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かげろうさん 第5話 『追い小鬼』

第5話 『追い小鬼』

 時は平成。場所は不明。けれど、それはどこでも起こりうる、少し怖い、不思議な話。
 ある男が、いつも通り自宅の部屋から天体観測をしていました。澄んだ冬の夜空は満天の星。きらきらと輝くそんな星に、男は心躍らせていました。夜も更ける頃、男は暖かいココアを飲み、不意に高台の灯台を見上げました。町を見守る灯台の下、目を凝らさなければ分からないことだったでしょう。男は何かを見つけました。蠢くそれは、一体なんなのか。男は双眼鏡を持ってきて、それを確かめようとしました。
 黒いそれは夜闇でははっきり見えませんが、確実に生のあるものだと分かったのは、それがうねうねと異様な動きをしていたからでした。男はそれがなんなのか気になって仕方ありません。ふと思いつき、男は双眼鏡を机へ置きました。星のためにセットしてあった望遠鏡を、灯台の下へと向けます。手馴れた様子でピントを合わせると、男は小さく悲鳴をあげます。それもそう。映し出された景色は、蠢く黒い影。それは、人ではありませんでした。無数の何かが不規則に動いていたのです。そして、人の形をするなにかが、間違いなくこちらを見ていたのです。男は怖くなり、急ぎカーテンを閉めて、部屋を暗くして、布団にこもります。何かとてつもなく嫌な予感がしていました。けれどどうすることもできず、男はただ震えるばかり。
 ゴォーというドライヤーのような音がしました。男は直感します。あいつがくる。その嫌な予感は、的中します。
 ピンポーンと玄関のチャイムが鳴ったと思ったら、ドアノブをがちゃがちゃ、扉をバンバンと叩かれました。あいつがきた。男は恐怖のあまり声をなくします。扉はバンバン叩かれるわチャイムは滅茶苦茶に押されるわ、恐怖が男を支配します。
 男はゴルフクラブを引き寄せて、布団の中で震えていました。
 そうして気付けば、いつの間にか眠っていたようで、外は薄明るくなっていました。チャイムも扉も静かなものです。男はゴルフクラブを抱きかかえて玄関へ忍び寄ります。覗き穴から見ても、何もいません。ほっとして男は玄関を開け、新聞受けから新聞を取り扉へ振り返ります。途端、男は腰を抜かしました。扉には無数のなにかの手形。ドアノブには血を連想させるような赤いなにかがべったりと張り付き、地面にはススのような黒いものが散らばり、気味の悪い細長い跡がいくつも伸びています。

「そうして男は気を失ってしまいました……」

 俺はスマホを操ってそれを読み上げた。春子さんが青白い顔でなにか俯き、ガッキーさんは黙したまま語らず。あややは何か楽しげな顔でスマホを受け取ると、にこりと笑った。

「『追い小鬼』は、日本ならどこにでも出没するみたいですよ。案外、僕らの近くにも居るかも」
「ちょ、やめてよね。気持ち悪い」

 ガッキーさんの顔色がここまで悪いのも珍しい。俺はPCで『かげろうさん』スレを開きながら、なんてなしに思ったことを口走る。

「鬼なんかより幽霊のほうが怖いですよね。あいつら壁抜けてきますし。ねえ、春子さん?」
「……どっちも怖いわよ。ていうか、一番怖いのはこんな物件に住み着いてるぐっさんだわ」
「それ褒め言葉ですか?」

 ぐっさんが小さく笑った。確かにそうだと俺は頷く。霊感のある人だったらここはそう長く居たくないような場所に違いない。だが生憎と借主のぐっさんも俺も全くの零感だ。この家のなにがそんなに怖いのか、全く理解できない。春子さんはそんな俺たちに溜め息をついて、何やら携帯電話を取り出した。

「またか」
「なに、新しい彼氏?」
「しつこいの。メールばっか送ってくる」

 どうやら新しく出来た彼氏らしい。春子さんは見た目は美人だから黙っていても男は寄って来る。ガッキーさんはちょっとガサツだから黙ってないと寄って来ない。なんて言ったら多分殴られるから黙ってるけど。
 あややはスマホをポケットにしまって、俺たちを見た。

「次の議題はこれでいいですよね。早速、今夜から張り込みましょう」
「俺んち泊まるの?」
「はい。多分この家って日本で一番怪異が起きやすい家ですから」

 あややは楽しげに、家に宿泊道具を取ってくると言い去って行った。春子さんとガッキーさんは乗り気ではなかったので、どうやら今夜この家に泊まるのは男だけになりそうだ。というか、ぐっさんちに泊まりたいなんて女の子は滅多にいないだろう。

「ほーんじゃ、俺も着替え持ってくるか。春子さんたちはどうします? もう今日は解散します?」
「明るいうちに帰らせてもらうわ」
「同じく。ちゃんと怪異と結果は報告してよ」
「分かってますって」

 ガッキーさんの釘刺しには俺もぐっさんも苦笑をする。なんだかんだ、彼女たちも女子だ。特に春子さんは、このぐっさんちからは一秒でも速く去りたいと思っていることだろう。なにせここは事故物件。零感のせいでそれをうっかり忘れてしまうが、普通の人ならなんらかの心霊体験をしていることだろう。俺とぐっさんはそういうのに疎すぎて、普通に生活してしまっているから、逆に困りものなのかもしれない。
 着替えなどを持って俺がアパートから出ると、あややと出くわした。あややは相変わらず楽しそうに笑顔のままだった。

「ぐっさんち初宿泊だっけ?」
「はい。『追い小鬼』出ますかね?」
「どうだろうな。あややが望めば出そうだけど」
「僕もそう思います。出て欲しいですね」

 なんてなんでもないやり取りをしていたときだった。

「いい加減にしてよ。しつこすぎ」

 女性の声がした。それも、聞き覚えのある。俺とあややはうっかりその声のほうを振り向いてしまった。
 春子さんが居た。彼女は見た事ない男性の左頬を平手打ちした。なんてことだろうか。修羅場に遭遇してしまった。

「ちょ、春子さん、落ち着いてください。どうしたんです?」
「ギダ君。あやちゃん……」
「誰だお前ら」

 それはこちらの台詞だと思いながらも、一応自己紹介に移る。オカルト研究部の部長だと名乗ると、男は何か嫌そうな顔をした。

「春さん、こんな奴らとつるんでたのかよ」
「私の名前勝手に呼ばないで。あんたにはもう関係ないでしょ。ギダ君、あやちゃん、行こ」

 そう言い春子さんは俺たちの手を引いた。もしかして、また破局か。俺は内心で溜め息をつく。
 そうして三人でぐっさんちまで来る。あれ、と俺は思った。

「春子さん帰るんじゃなかったんです?」
「あいつストーカーだったの。だから今日は帰れないわ」
「強制宿泊っすか。同情します」

 俺はしかし、大丈夫だろうかと不安になる。俺たちは零感だから別に問題はないが、春子さんは霊感が強い。無事に過ごせるか少し心配だったのだ。ただでさえ俺たちには見えていないものが見えているのに、これで『追い小鬼』と出くわしたら……よほどのことじゃ倒れない春子さんでも大変なことになるのではと思った。俺はしかし、あややと夕食を買いに出た春子さんなら多分大丈夫だとタカを括り、ぐっさんとお茶を飲む。

「結局春子さんも泊まりか。まあ部屋はあるからいいけど」
「健全男子代表のあややもいるから大丈夫だろ。それより、『追い小鬼』出たらどうすんの? 生け捕りにでもするつもり?」
「そりゃいい。写真撮ってオカ板に貼りまくろうぜ」

 なんて言うぐっさんに苦笑しながら、俺はオカ板を開く。先日の『事故予告』の祭りの跡などどこにもない、いつも通りのスレが立ち並ぶだけの、いつも通りのオカ板があった。俺は『かげろうさん』スレを巡回するも、目新しいレスも特になく、いつも通りの過疎スレがそこにある。まあ、これも見慣れた光景だ。あれから『はま』とは結構頻繁に連絡を取り合っていて、二ヵ月後に会うことになっていた。兄の復讐が遂げられるかもしれないという喜びは俄然ある。だが、もしこれが俺をからかうための釣り針だとしたら、『はま』はなかなかのペテン師である。きっとフレッシュ掲示板オカルト板至上で最も見事に釣り上げられた男として『ホワイトロリータ』(俺のHNだ)は有名になることだろう。
 お気に入りスレを巡回しているうちに、春子さんとあややが帰ってきた。ほほ弁(ほんとほっと弁当)の弁当は四人分。それと春子さんはお線香とかを一緒に買ってきたようだ。

「まともな除霊も浄霊もされてない部屋で眠れるわけがないわ」
「それはどうもすみません。俺、零感なんで」

 ぐっさんが苦笑する。春子さんはあややにも協力してもらって、とりあえず一時的なお祓いだけは済ませた。
 それから俺たちは談笑しながら弁当を食べて、春子さんはぐっさん付き添いで家に荷物を取りに行った。その間に俺が先に風呂をもらい、あややは俺のPCを使って『追い小鬼』の情報をオカ板から集めていた。

「あがったぜ。そっちの守備はどうだ?」
「四国のほうで『追い小鬼』が出没したってくらいですね。東海にも来てくれるんでしょうか?」
「四国まで出たなら来てくれるだろ。初出は東北なんだし」

 あややが風呂へ向かうと、俺は引き続き『追い小鬼』の情報収集をする。なかなか目ぼしいものはない。最近の情報もその四国のもののみだった。
 春子さんたちが帰宅すると、俺たちは円卓を囲み、それから作戦を練る。『追い小鬼』は自分たちを目視した相手にのみ会いに行くようだ。ならば、今夜は交代で見張りをするしかない。
 春子さんが携帯を取り出した。

「ガッキー呼ぶわ」
「来てくれますかね?」
「オカ研の総力は彼女が握ってるもの。来てくれるわよ」
「あんまり乗り気じゃなかったですけど」

 春子さんが電話すると、ガッキーさんからの不満の声が受話器越しに聞こえた。けれど女子が春子さん一人だということを強く訴えると、彼女は了承してくれたようだ。ガッキーさんを待つ間、俺たちは見張りの順番を決める。
 春子さんとガッキーさんは一緒に。それから男子は一人ずつで二時間ずつの交代ということになった。『追い小鬼』が出現した場合は全員を叩き起こし、総力をあげて捕縛するとか。
 タバコを吸いにぐっさんが外へ出て行く。なにやらにこにこしながら春子さんがあややを見た。

「あやちゃんの寺生まれの能力信じてるから」
「頑張ります」
「……春子さん」
「なあに?」

 俺はふと思ったことを口にする。

「春子さん、あややと付き合えばいいんじゃないんすか?」

 なんだかんだ、二人は美男美女カップルとして成立する気がする。性格に難がある春子さんにはあややみたいな男こそお似合いだろう。なんだかんだ二人は仲がいいし、春子さんが変な男に引っかかるよりは、オカ研の一員であるあややと一緒になったほうが、こちらとしても安心する。
 すると、あややがなにやら苦笑した。

「僕じゃ春先輩とは釣り合いませんよ。むしろ、ギダ先輩のほうがいいんじゃないですか?」
「俺こそ釣り合えねーよ。春子さん、ここはあややと付き合うという方向でどうです?」
「年下ねえ……」

 春子さんは何やら少し悩んだ。そして、あややに振り向いて、にこりと笑った。

「あやちゃんがいいなら、私は構わないわ」
「え。でも、そんな……僕なんかじゃ釣り合えませんよ」
「ギダ君の推薦だし。私あやちゃんなら許せるもの。あ、もしかして年増は嫌?」
「年増だなんて。……じゃあ、付き合います?」

 なんて軽い言い方だろうか。しかし、そのほうが二人らしくていい。俺はそれを見届けると、ガッキーさんのお迎えにあがった。さっき成立したカップルの話題を出す。

「春子とあややか。考えたこともなかったけど、確かに二人ならお似合いかも」
「ガッキーさんもそろそろ二次元嫁より三次元に振り向いたらどうっすか?」
「それは無理。二次元の美少女は私のものよ」

 本当、俺の周りには残念な美人ばかりが集うものだ。苦笑漏らしながらぐっさんちに入ると、何か雰囲気が怪しくなっていた。見れば、春子さんが蒼白し、なにかに怯えている。傍には、緊張した顔のあややがいる。ぐっさんは居ないが、風呂場から音がしたので多分風呂だろう。

「どうしたんすか?」
「春子、もしかして見たの?」
「……子どもだったわ」
「三人、春先輩を通過していったみたいです」

 あややは数珠を取り南無と呟いた。恐らく一家心中した子どもだろう。俺は春子さんに水を手渡し、あややの真似をして合掌する。
 ガッキーさんが春子さんの頭を撫でながら不意に聞いてきた。

「『追い小鬼』、どうするって?」
「順番に見張りをするという話に」
「徹夜かい。まあいいや。春子いけるの?」
「なんとか」

 あややの手を借りて春子さんは立ち上がる。それから、ふうと息を吐いて、水を煽った。
 ぐっさんが風呂からあがると、春子さんとガッキーが一緒に風呂へ向かった。時刻は間もなく十時になる。あややが持ってきてくれた双眼鏡を受け取ると、俺は二階の西の部屋に入る。ここは町の様子を眺めるのにちょうどいい位置だ。ここからなら『追い小鬼』を暴けるだろう。

「出たら防犯ブザー鳴らせよ。ていうか、それ以外では鳴らすなよ」
「へいへい。任せろ」

 ぐっさんからそれを受け取る。俺はあぐらをかいてとりあえず双眼鏡を覗き込む。暗い。当たり前だが。

「……これ意外と」

 しんどいかもしれない、という呟きは飲み込む。一人で真っ暗な町をひたすら観察していないといけないなんて、苦行か。俺はしかし、言いだしっぺの手前、その文句は言えないと思い当たり、溜め息をつく。
 大体、一人持ち時間二時間って、よく考えたら長すぎる。せめて一時間に……と思い俺は一度一階へと降りた。
 俺の姿を見るとぐっさんが呆れた声を出した。

「ギダちゃん、見張りはどうした? まさか一人が怖いなんて言うんじゃねーだろうな?」
「いえ違いますすみません俺が悪かったです。あのさ、持ち時間一時間にするか、二人にして二時間とかじゃダメ?」
「暇か」
「正直」

 すると、ぐっさんはやれやれと頭を掻いた。それから、風呂からあがったばかりの二人に俺の提案を告げると、二人とも快諾してくれた。

「部長の提案だもの。従う以外ないわ」
「まあ、一人で待機するのも確かに大変だし」
「ありがとうございます」

 とりあえずそういうことで、俺はぐっさんと待機することになった。
 近隣は俺が、双眼鏡を使って遠方はぐっさんがという守備だ。
 双眼鏡を覗きながらぐっさんがぼやいた。

「『追い小鬼』、マジで出たら正直ちびると思う」
「奇遇だな、俺も同じこと思ってた」

 やっぱり、一人より二人だ。会話があると、時間の流れも速くなるというもの。のんびりと談笑しながら、俺はぐっさんと『追い小鬼』を待つ。しかし、残念ながら現れなかった。

「あややと春子さん、頼みます」
「ガッキーさん、爆睡わろた」

 部屋には、和やかな雰囲気のあややと春子さん。隣の部屋ではガッキーさんが爆睡していた。彼女も零感仲間だ。
 俺たちは雑魚寝して、そうして二時間後、ガッキーさんと俺は二階の西の部屋に居た。残念な美人は相変わらず美少女に夢中らしい。ガッキーさんは町の観察そっちのけでスマホの百合ゲーをしていた。

「ガッキーさん、町の観察お願いしますよ」
「えー。いいとこなのに」

 文句タレながらも、彼女はスマホをしまい、町の観察を始めた。と、彼女は声を潜めて耳打ちしてきた。

「ギダちゃん、ちょっと」
「なんすか?」
「ラブホ見えるじゃん」
「……ちょ、ガッキーさん」
「ちゃうわ! ラブホの右隣! 信号のそば!!」

 言いながら、ガッキーさんから双眼鏡を受け取り、そこを見た。
 俺は言葉を忘れた。

「マジで出た……」
「マジすかアレ」

 黒い影。蠢く無数のなにか。俺は一気に意識が覚醒し、血の気が引いた。咄嗟に防犯ブザーを手にしたが、それはガッキーさんの手によって塞がれた。

「まだ早い。こっちに気付いてんのかな、あれ」
「ちょ、俺怖いっすよ! ぐっさんとかに知らせましょうよ!」
「ギダちゃんのビビり~。貸して」

 ここぞというとき、彼女は強気になる。頼もしい。いや、今はそんなことより。
 彼女は双眼鏡を覗いたまま呟く。

「あれ気付いてないよ。全然目ぇ合わない」
「まじすか。てか、顔分かるんすか」
「人っぽい部分がね、完全に横見てる」

 不意に彼女は「あ」と変な声を出した。俺はびびりながら、彼女を待った。

「すげースライムみたい! 動く歩道みたいにスーッて移動してる!」

 例えが絶妙すぎて容易に想像できた。俺は彼女の影に隠れて、おっかなびっくりそれを目視する。確かになにかが地面を滑るように移動している。なんだあれは。俺は恐怖で声を忘れた。

「あーだめだ。気付いてない。ビルに隠れちゃった」

 この状況でよく冷静で居られるものだ。俺は彼女を放置して一階へ駆け下りる。
 そのドタドタで春子さんたちが目を覚ました。
 眠たげな顔をしたぐっさんが声を出す。

「なに? 出た?」
「『追い小鬼』に違いないんだけど、俺たちに気付かずどっか行っちゃったんだ」
「おいおい、それじゃダメだろ。なんとしてもこっちに気付いてもらわな。せっかくの徹夜が無駄になる」

 ぐっさんが愚痴りながら二階へ駆け上る。春子さん、あややも続き西の部屋に向かう。俺は一人きりが嫌で彼らを追った。
 ガッキーさんは双眼鏡をぶらぶらさせ、春子さんたちに振り向く。

「どうする?」
「僕がお経読んだら来てくれますかね?」

 と、あややが数珠を取り出し、読経を始めた。双眼鏡を持ち直してガッキーさんが探す。俺たちも肉眼で探すも、見当たらない。

「あー、無駄になる! 嫌だ。嫌だ!」

 タダ働きが大嫌いなぐっさんがそう愚痴ったときだった。俺の視界に黒いものが蠢いた。

「居た!」
「マジ!?」
「どこ?」
「佐藤ビルの左手前の歩道橋です!」

 そこには無数のなにかがあった。さっきより微妙に近い。ガッキーさんが声を出した。

「きた! こっち見てる!」
「捕縛だ!!」
「来い!!」

 仲間がいるとこんなに心強いのか。俺は改めてそれを実感する。
 黒い影が移動を始めた。こちらに確実に向かってきている。俺は手近にあった布団たたきを手に持つ。ぶっちゃけ、すげー怖い。だが、オカルト研究部部長として恥じぬよう、ビビってるだけではいけない。あれを生け捕りにしてオカ板に晒しものにしてやる。まだ遭遇したことのない恐怖に対し、少なからず興奮が俺の好奇心を後押ししているようだ。
 いきりたって声を出す。

「ぐっさんカメラ!」
「持ってるぜ」
「あやや、縄!」
「あります」

 マジでこいつら生け捕る気だ。尋ねておきながら俺は少し笑う。妖怪に近いあの怪異を、とうとう陽の元に晒すことになるのか。これはオカ板騒然だ。俺は布団たたきを握り締め、待った。

「あれ?」

 と、双眼鏡を持っていたガッキーさんが呟いた。何事だろうか。ガッキーさんがぼやく。

「こない……」
「え?」
「消えた」

 とガッキーさんが言った直後だった。玄関扉がバンバンバンバン! と凄い勢いで叩かれた。継続している。俺たちは一目散に一階へ駆け下りて玄関へ走った。が、その間に『追い小鬼』に勘付かれたのか、静かになった。

「せー、の!」

 玄関を開け放つ。なにもいない。扉にもドアノブにも地面にも、なにもない。気付けば空が薄明るくなっていた。

「やられた!」
「逃げられたか」

 ガッキーさんが悔しげに地団駄を踏んだ。ぐっさんも悔しげに顔を歪ませる。あややは苦笑し、春子さんは地面に座り込んだ。
 ガッキーさんが叫ぶように言った。

「無駄徹夜乙!」
「お疲れ。はあ。あと一歩だったのに」
「まあ、こんなこともありますよ」

 あややが慰めにならないことを呟くと、みんな揃って脱力した。
 もちろん、不発となった結果は俺たちの活動記録にばっちり残ってしまった。名誉挽回なるか。次回の議題は『怪異のお面』だ。

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