堕落症

 定職にも就かず、ぷらぷらとアルバイトで生活している。お金が足りなくなれば、親のところへ無心に行く。新卒入社した会社で、何となく合わないという理由で辞めた。今は飲食店の厨房でファミリー向けの料理を作るアルバイト以外にする事はない。廿半ばで定職にはついてないが、女に不自由することはなかった。夜のアングラな店に行っては、口説いて家にお持ち帰りする。特別なパートナーなどは居なかった。
 男はなんせ顔がよかった。スタイルがよかった。が、性格が悪かった。特定の恋人を作ると、やはり飽きて浮気をしてしまう。浮気が何故不可ないのかもわからなかった。不特定多数の女が男を媒介にして、それぞれがハッピーならよいではないかと思っていた。
 恋心が理解出来なかった。恋は人を盲目にするというが、そんな盲目になれるような女と出逢えた試しがなかった。女は男を束縛する煩わしい生き物である。真に自由であることを希求する男にとって、特定のパートナーは邪魔でしかなかった。現代ではアロマンティックという概念があるそうだ。恋愛感情を抱かないというセクシャリティだそうだ。男は「ふむ、それは俺に当てはまるな」と受け止めていた。
 婚姻制度とはあくまで法的制度であり、恋愛を基準としない時代が長かったにも関わらず、近年の恋愛至上主義が、男女は恋愛を通して婚姻に至るべきという浅はかな世論を生み出している。男は生涯結婚しないことと極めていた。何故なら多数の女を抱けなくなるという単純な答えからだ。
 今日赴く家の女は風変わりな女である。アロマンティックというセクシャリティを教えてもらったのもこの女からであるが、その女はポリアモリーというセクシャリティであると男に打ち明けていた。男にはその概念は理解し難かったが、要約すると恋する相手は一人ではないということであった。
 女は正直に男に恋心を伝えてきたが、男はあっさりとフった。が、身体の関係だけは続けていた。この女は男を束縛しないので、男にとっては正に都合がよかった。
「私あなた事好きなのよ?でも、他の男の人も好きになっちゃうの。世間ではポリアモリーの認知が低くて恋愛していくのは難しいわ」
 事後、ベッドの中で二人寝転んでいると女は溜息混じりにそう云う。女の中ではどの相手とも本気で恋愛をしているのだと云う。が、世間では浮気と認定されてしまうのが悔しくて、ポリアモリーを理解してくれるパートナーを複数探していると云うのだ。
「俺には恋愛がわからない」
 男は人に、女に恋する事もなければ、愛という概念は程遠いものに思えていた。セクシャルマイノリティという共通項を持つ二人は案外相性はよいのかも識れない。束縛されないのもまた男にとっては楽である。が、女がパートナーにならないかと交渉をしてくる時、男はやはり躊躇してしまう。
 女の目が、本当に恋する目をしているからである。男は何人もの女の気持ちを弄んだ事があるにも関わらず、この女だけは弄んでは不可ないような気がさしていた。男の辞書に罪悪感の文字はない。が、この女が男に抱かせる印象とは何なのか、男は測り兼ねていた。
 女はシャワーを浴びにベッドを出ようとする。男も煙草を吸う為にベッドを出る。セブンスターのほろ苦い味わい。真っ暗な部屋に取り残された男の頼る灯りが煙草の火のみであることが、男を堕落させてゆくのに充分な働きをした。堕ちてゆく、ゆっくりと、それは安寧を齎してくれる。

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