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夢を見る

 夢だって?そんなもの見れるわけが無いだろう。日々の生活に追われて夢なんて見ている暇はない。

 若者は夢を抱くべきだって、いつか誰かに言われたような気がするけど、夢見てるヤツはきっと暇人か金持ちだ。だってそうだろう?金がなけりゃ時間はない、食うためには働かなきゃならない。つまり夢を見るってことは娯楽ってやつなんだな。

 僕はそんなことを考えながら、黙々とホームセンターの棚卸し業務を行っている。
「おい!田中!もっとテキパキと働けや」
突然後ろから怒号が飛ぶ、いつものことだ。僕の上司、と言っても僕と同じアルバイトで生計を立てている三八歳の伊藤さん。嫌いではないがやたら元気で暑苦しい。その歳でアルバイトで独身ってのはどうなんだろう。いや、僕もそうなる可能性が高いのか。
「すんません」
僕が軽く頭を下げると、彼は僕のお尻を持っているファイルで軽く叩いて忙しそうに去って行った。これはセクハラだな。
 
 上司に怒号を浴びせられる。やりたくもない仕事を定時までこなす。そんな一日が終わり、帰り支度を済ませていると高校の同級生から飲み会の知らせがメッセージで届いた。そもそもあまり人と連絡を取らない僕。連絡が来るのはずいぶん珍しい。予定された日程は三日後の週末。急な誘いだ。きっと女の子と飲みたいからと人数合わせで僕を呼んだに違いない。普段なら行こうとはしないのだが、特にやりたいこともない僕はその誘いに乗ることにした。


 飲み会の当日、指定されたチェーン店の居酒屋に開始時間より少し遅れて入った。
「田中!こっちこっち」
店内の一角から手招きされる。そこには久しぶりに見る顔がすでにそろっていた。僕は隅っこの席に腰かける。隣にはクラスで一番可愛いと評判だったミキが座っている。別に狙って座ったわけではなく、この面子の中ではミキが一番古い付き合いで話しやすいからだ。
「田中君久しぶり!元気にしてた?今何やってるの?」
すでにみんな飲み始めているせいか、ミキの顔も少し赤らんでいる。もともと社交的なミキだから、陰キャな僕にもよく話しかけてくれる。
「元気だよ。今はホームセンターでバイトしてる。」
「ふーん、就職してないんだ。何かやりたいことがあるの?...分かった!まだ漫画書いてるんだ!漫画家になりたいんだ!!」
ミキの突然の言葉に僕は飲み始めたビールを吹き出しそうになった。漫画なんて描いてたっけ?自分の記憶をたどっていく。そしておぼろげに思い出し始めた。
「漫画って、小学生の時だろ?そんなのもう書いてないよ。漫画家なんて夢みたいなことできるわけないじゃん」
そう言って僕はふざけたように笑ってみせた。
「私、田中君の書く漫画好きだったんだけどなぁ...。僕は漫画家になるんだって言ってたじゃん?自信たっぷりに!」
僕には全く覚えがない。漫画家になりたいなんて言ってたっけ。ミキの表情は少し曇りがちに見えた。ミキは続ける。
「田中君の描く漫画も好きだったけど。昔は田中君のことも好きだったんだけどね」
再度、ミキの言葉にビールを吹き出しそうになる。胸が高鳴り動揺した。昔からの付き合いでそんなことを言われた事はないし、僕も意識したことがなかった。動揺して何も言わない僕にミキは話し続けた。
「でも、今の田中君はなんか違う。カッコ悪い」


 今日も仕事だ。やる気が出ない。いつにもましてやる気がでない。昨日ミキに言われたことが頭の中でぐるぐる回っている。僕が漫画を書いていたこと、漫画家になりたいと言っていた事、そしてカッコ悪いと言われたこと。意味がわからない。カッコいいと言われたいわけじゃ無いが、カッコ悪いなんて言われたくない。
「田中!だらだらしてんな!」
伊藤さんが相変わらず持っているファイルで僕のお尻を叩く。セクハラだ。
「すんません」
「...なんだ、元気ねーな。悩んでんのか?」
伊藤さんの突然の言葉に驚いた。
「僕、元気ないですか?わかるんですか?」
「当たり前だろ、いつも見てんだから」
いつも見られているのはちょっと気持ち悪いが、見抜かれたことに驚いた。そこまで見抜かれていてなにも話さないのもおかしいと思い、僕は飲み会での出来事を伊藤さんに相談してみた。

 「...あぁ。カッコ悪いわ。今の田中は、小学生の時の田中より確実にカッコ悪い。夢も目標もなくただ生きてるだけでさ。カッコ悪いわぁ」
僕はそう言われて少しムッとした。
「じゃあ!伊藤さんは何か夢とかあるんすか?」
「当たり前だろ!俺はずっとロックバンドやってんだよ!俺は歳かもしれんけど夢は捨てない。前から言ってんだろ。若者は夢みてナンボなんだよ、夢を抱け!やろうとすればな、なんだってできるんだよ!」
 驚いた。荒唐無稽な話だ。年齢をとやかく言うつもりはないが伊藤さんがロックバンドなんて。でもあまりにも自信満々に言い放つその姿が、ちょっとだけカッコよく見えた。
 
 
 僕はきっとカッコ悪い。日々を生きているつもりだったけど、前に進もうとする事はしなかった。そんな僕がカッコいいわけが無い。
押し入れにしまってある段ボールから。昔のノートを取り出してみる。そこには下手な漫画が所狭しと書きなぐられていた。僕はそれをみて口元が緩んだ。子供の頃に無邪気に抱いた夢。壮大で荒唐無稽。でも確かにノートの中の昔の僕は自信と勇気に溢れていた。

 夢だって?そんなもの見れるわけがないだろう。日々の生活に追われて夢なんて見てる暇はない。じゃあ夢を見れないなら、夢を作ることからはじめてみるのはどうだろう?
 
 さて、僕は何から始めればいいんだ?そっか、なにをしてもいいんだった!

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