死の研究③

研究室での検証
空調のきいた部屋の中で西條が凄い勢いで動き回っている。他の研究者に血液の検体を渡し、調べてくるように伝えたり、心拍データの解析指示をしたりしている。西條自身は、一通りの検体を他の研究者へ渡し終えると、さっそくラットを解剖し始めようとしていた。
「おい、何か分かりそうか?」
「…………見て分からないのか。今はとても忙しい。君の相手をしている暇はない。僕に構う暇があるなら、例の研究者に365番が死んだことを告げる方が先じゃないのか? この個体が死んだ正確な時間はそうだな、ケージに入っている小型カメラでも再生して見ればいい」
「…………分かった」
 取り付く島もない西條を放って、録画された記録を再生した。俺自身もどういった死に方をしたのか見ないことには電話のしようもない。
ケージの中のラットが映し出された。小型なラットは元気に動き回っている。時折、カメラの視点が揺れることから車の中だろう。それからしばらくして、西條と俺の声が入っていた。つまり二時間後のラットだ。その間もラットは元気に動き回っていた。それからしばらくしても映像が変わらなかったので映像を飛ばしていった。だが、正確にどこで様子が変わったのかを西條に質問した。
「……西條、忙しいのは分かるが、ラットの様子が変わった時間だけでも教えてくれないか? 電話しようにも最低限の共通認識は必要だろ」
「…………五時間四十五分三十二秒が最初の変化だ。第二段階が六時間三十二秒、第三段階が七時間四十五分二十秒、そして死んだのが七時間五十八分四十三秒だ。……もう話しかけるな。変化時間は机の資料にまとめてある。勝手に読め」
 俺は言われた通りの時間に映像を合わせた。
 第一の変化では、勢いよく走り回っていたラットが、急に立ち止まり雷に打たれたように静止した。それからゆっくり、自分の手や足を確認する様に何度も見ていた。それは次の変化が起きるまでずっと続いていた。
 第二の変化では、様子が打って変わり、狂ったようにケージの中を走り回っていた。まるで何かに追われているような、何かを証明するかのような必死さだった。時折、自分の腕を噛んで出血させていた。傷は浅く死ぬ様子ではなかったが、ラットは必死にケージから出ようと何度も体をぶつけていた。がたがたとケージは揺れていた。
 第三の変化では、走り回っていたラットが諦めたように身を縮め、ケージの中で丸くなって動かなくなっていた。そして、指定された時間に眠るように死んだ。
 俺はさっそく電話をかけようとした。すると、西條が声をかけてきた。
「僕にも聞こえるようにしろ」
「はいはい、わかりましたよっと」
 俺が、電話をかけるとすぐに相手が出た。
「あっ、もしもしー、宮前です」
 今まで眠っていたのか、眠そうな声だった。
「預かっていた365番が死んだ」
「そうなんですねー。ちなみに死んだのは実験の合図をしてどのくらいですか?」
 俺は、手元にあった資料を読んでそのまま答えた。
「七時間五十八分四十三秒だ」
 そういうと、受話器の向こうが沈黙した。
「…………」
「おい、聞こえているか?」
「……あっ、すみません。ちょっと寝てしまっていました」
「おい、しっかりしてくれ。それより、どうやって殺した」
「それは、企業秘密です」
「…………解剖させてもらっているが構わないよな」
「えぇ、どうぞご自由に。ただ、次にこっちに来るときは、ラットの死体とケージと小型カメラは返してくださいよ」
「あぁ、分かった。それじゃあ次は人間で……」
 話している最中にメモ紙を西條から渡された。そこには、「この研究室のラットでもう一度試させろ」と書いてあった。はぁ、これだから研究者は嫌なのだ。
「……依頼したいのだが、宮前君の研究室のラットを使ったのでは、何を細工されているか分からないだろ。今度、そっちに向かう時は、ペットショップでラットを買っていくから、それでもう一度実験してもらえないかな? もちろん費用は君たちの言い値で払おう」
「サービスでいいですよ。ただ来る日を指定してもらえると助かります。万全の準備が出来ていれば三時間もあれば殺すことができますからね」
「分かった」
「あと、ケージかラット、あるいは両方にその個体だと分かる印をつけてもらえると助かります。入れ替えを疑われると何度も実験しないといけないですから」
俺が横を見ると、西條がもう一枚メモを渡してきた。「遠隔で殺せるなら、そっちに行く必要はないと伝えろ」
「君の言い分は分かった。その個体だと識別できるようにしよう。あと、もう一つ聞きたいことがある。君が遠隔で対象を殺すことができるのなら、俺がそっちにラットを持っていかずに殺すことも可能か?」
「そりゃ、もちろんできますけど……」
 西條が目を大きく見開いていた。
「ただ、殺す対象であるラットの映像は送ってきてくださいね。さすがに顔も知らない相手を殺すことは、まだできないですから」
 俺は他に言いたいことはないかと西條の顔を見たが固まって動かない。
「そうか。それでは後日、ラットの映像を届けよう。それで、最短で準備ができるのはいつごろになる」
「そうですね。三時間で実験個体を殺すとなると、準備ができるのはきっと明後日になりますね。できれば御昼ごろがいいですね。僕がだいたい起きるのが十二時なので……」
「分かった。それでは明後日、午後一時ごろにそっちに俺だけ映像を持っていくことにしよう。それでいいかな」
「えぇ、大丈夫です。それではお待ちしてます」
 俺は電話を切った。西條は固まったように動かない。それはそうだろう。識別対象の映像を見るだけで殺せるなんて、まさに神業だ。
「西條、しっかりしろ。まだその死んだラットの検死も済んでいないだろ。奴が言っていることが本当かどうかは分からない。ただのブラフかもしれない。今は全力でその死んだラットから、ありとあらゆる情報を読み取れ。俺は今から各所に色々と指示を出さないといけない」
「…………分かった、全力は尽くす。そうだな、対象の映像を見るだけで殺すなんてことは絶対に不可能だ。僕は死体を調べてみる。何か分かるかもしれない。明後日、また来てくれ」
 西條の顔色が少し戻った。はぁ、何で俺がこいつに対してメンターのまねごとまでしないといけないかね。俺は研究室を出ると、サイバー要員に連絡して宮前という男に関しての情報をもっと集めるように言った。それからで電話回線から電話相手の居場所を探るよう指示した。
 とある夏の研究室にて
 資金提供予定者である坂口から連絡があった。365番が死んだという連絡だった。
 一人だと思ったがどうやら違うようだ。死亡時間を聞いたら、秒数まできっちり答えてきた。間違いなく同業者が近くにいる。少し誤算だった。組織といってもまさか研究機関まで所有しているとは思っていなかった。その後も、遠隔で殺せるなら映像だけでも殺せるか聞いてきた。十中八九、近くにいる科学者の入れ知恵だろう。
 …………気をつけなくてはいけない。僕達の殺し方は学んでしまえば、今の彼らなら存分に力を発揮できるだろう。しかも、ノータイムに近い時間で人を殺せるだろう。あいつにも連絡した。今後はより一層気をつけろと……。この日記だろうと、何だろうとあいつの名前を示すものは用意しない。最悪、僕が死んでもあいつがいればこの世界が良くなることはあっても悪くなることはない。
 あとは、向こうが所有する科学者がどれだけ優秀か、それだけが問題だ。今後、正式に彼らと組めば、人を殺した際に間違いなくおかしな点が死体やら映像から見つかるだろう。それは避けようがない。証拠が残らない殺しなんてありえない。そう、この方法は……。これ以上は辞めておこう。万が一にもこの日記が盗まれても困らないように肝心な部分は書かないでおく。
望むべくは、向こうの所有する研究者が森ではなく木を見るタイプの人間であることだな。僕らの研究は人類の幸福のためにあるべきだ。

いつも読んでくださってありがとうにゃ。 ゆうきみたいに本を読みたいけど、実際は読めていない人の為に記事を書いているにゃ。今後も皆が楽しめるようにシナリオ形式で書いていきたいにゃ。 みにゃさんが支援してくれたら、最新の書籍に関してもシナリオにできるにゃ。是非頼むにゃ。