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桜の舞う頃に雪は舞う①


桜の咲くころにまた会おう。
君はそういった。
そう言った。
だけど、今君はここにいない。仕方がないね。
僕ももうここにはこない。
当たり前だ。
君がいないこの世の中に未練なんかない。
ただ、当たり前のように流れゆく日常に価値を見出そうとすることに疲れた。
僕が求めていたのは君だった。
それは、執着かと聞かれると自信がない。
僕は、ただひたすらに君を求めた。
求めたって書くと肉体を求めているように聞こえるかもしれないけど、僕にとって、肉体なんて軽微な問題だったんだ。
君と会って話をする。
ただそれだけでよかった。
他に何も望むべくもないさ。
ただ君といられれば良かった。
でも、君は死んじゃった。
僕はどうやってこれから生きていけばいいのだ。
分からないよ。
よりにもよって、僕を中学校時代にいじめていた彼を救うために君が命を落とすなんて
正直、複雑だよ。
君に出会えたお陰で、僕は憎しみに囚われることなく、それなりに人生を生きていくことが出来た。
まぁ、いいことばかりじゃなくても、いいこともあるって、そう割り切れた。
そんな君に高校時代に会えてよかった。
結局、プロポーズなんて格好いい真似もできなくて、うやむやなままの僕のプロポーズもどきと十万くらいの指輪を受け取ってくれたことが今でも思い出せる。
君は、大きな瞳を名一杯大きくして驚いていたけど、僕って指輪も渡せないくらい臆病だと思われていたのかな。
 ………………寂しいよ。
君は、デザイナーの仕事がしたいって東京に行っていたから、僕達は中々会えなかったね。
でも、君は僕と会うときは指輪をつけて会ってくれた。
そんな、周りの人間にはどうだっていいことが僕にとってはとても嬉しかった。
はぁ、こうやって声を出しても君には聞こえない。
僕はいつだって一人だ。
心から一緒にいたいって人ができると、それを誰かが奪い取っていく。
じいちゃんやばあちゃんもそう、
父さんや母さんもそう。
火事にあったり、事故にあったり、他にも色々な理由で早々に僕の人生から退場していく。
だから、僕は君に出会った時も心を閉ざしていたんだ。
だって、そうだろう。もう、これ以上失いたくなければ、作らなければいい。
単純なことさ。
もう今は、また一緒に見ようって言ったこの桜の木もただただ憎いよ。
視界に入るのも嫌だ。
だけど、君にお別れを言いに来たんだ。
もし、君が僕なんかの為に現世にとどまっていて、来るとしたらここくらいしか考えられなかったからね。
それにしたって君もマヌケだよね。近くの木造住宅からけむりが見えたって消防に連絡した後、子供の声が聞こえたからって火の中に飛び込んでさ。
 …………たばこの不始末の上、アルコールで泥酔だってさ。
君は開いていた玄関から何とか子供だけを先に救出した。
 それから、消防が来るのを少し待った。だけど、消防車は来なかった。
 その日は、大きな交通事故が起きて、かなり遠回りをしないとそっちに辿り着けなかった。
 君も焦っただろうね。……もし、僕が君と同じ状況だったら、僕は子供すら助けなかったのではないかな。
 …………別に憎いからとかそういうことではなくてさ。既に消防に連絡をするっていう市民の義務は果たした訳だ。だったら後はそれを待つだけでいい。だってそうだろう、助けようとして死んだら意味がないじゃないか。
 君は人を助けて、表彰されるくらいえらいことをしたさ。だけど、どうだい。僕のこの有様を。幸せそうに見えるかい? 君の行動に僕は誇りを持っているよ。尊いと思うし、否定もしない。きっと結果が分かっていても君は、燃え盛る火の中を何回だって、あいつを助けに行くのだろうね。だから、君のことは責めない。それが、君の意思だというのだろうからね。
 …………納得はできないけどね。そういえば、あいつの言い訳を聞いたかい? …………やっぱり、やめておこう。君がいるかもしれないのに楽しくない話はしたくない。でも、まぁあいつはあいつのままだったよ。悪い意味で……。
 …………あいつは、地べたに近い場所でいたから、軽い一酸化炭素中毒、君はあいつを助けようとして、動いた分酸素の消費が激しかった。そして、肺に一酸化炭素が回った。
 連絡があって、静岡から東京に行ったときには、君は冷えていたよ。火事なのに冷えているなんて、君は最後まで僕を笑わせてくれる。
 …………はぁ、まだ二月初めだというのに、こっちは異常気象のせいか桜が咲いているよ。また、ここで会おうって言ったのに……。
 なんか、こういう時に都合が良い都市伝説がないのかなって思うよ。
 例えば、桜が満開に咲くころ、死者と再会できるとかね。
 ……まぁ、ないだろうね。
 もうさ、引き時だと感じたよ。僕は君や家族という大切な存在を手に入れることもできたけど、それ以上に多くのものを失ってきた。君に僕が失った傷の大きさが理解できるとは思えないよ。
 繋がりを失うたびに僕は自分が壊れていくのを感じた。そんな中出会った君は、僕を生へと繋ぎとめるロープの役割もした。だけど同時に失えば、僕が自ら、生の繋がりを断ち切るほどの理由にもなってしまった。
 もういいよ。ありがとう。君が幽霊となってここにいても、いなくても構わない。君が自らの意思で奴を助けたように僕も自らの意思で道を決める。
 君に留める資格はないよ。僕を置いていったのだから。かといって君の責任じゃない。僕がそうしたい、それだけ。
……顔に何か触ったな。何だろう。
 …………雪か。晴れなのに雪が降っている。全く無茶苦茶だ。しかも勢いが急に増してきた。
 ははっ、これなら頬が濡れていたって雪だっていい訳ができるな。
ははっ、ははっ、ははは。
…………よく、降る雪だ。どうしてこんなに綺麗なのだろうな。
………………。
……君にも見せたかった。
……さぁ、これからどうしよう。どこでいこう。
「義兄さん」
「………………」
「義兄さん」
僕は振り返ることもなく声が聞こえた場所と逆方向に歩き出した。
「義兄さん」
 僕は、耐えきれなくなって駆けだした。今は誰とも会いたくない。………………いや、違う。もう誰とも会いたくない。
 肩を掴まれたけど、強引に振りほどき無我夢中で走った。もう、やめてくれ、これ以上繋がりを持つのは嫌だ。一心不乱になって、ただ走った。息が切れてもお構いなしだった。心臓がバクバクとなり、早鐘のようになる。それでも、構わない。これで、いけるなら、それで構わない。走っているとだんだん手足が痺れてきた。酸素不足だろう。それでも構いはしない。僕の目的はその先にある。
「……はぁはぁ、……義兄さん」
 聞こえない、聞きたくない。知らない。知りたくない。そんな子供みたいな言葉が頭に浮かんでくる。
「って」
 痺れた足がもつれてそのまま地面にうつ伏せで倒れこんだ。顎を激しく打った。
「義兄さん」
 僕はうつ伏せのまま何も反応しなかった。無様、自分のその姿はまさにそれだろう。
「義兄さん……」
「…………」
「気持ちは……」
「…………分かっている。君たちの方が辛いだろうってことも……」
「……」
「だけど、今は放っておいてくれないか」
「駄目です」
「………………頼む」
「……無理です。それが、姉さんの遺言ですから」
「……はぁ? 由乃は火事でなくなったんだ。遺言なんてものがあるわけがない」
 声を荒げてしまった。
「えぇ、もちろんそうです。姉も死ぬつもりなんてなかった」
「だったら……」
「ここは、少し寒いですね。場所を移動しましょう。姉さんと子供の頃、両親に連れられて行った喫茶店があるんです。そこで話しませんか?」
「………………」
 紅葉は僕に手を差し出しながら屈んできた。僕は手を取った。
「…………自転車で来ていたのか」
「そりゃ、そうでしょう。いくら、義兄さんが運動音痴といっても、男女差がありますからね。それに、これも姉さんの遺言の一つですから」
「…………由乃は自分の死期を悟っていたのか?」
「……どうなんでしょう? 私についてくれば、姉さんが何を考えていたか分かるかもしれませんよ」
「……………………」
「ただ、どっちにせよ今の義兄さんを独りにはさせません。絶対に。ええ、絶対に。私は義兄さんの事が大好きですから」
「……僕と出会って、由乃が笑うようになったからか」
「えぇ、義兄さんが私たちのことをどう思っているかは知りませんけど、私にとって義兄さんは既にうちの家族です」
「…………顔を出したのは、結婚の挨拶をしに行った時と新年にちょろっと立ち寄った二回だけだろ」
「……回数で家族になるんじゃありません。一緒にずっと住んでいたって家族になれない、
血の繋がった家もあるんですよ。本当の意味での繋がりが大切なんです」
「……その繋がりもないけどな。結局、由乃と入籍すら出来なかった。僕らが出会った日に入籍しようなんて由乃がいうから、それすら間に合わなかった」
「だから、そういうことを言っているんじゃないんです。ってさむっ」
 風が吹いた。まだやはり二月は寒いか。俺は羽織っていたコートを紅葉に手渡した。
「待たせて悪かった。とりあえず、話を聞くよ。これでも羽織っておくといい」
「……義兄さんは寒くないんですか?」
「寒くない」
 本心だった。何も感じていない。由乃が死んでから僕は味覚がなくなった。それに嗅覚もなくなった。他の感覚も全体的に鈍くなっている。
「…………義兄さんは、やっぱり義兄さんですね」
「何を分からないことを……」
「姉さんがいなくなって」
「何だ?」
「寂しいですか?」
「あぁ」
「苦しいですか」
「あぁ」
「もう一度姉さんに会いたいですか?」
「あぁ」
「姉さんがいないこの世界に価値はないですか?」
「あぁ」
「死にたいですか?」
「……そんなことはない。僕は由乃の分まで生きていくよ」
「ふふっ、姉さんは本当に義兄さんの事なら何でも知っているなぁ」
「どういう意味だ」
「そのままの意味ですよ。ほらつきましたよ」
 紅葉が指を指している先には喫茶店があった。中々味がある雰囲気の喫茶店だった。若者が使いそうな明るい感じではなく、古く熟成したワインのような店構えだった。扉を開けると、カランカランと音がなった。
「マスター二名でお願いします」
 マスターは何も答えず、顎で席を指した。紅葉は店の一番奥にある薄暗い席に腰かけた。
「義兄さんは、ここ初めてですか?」
「あぁ、由乃は僕には中々自分の好きな場所を教えてくれなかった」
「でしょうね。私も姉さんほど義兄さんの事を分かっていれば、きっと同じように教えないでしょうね」
「さっきから要領を得ないな。はっきり言ってくれ」
「そのまんまの意味ですよ。ただ、義兄さんが悪いわけではないんです。姉さんが、そうしたのは本当に義兄さんのことが大好きだったからです」
「焦らさないでくれ。僕も由乃を失って辛い。できれば、何も考えたくないんだ。こういう禅問答みたいなことはやめてくれ」
「…………そういう訳にもいかないんですよ」
「何か理由があるのか?」
「……ここにICレコーダーがあります」
「……それが? 正月の時に由乃の部屋で見せてもらったこともあるな。それに由乃がだいぶ昔それに何か吹き込んでいるのも見たことがある。僕が近づくと録音を止めていたから何が入っているのかまでは知らないけどね」
「でしょうね」
「……」
「実は、うちの家庭では日記をつける習慣が、先祖代々続いていまして……。私が知っているだけでも曽祖父の代から続いています」
「それで?」
「姉さんは割と面倒くさがりでした。好きなことをしている時は、三日三晩寝なくても平気なんですけど、自分が必要だと感じないものにはとことん手を抜くっていう人でした」
「知っているよ」
「そんな姉さんが、日記を書くなんて面倒な文化をまともにやると思いますか?」
「……それでICレコーダーか」
「えぇ、日々の出来事を記録するというものが目的であれば、別に紙媒体に拘る必要もなかったですからね。親もしぶしぶ了承しましたが、今となっては、この形式で良かったと思います。これを聞いているとまだ姉さんが近くにいる気がするんです」
「…………」
「義兄さんにはこれをお渡します。小学生時代の分をまとめたものです。聞いてみてください。私が義兄さんのことを、知っているかのように接することができるのは、姉さんのこの電子日記のお陰です。聞き終わったら、また電話してください。次のを渡しますから」
「…………あぁ」
 紅葉とは喫茶店で別れた。別れ際に寒いからコートを貸してくれと言われたので大人しく渡すことにした。それから、コートは必ず返しますので絶対に取りに来てくださいねと指切りをさせられた。まるで幼稚園児だなと自嘲気味に笑った。
 ……まぁ、急いで死ぬこともないだろう。どうせ、まだ身辺整理も終わっていない。僕は身内もいない天涯孤独だ。親戚連中とも全く繋がりがない。そして、由乃とも繋がりがなくなった。……何もない。何もないのだ。そんな当たり前の事実に心が冷えていくのを感じる。 だからこそ、死んでも迷惑にならないように家のものは処分して死のう。
 家具や電化製品を捨て、本や服を捨てる。そんなところから始めよう。その間の暇つぶしに由乃の電子日記は一役ぐらい買ってくれるだろう。
 Bluetoothでスピーカーと繋ごうと思ったが、対応機種ではなかった。まぁ、当然か。小学生時代のものってことは今から十八年も前の機械だ。対応していなくて当然だ。
 紅葉から渡されたICレコーダーは合計5つだった。日記というだけあって、過去のものを使いまわしたりはしていないようだ。
 普通に金持ちだなと思った。こんなものをわざわざ持たせるなんて……。
 僕は、小学生時代一番と書かれたICレコーダーを胸ポケットに入れ、イヤホンを刺して再生ボタンに手をかけた。
「えー、今日は入学式です。…………それくらいしかないよ。えっ、何お母さん? まだ何か言わないといけない? だって、いう事ないんだもん。音声の方が楽だと思ったのにな」
 幼い声だった。……だけど、分かった。彼女は由乃だ。ふと、心の底から何かがせりあがってくるのを感じ、下瞼が熱くなるのを感じたが理性で押しとどめた。
「だって、面倒くさいもん。今日はランドセルを背負って、小学校に行きます。うーん、友達? まぁ、できたらいいよね」
 そこで一度音声が途切れた。それからも続いて由乃の声が聞こえる。今よりもずっと若く声が弾んでいる。踊っているような声だった。音声の内容は、他の人からすれば、きっと他愛のないものだろう。初めてできた友達の話、小学校の授業が面白くないこと、男子が授業中走り回って授業が中断されたこと……。本当になんてことないものばかりだ。……。それでも、僕は目を閉じて、声に意識を向けると彼女と同じ空間にいるように感じた。
 とはいっても日記は僕の知っている彼女らしく短くて短文みたいな出来だった。
「男子は昼休みにドッチボールをするときに女子は入れてくれない。女子がいるチームは負けるんだって……。……いいもん、紅葉と練習するから」
 飽きっぽい彼女らしく日記は、こんな感じに十秒以内で終わることも多かった。まあ、だからこそ小学生時代六年分の記録がICレコーダー5つ分で済んでいるのだろう。僕は死ぬための断捨離を忘れ、彼女の声を聞き漁った。
 気が付けば、夜が明け、また日が沈んでいた。まさに食い入るようには、このことだろう。徹夜なんてしたのは何年ぶりだろう。会社に勤めていたころ、納期に間に合わせるために泊まり込みでコードを打ち込んでいた時ぶりだろうか? 彼女の声を聞くという行為は、仕事と違い全然苦痛を伴わなかった。僕の知らない彼女を知り、その日常を伺うことは僕にとって、生きる、という行為そのもののように感じた。
  流石に二十八時間を過ぎたころに限界が来て眠ってしまっていた。
 次の日、起きると顎の痛みを感じた。そうか、そういえば転んだ時に強打していたな。まぁ、そんなことはどうだっていい。どうせ、死ぬのだ。痛みなんてどうだっていい。どうせ、やることもない。
 僕は、在宅で仕事をしていた。学生時代から、SEのバイトをして会社からノウハウを学んでいた。だけど、彼女と一緒にいたかったから、大学卒業後、その会社に正社員で勤めて、しばらくしてから在宅で仕事が受けられるようにした。そうすれば、僕達は一緒に東京で暮らせると思ったからだ。幸いなことに在宅でも前の会社の人や取引先の人たちが僕に依頼をしてくれて、会社に勤めている時よりも収入が増えた。
 結婚式を開けるようにお金を貯めていた。特に趣味なんてものはなかった。いうなれば、少しだけ読書をする。そんなところだ。だから、お金に不自由はなかった。といっても、三百万円くらいしかなかった。……まぁ、今となっては……。
それでも死ぬまでの資金としては十分だ。
 ……彼女が死んでから仕事は受けていなかった。彼女が死んでからは、心が死んでいた。何も考えたくなくて、目の前のコードにしがみついた。そして、彼女が死ぬ前までに受けた仕事を全部片づけた。それからはしばらくあてもなく歩き回った。何もないこの街を……。彼女のいない街を……。
 そして、死ぬ決心がついたあの日、あの桜の木の下に行った。そして、君の日記をもらった。僕はこれからどうすればいいのだろう。
 起きてしばらくしてそういえば、三日間何も食べていないなと思ったが特にお腹も減っていない。ケースごと買った缶コーヒーを一本取り出して飲んだ。SEとしての仕事の必須品だ。すきっ腹にコーヒーを飲むと胃に悪い気がしたが、よくよく考えるとそんなことを気にするのは馬鹿らしいなと思った。
 起きてすぐ彼女の声を聞きたいとは思えなかった。僕の重い気持ちとは対照的に彼女の声は、軽くとても幸せな響きだ。その対比が僕にICレコーダーのスイッチを押すのをためらわせた。
 それから、夜になるまで僕は断捨離をした。断捨離という行為は、自分の人生を見るようなものだなと思う。捨てる際に今まで自分が何に興味を持ち、何を得てきたかが分かる。そして、いらなくなったものを選別して、過去におわかれを言う。そして、空いたスペースにまた、今の自分や未来の自分に必要な何かが埋まっていく。…………。
 人間関係においてもそれが行われていく。出会いがあり、別れもある。そういった意味でいえば、人生における入学も卒業も断捨離といえるのではないのだろうか? 出会い、そして卒業していく。その中で簡単に断ち切れる関係もあれば、それでもなお続いていく関係もある。
 きっと、そうなのだろう。そうやって生涯残っていく関係や人というものが、その人にとっての大切なものであり、人生なのだろう。
 …………だったら、僕にとっての人生って何なのだろう。僕は失いすぎた。両親も祖父母も最愛の人も……。決して失いたくないものばかりだった。なのに、大切にしたいものばかりが奪われ、生きる活力を失っていく。
 いずれは別れが来るのは分かる。でも、その全てがあまりにも早すぎる。僕にとって、人生といえるほどの大切にしたい人や関係性はいとも簡単に断ち切られていく。
 もし、残っていく関係性が人生だというのなら、僕にとっての人生とは何だ。
……………………喪失か。僕が絶望していれば常に光をちらつかせ、手を掴ませる。そうしてしばらくして僕が安定したところを真砂が手の隙間を通り抜けていくように関係性が失われるようになっているのだとしたら、僕はこれからも何か大切なものを得る度に失うのではないだろうか。
…………もしそうだとしたら、僕は生きていたくはない。これから先、もし新たな光を掴むことがあっても、それが必ず奪われるのだとしたら手を伸ばすことすら億劫だ。
 …………どうやら、考えすぎて鬱になっているようだ。自分でも不毛なことを考えているのは分かっている。今日は大分いらないものを仕分けができた。少なくともICレコーダーを聞き終えるまでに必要な食糧や生活用品は残しておく必要がある。雑誌やもう着なくなった洋服を捨てた。
 定期的に捨てていたとはいえ、いざ死ぬ気になってみると本当に着る服というのは限られているのだなと思った。ほとんどはいらないものばかりだ。それに雑誌も半年読んでなければ、今後読むこともないだろう。
 夜も更けてくると、外から聞こえる車の音や環境音が減る。窓を開けると、ひんやりとした冬の外気が入ってくる。窓の近くに座り込みICレコーダーの再生ボタンを押す。昨日は小学三年生の途中までだったかな。それから、記憶を頼りにICレコーダーを再生する。彼女はイベントがあると日記だというのに、意気込みとか気持ちとかを羅列することが多かった。その日の出来事だというのに一時間以上も語っていることもある。羨ましいな、僕が同じようなことをしてもそんな風に熱い想いをのせることなんてしなかっただろう。
 そして、また由乃の声が僕の鼓膜の中に響く。

いつも読んでくださってありがとうにゃ。 ゆうきみたいに本を読みたいけど、実際は読めていない人の為に記事を書いているにゃ。今後も皆が楽しめるようにシナリオ形式で書いていきたいにゃ。 みにゃさんが支援してくれたら、最新の書籍に関してもシナリオにできるにゃ。是非頼むにゃ。