彼女への憧憬

 憧れの子がいた。彼女は黒髪のロングヘアを上の方で括ってポニーテールにしていた。頸の辺りに黒子が一つある。彼女は引っ込み思案な私の手をいつも握ってくれた。泣き虫な私にハンカチを渡してくれた。私の癖っ毛の頭を撫でてくれた。
 私たちは小中高同じ学校に通って、大学受験の時に彼女は上京してしまった。高校を卒業する間際にプレゼント交換をしたことは記憶にある。頻繁にしていた連絡も、時が経つ毎になくなってゆき、彼女は私の中の思い出の人となった。昔、小学生の頃、彼女の家でお泊まり会をした事があった。
「大きくなったら私のお嫁さんになってよ」
 私は一世一代のプロポーズをした。彼女は大きな二重瞼をパチパチっと瞬きさせると、
「いいよ。じゃあ裕子ちゃんも私のお嫁さんね」
 と、応えた。私は急に恥ずかしくなって、彼女に背を向け「おやすみっ」と云って寝たのだった。その日は夢を見た。小さなチャペルで私と彼女がウエディングドレスを着ている夢だった。
 社会人になってから、初めて男性から告白された。会社の営業部の人だった。営業事務だった私はその男性と日頃から話す事が多かったが、まさか告白されるとはつゆにも思っていなかった。私は逡巡した。結句断る事となった。恋愛経験というものを培ってきた事がなかった。私には自信がなかった。
 ある日高校の同窓会の手紙が届いた。私は昔から引っ込み思案であった為、友達も少なかった。しかし、多少の期待が私の中に擡げた。彼女に逢えるかもしれないと。私は参加に丸をつけ提出した。パーティの為に行き慣れないような洋服屋さんにも行き、パーティドレスを購入した。
 同窓会当日は晴れていた。ハナミズキの花がホテルの中庭に堂々とした佇まいであった。記憶の中の同級生は顔立ちも大人びてしまっていて、私は何処か取り残されたように感じた。彼女の姿を見付けれないまま人酔いをした私は中庭のベンチに坐っていた。時が流れる事が残酷であった。
「隣いいかな?」
 流麗で透き通った声が降り掛かる。聴き覚えのある声だ。
「いいよ」
 私が応えると、彼女は昔と変わらぬ黒髪をセットで挙げており、やはり頸には黒子がある。風が心地よくハナミズキの香りを運んでくる。彼女の左の薬指には指輪が嵌めてあった。そりゃそうだよね。と、私は自分の期待を馬鹿馬鹿しいものだと振り払うように努力した。
「憶えてる?裕子。この指輪あなたがくれたものなのよ」
 彼女は私の顔を覗き込んではにかんだ。私はハッとせられた。泪がポロポロと溢れてくるのを止められない。彼女は昔と違わず泣き虫な私にそっとハンカチを差し出した。

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