。この実験には想像以上に多くの人間が興味を持っている」
「…………それなら、仕方がないが、次は必ず僕達にも連絡してくれ」
西條も強くは出てこなかった。知っているのだ、結果を出せていない研究者が吠えて、組織に立てつくことがどんな結果を生むことになるかを……。前任者も半年前に死んだ。事故として処理されているが、周知の事実で何があったかぐらいは皆、想像がつく。
「分かった。約束しよう。だが流石に見ただけで殺すことは無理だったようだな」
西條は、深刻な顔でラットや計器と睨めっこしている。
「坂口、会話の内容をよこせ」
俺は、ICレコーダーを西條に渡した。西條は、再生速度を四倍にして聞き流した。
「奴らは、遺伝子を攻撃するウィルスを使っているだって! 何を馬鹿なことを! こっちは既に採取した細胞の状態を確認している。何ら、損傷はなかった」
時計を見ると、すでに一時間四十分が経とうとしていた。一時間半と少しというものがどのくらいを示すかは定かではないが、死ぬのならもうすぐだろう。
周りにいる研究者たちも興味津々にラットを観察していたが、二時間をすぎても死には死ななかった。それぐらいから、段々とラットを取り囲む研究者は減った。
だが、西條だけはラットから一時も目を離さなかった。そして、二時間半が過ぎたころ、ラットの前には俺と西條しか残っていなかった。
「やっぱり、無理だったんだ。見るだけで殺すなんてことは……。俺は宮前に一時間半で死ななかったことを連絡してくる。西條、お前の言うように遺伝子を攻撃するウィルスじゃないとしても、必ず宮前の研究室にいたラットを殺したカラクリはあるはずだ。お前はそれをあのラットの細胞や検体から見つけ出せ」
「…………」
西條は答えることなく、ただじっとケージの中と管理された数値を見つめている。俺は西條を残し、研究室を出ようと扉へ向かった。
「チュー、チュー」
耳を劈くような声に振り返る。ケージの中にいるラットは、自らの手を見ている。
「……おい、西條」
西條は、俺の声を無視して目の前のラットの状況を逐一記録している。ICレコーダーに声を吹き込んでいる。
「第一の変化が起きた。二時間三十五分二十三秒。向こうが指定していた時間よりも遅いが、変化は起きた」
俺もラットを見てみる。前のラットと同じく自分の手をずっと見やっている。刻々と時間は進む。そして、ラットが暴れ出した。
「第二の変化が起きた。二時間五十二分三十二秒。前回と同様にケージ内を走り回っている。そして、ケージを壊そうとしている。前回よりも変化にかかる時間が短い。何か条件があるのか。あるいは殺害方法がこの短期間に強化されたのか? しかも、遠隔から、一体どうやってだ?」
西條が声を吹き込んだ後に、データ解析をしようとするとさらにラットに変化が起きた。
「第三の変化だ。二時間五十八分三十二秒。ラットが体を丸め、動かなくなった。脈拍も弱弱しくなっている。これ以上のことは分からない」
俺は西條の隣に行き、画面に映るかろうじて分かりそうな脈拍のデータだけを凝視した。俺が眺めていると目の前で、その数値はゼロから動かなくなった。
「第四の変化だ。二時間五十九分三十秒。ケージにいるラットは動かなくなった……。………………分からない。これから僕はラットの検死に入る」
俺はケージの中にいるラットを見て、だらだらと嫌な汗が滝のように流れるのを感じた。
いつも読んでくださってありがとうにゃ。 ゆうきみたいに本を読みたいけど、実際は読めていない人の為に記事を書いているにゃ。今後も皆が楽しめるようにシナリオ形式で書いていきたいにゃ。 みにゃさんが支援してくれたら、最新の書籍に関してもシナリオにできるにゃ。是非頼むにゃ。