小柳日向

日表造形社代表。装丁画などを承るに当たって、参考の装丁画及び、絵の作品を上げていく。掌…

小柳日向

日表造形社代表。装丁画などを承るに当たって、参考の装丁画及び、絵の作品を上げていく。掌編もあげていく。

最近の記事

イマココ

毎年豪雨に遭うこの地域では、土砂崩れなどの災害を他人事には出来ない。佐嘉神社前から佐賀駅に掛けての周辺の街中でも、道が水没してしまって雨が膝程まで溜まる。異常気象と云われて長い年月が経ったが、この地球は人の棲み難い状態に陥っているのか、反面技術が進みSFの世界だと思っていた近未来も、もうそこまで近付いている。 幼い時分、バック・トゥ・ザ・フューチャーという映画を観たことを記憶している。あの映画のように車はまだ空を飛ばず、沈没した道を車で走らせているとエンジンから異常な

    • 君の色

      「ここに置いたら牛定石、ここに置いたら兎定石、ここまではわかる?」 新が説明していると、蘭は首を捻り乍ら石をジャラジャラと弄っている。 「白と黒だけの世界がなんでそんなに面白いの?」 蘭は石を放り出すと盤の前から立ち上がり、デスクトップの前に移動した。パソコンを立ち上げると、フォトショップで加工した写真のファイルを開いた。デスクトップが置いてある机の上に蘭の愛用しているニコンの一眼レフが、新の方を覗いているようだった。  蘭の撮る写真は色彩豊かで、季節の花々や深緑の森林、夕焼

      • ルール

         会社の昼休憩。美嘉は決まった喫茶店でランチを頼む。特に食べ物に関する好き嫌いもないので日替わり定食とする事にしている。ランチの後は決まってアイスティを注文することとなっている。冬でもホットにはしない。一時間しかない休憩の三十分を食事に費やし、十五分くらいをアイスティを飲み乍ら読書することとなっている。読む本は日に依って違うが、鞄に文庫本を忍ばせておく事を忘れてはならないこととしている。  そして、会社に戻れば決まった業務を熟す。営業事務課所属の美嘉は主に営業担当者と組み、資

        • とある問答

           人は十代の内に自己の内面と対話すべきである。己とは何者か、己は何の為に生を受けたのか。自己の存在意義または存在価値、自己が存在することで何が起こるのかを想起しておく必要があるのだ。自己対話とは即ちコミュニケーションの始まりであり、他者との対話で己を見つめ直す機会を作るのもよいだろう。  真琴は鏡を観ながら「お前は誰だ」と問答していた。これは、気が狂うから辞めた方がよいとされる事だそうだが、真琴には関係なかった。自分とは何者であるか、それが昨今の最大の関心事であった。鏡からの

          ライラック

           ブランキージェットシティは、ライラックの花を全く識らない状態で、「ライラック」という楽曲を書いた。彼らが云うには多分赤くて五センチくらいの冬に咲く花、ということだが、実際は五月頃に咲く花木で紫色、藤色、紅色、白色の花である。和名はムラサキハシドイ。切花としても優秀な花である。  だが、彼らは冬の情景を見事に演奏し乍ら、ライラックを取り巻く出来事を演出している。実際がどうであろうと、真冬にコートを着込んでライラックを凝視める。情景が浮かぶようだと初めて聴いた当時は思ったものだ

          ライラック

          堕落症

           定職にも就かず、ぷらぷらとアルバイトで生活している。お金が足りなくなれば、親のところへ無心に行く。新卒入社した会社で、何となく合わないという理由で辞めた。今は飲食店の厨房でファミリー向けの料理を作るアルバイト以外にする事はない。廿半ばで定職にはついてないが、女に不自由することはなかった。夜のアングラな店に行っては、口説いて家にお持ち帰りする。特別なパートナーなどは居なかった。  男はなんせ顔がよかった。スタイルがよかった。が、性格が悪かった。特定の恋人を作ると、やはり飽きて

          撰んだ水槽

           同棲している恋人とマリーンワールドに来ていた。福岡の東区海の中道にある水族館だ。二人とも多忙な中仕事の休みが被ったので、湊人は思い切ってデートに誘ってみた。恋人は平素インドアな方なので渋るかと思ったが、快く承諾してくれた。付き合って三年の記念日は一ヶ月前に過ぎていたが、時間が合わずに記念日を祝う事が出来ていなかった。  マリーンワールドに恋人を連れてきたのは初めてである。恋人が小さい水槽を隅々まで観て回っているのを着いて回る。水槽には魚の生態などが詳しく書かれたプレートが近

          撰んだ水槽

          彼女への憧憬

           憧れの子がいた。彼女は黒髪のロングヘアを上の方で括ってポニーテールにしていた。頸の辺りに黒子が一つある。彼女は引っ込み思案な私の手をいつも握ってくれた。泣き虫な私にハンカチを渡してくれた。私の癖っ毛の頭を撫でてくれた。  私たちは小中高同じ学校に通って、大学受験の時に彼女は上京してしまった。高校を卒業する間際にプレゼント交換をしたことは記憶にある。頻繁にしていた連絡も、時が経つ毎になくなってゆき、彼女は私の中の思い出の人となった。昔、小学生の頃、彼女の家でお泊まり会をした事

          彼女への憧憬

          戻れない過去、見えない未来

           他人の金で呑む酒は美味い。気弱そうな同僚を誘っては呑みに行き、毎回支払いを任せている。二件目に行くと女は同僚を置いてカウンターの隣に坐る男に声を掛け、男を持ち上げつつ酒を頼む。男は気を大きくし女とその同僚の分も支払ってくれる。週末になると女はそれを繰り返した。  常連客が居る店に寄ると、必ず隣に坐る。BARのマスターもやれやれという表情は見せるが、女の頼んだ酒の会計を常連客の伝票に付ける。自分の稼いだ金を遣わずに酒を呑めるのは癖になる。  帰り際には、常連客と腕を組み乍らコ

          戻れない過去、見えない未来

          狭い箱

           学校に行けなくなってから、どれくらいの月日が流れただろうか。美波の成績は丁度中間くらいだろうか。可もなく不可もない。軽音部に所属し担当楽器はギターである。クラス内では目立たない……つもりであった。美波は内向的な性格をひた隠しにし、明るく快活な女の子である事を演じてきた。中学生時代、女子同士のグループ制かつカースト制に辟易し、女子高に入学してからは、グループに所属せず誰とも分け隔てなく話をした。しかし、そのせいで孤立している事にある日気がついた。  孤立しているとターゲットに

          青い紫陽花

          「おはようございます」  松枝が声を掛けると、夫はカーテンを開けてくれる。松枝がベッドの横にあるボタンを押すと、ベッドは自動的にゆっくりと起き上がる。朝日はほんのり眩しく、初夏を思わせる青々とした紫陽花が庭に見える。 「おはよう」  夫は松枝に声を掛けると、庭へと出て行った。きっと日課の水遣りをするのだろう。シャワーヘッドが着いた緑色のホースを伸ばし、紫陽花に向かって水が降り掛かるのが、松枝のベッドからも見えた。日差しは差して強くはなかったが、小さな虹が紫陽花への橋を架けてい

          青い紫陽花

          男たるもの

           朝日が一条カーテンの隙間から射している。億劫な心持でベッドから起き上がると、すぐさま枕にしがみ付き、まじまじと凝視する。抜け毛が一本、二本、三本……数え切れない……。男は枕を手離し、枕元に置いておいたコロコロで枕を掃除する。今日も嫌な日課である。  洗面所に顔を洗いに行くと、びしょびしょに濡れた老け顔と、禿げ散らかった頭がピカリと光を反射させる。もうバーコードでは隠し切れない……。男は様々な育毛剤が並んだ棚を一瞥し、舌打ちする。  今日は休日だ。しかし、出掛けよう。男は顔を

          男たるもの

          誰が為の--

           水槽を漂っていると、ガラス越しに一人の人間と目が合った。他の個体は僕から離れて泳いでいる。僕は自慢の尾鰭をヒラヒラと見せ付け、この中で自分が一番美しいのだとアピールをした。人間は僕にはわからない言葉を使ってコミュニケーションを取っている。その人間は僕を指差して他の人間と会話をしているようだ。  暫くして、僕は日頃僕と他の個体をお世話していた人間に掬われ、小さな水槽に入れられた。真っ暗な水槽だったが不思議と怖くはなかった。長い時を暗闇で過ごし、漸く光が射した。僕は広々とした水

          誰が為の--

          枯れない愛、心の渇きを癒やして

           君の心に一部屋空き部屋がありましたので、僭越ながらお借りさせて頂きました。以前住んでいたであろう方の残した、家具や写真の類が残っておりましたが、何も触らずにそっとベッドだけお借りしようかと思いました。以前此処に住んでいらした方は嘸かし君の事を大切に想っていたのでしょう。棚の上に君と識らない方の写真を見かけました。  思い出の品が君の心の部屋に残っているということは、君もまだその方を想っていらっしゃるということでしょうか。きっとこの部屋の思い出の品を片付けるのは私の役目なので

          枯れない愛、心の渇きを癒やして

          向日葵に凝視められて

           深緑の中、心を何処かに置き去りにし、林道の底へと進んでゆく。苔むした地面を両脇に見据え、遊歩道が畝り乍ら男の歩む道を示している。誰が為この地に来たのか。直射日光を遮る木々が仄かな風に揺られ、さわさわとひそひそ話をするかのように囁いている。  途中に細い小川が道を横切り、その上に石で造られた小さな橋が架かっている。湿っていた地面と比べて、その石橋は陽が当たるためか熱を帯びているように見える。蝉時雨は鳴り止まず、小川のせせらぎを聴くには耳を澄まさなければならなかった。 「久しぶ

          向日葵に凝視められて

          処女の頃

           この電車が明日に通じているかはわからない。只々、嫌気が差していた。恋人に別れ話を切り出してから、三ヶ月も経過している。女に縋り付き、捨てられまいとする男は只管に憐れであった。  女は南福岡から博多に向けた電車に揺られていた。少し街に出て、お買い物などしようという試みであった。車掌のアナウンスが博多駅に到着したことを報せる。しかし、女は席を立たなかった。電車は博多を過ぎ、ゆらゆらと揺れ乍ら、夕焼けが街を焼き尽くす様を窓に映している。  興が冷めたのだ。買いたいものなどそんなに