チーズケーキと泣いた朝
死んでしまいたい夜の乗り越え方は人の分だけあると思う。
私の場合はチーズケーキだ。
幼い頃は「イチゴも乗っていないなんてハズレだ」と思っていたチーズケーキ。
今では、某業務スーパーの、どシンプル冷凍チーズケーキと人生を歩んでいるといっても過言ではないだろう。
貧乏大学生の身にはあまりに高価で、普段は冷凍庫に押し込めているチーズケーキが日の目を見るのは、どうしても死にたくなった夜。
理由のない不安がべたべたと付きまとってくる深夜、体力を総動員させてキッチンへと向かい、ケーキを手に、何とか布団に戻る。そして「このケーキも、朝になれば美味しくなっているはず」と自分に言い聞かせて、チーズケーキを自然解凍させながら眠るのだ。
朝起きて、あの不安感は何だったのだろうと振り返る。無造作に置かれたケーキを見つけて、水も飲まないままベッドに腰掛けて食べる。喉にへばりつく甘ったるさを感じて、ようやく今朝も生きていることを確かめる。そして、少し泣いてみる。
ベッドに腰掛けて食べるのだから、毎度布団に欠片がぽろぽろとこぼれてしまう。だけど、死んだら掃除もできないのだ。生きてる証拠は生きていなければ片付けられない。
こうやって人知れず浮き沈みを繰り返して、何もなかったような顔をして家を出る。
大人になるって、しんどいことをいくつ乗り越えてきたかでは決まらない。もしかしたら、しんどいことをどう乗り越えてきたかで決まるのかな。
チーズケーキをくるんでいたラップの捨て忘れに気付いた電車の中で、ふとそんなことも思った。