枯れない愛、心の渇きを癒やして

 君の心に一部屋空き部屋がありましたので、僭越ながらお借りさせて頂きました。以前住んでいたであろう方の残した、家具や写真の類が残っておりましたが、何も触らずにそっとベッドだけお借りしようかと思いました。以前此処に住んでいらした方は嘸かし君の事を大切に想っていたのでしょう。棚の上に君と識らない方の写真を見かけました。
 思い出の品が君の心の部屋に残っているということは、君もまだその方を想っていらっしゃるということでしょうか。きっとこの部屋の思い出の品を片付けるのは私の役目なのでしょうね。よく、男は名前を付けて保存、女は上書き保存という言葉を聞くのは、この部屋を君が使い回しているからということになるのでしょうね。
 私は新しく君の部屋に入ってきましたから、私と君との思い出はまだ白紙なので、部屋を見渡すと此処の住人はもう私なのに私の居場所では無いような心地が致します。君の心の中の部屋はまだ私を受け入れる姿勢ではなかったのでしょう。君は前の住人を忘れる為に私を受け入れたのですね。
 お部屋をお借り出来たのはとても嬉しいことです。君が私に心を赦したということを意味するのですから。
 部屋の中の写真にはどうやら触れないようです。写真立ての中の写真が違う未来の写真に移り変わるという仕様になっているもようです。この写真を変えるには、君との思い出を積み重ねなければならないということですね。
 ベッドのシーツも、壁紙の模様もいつしか私色に染めてみて差し上げます。君の望む物を、君の望む景色を、君の望む愛情を、全て私が与えて見せます。
 君は移り気な人だから、部屋はとても渾沌としていますね。いつか私もこの部屋を追われる日が来るのでしょうか。私は自らが持ち込んだサボテンの鉢植えを棚に置きました。これが私の最初の持ち物ということになります。
 あの日、私の営むバーで一人呑み潰れてしまった君は、痛く傷心しておりましたね。誰も寄せ付けないサボテンの様に全身を針で尖らせ、
「私なんて誰にも愛されないんだわ!」
 と、泣き崩れておりました。私は君が私のお店に何度も何度も通って来ては違う男の人を連れていた事を憶えております。選ぶカクテルも、男が変わればまた変わり、君の満たされない想いをグラスに注ぐ時、私であれば君のグラスを満たせるのでは無いかと術無い気持でありました。
 酔い潰れた君が閉店間際、私の家に行くと云ったことには驚きましたが、脚が痺れて立てないのであろう君を背負い、自宅で介抱した後に肌を重ね、なんて哀しい人だろうと愛しくなったのを君には伝えられませんでした。
 そうして、君の気紛れで私は君の心の部屋に招かれた訳ですが、誰にも愛されないなどとかなしいことを君が思うことはもう無いと私が約束して差し上げます。君の為に毎日とっておきのカクテルを作ります。まずはこのモヒートで乾杯をしましょう。
 君の心のこの一部屋を、私との思い出に塗り替えてゆきましょう。ほら、もう大丈夫。私の置いたサボテンは先程与えた水を針に乗っけて光を反射させています。その瑞々しさが、君と私の細やかな未来を祝福してくれるでしょう。

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