狭い箱

 学校に行けなくなってから、どれくらいの月日が流れただろうか。美波の成績は丁度中間くらいだろうか。可もなく不可もない。軽音部に所属し担当楽器はギターである。クラス内では目立たない……つもりであった。美波は内向的な性格をひた隠しにし、明るく快活な女の子である事を演じてきた。中学生時代、女子同士のグループ制かつカースト制に辟易し、女子高に入学してからは、グループに所属せず誰とも分け隔てなく話をした。しかし、そのせいで孤立している事にある日気がついた。
 孤立しているとターゲットにされやすい。美波は手頃なグループに取り入って仲間に入れてもらう事に成功したが、美波が所属したグループはカーストで云うところの下位グループにあたるようであった。まぁ、どうでもよい瑣末なことだ。美波は勉強をそこそこにし、部活動に専念するようになった。
 愛莉から声を掛けられたのは、一人部室でカーディガンズの楽曲のリフを何となく弾いていた時であった。
「私のバンドのギターやってよ!あんた上手いね!」
 まだどのバンドにも所属してなかった美波は、愛莉と自己紹介を交わし、メンバーに加わる事となった。愛莉はボーカルが担当であった。明朗快活とは愛莉のことを云うのだろう。誰に対しても分け隔てなく優しい。ベースは翔子、内気で流されやすい性格だ。ドラムは聡美、情に熱くお人好しだ。
 コピーするバンドはグループ魂と来たものだ。パンクは弾いたことなかったが、案外この面子だと楽しめるかもな、という期待が美波の中で膨らんでいった。練習を重ねる毎に、結束力が生まれているように思えていた。今思うと錯覚だったのだろう。
 学園祭ではライブをするのだが、学園祭が近づく日毎に愛莉からのLINEが頻繁に長文で入るようになった。愛莉からの文章を読み解くに、「自分より目立つな」という趣旨のものであった。学校で接すると優しい愛莉が、帰宅すると鬼のような文面を送ってくる。誰にも相談が出来なかった。いつも、「ごめんなさい」と返して事を荒げないようにしていた。
 学園祭の当日、いつものように支度をしてギターを担いで家を出ようとする。手が震えて靴紐が結べなかった。美波は靴を脱ぎ、ギターケースも鞄も投げ出し、部屋に引き返した。全身から怖気が湧き上がり、指先から冷たくなっていくのを感じた。
 その日からだった。引きこもり始めたのは。スマートフォンの通知を切って、誰とも連絡を取らなくなった。学校に通って冷ややかな目線と罵詈雑言を浴びせられる自分を想起した。ライブをすっぽかしたのだから何を云われるかわからない。
 学校という狭い箱の中の更に狭いグループという箱は荒波であった。美波はもうギターすらも触れなくなっていた。もうあの場所に行くことはない。美波は今日もベッドの中で疼くまる。静かな部屋は美波の孤独を温めた。そして、いつの日か弾いたリフを口遊む。

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