三宅健はわたしの一秒で笑顔作れる武器
*これははてブロの記事を移動してきたやつです
KinKi Kidsの名曲「愛のかたまり」にこんな歌詞がある。
「どんなに喧嘩をしても価値観のずれが生じても 一秒で笑顔作れる武器があるわたしたちには」
「一秒で笑顔作れる武器」 わたしのとってのそれは三宅健くんだ。
幼い頃からアニメオタクで将来の夢は推しと結婚すること。ジャニーズには興味ないしジャニオタは怖い(ジャニオタvsアニオタの偏見が根強かったので……)
二十と数年そうやって生粋のオタクとして生きてきたわたしの前に三宅健が現れたのは2020年11月。
愛なんだ2020
気まぐれに見ていたテレビに映った彼はあまりにも美しかった。ものすごくかわいかったし、41歳と知って彼の周りの時空バグってない?と思った。 そしてなによりわたしを沼に突き落としたのが、健くんの髪型である。 めっっっっっっっっっちゃレオン・S・ケネディみたいな髪型してるこの人………………
中学の頃滅茶苦茶レオンを推していたのでもう気になって気になって仕方がなかった。多分健くんが今の髪型じゃなかったら落ちてなかったと思う。
こうして斜め上な理由で健くんが気になり出した。わたしを完全に沼に突き落としたのが、これ、ゲットネイキッド。
「ねえどんなに逃げようとしたって 僕からは逃げられやしない」
「かっこいい奴ならいくらでもいる」
「でも俺にメロメロなんでしょ?」
死……………………
滅茶苦茶かっこよくてかわいくてセクシーな三宅健から「俺にメロメロなんでしょ?」って言われて「はいそうです…………」ってひれ伏さない女この世にいる??????
いねぇよ……………………
そんなこんなであっという間に転げ落ち、その数週間後には健くんの写真がたくさん見れると聞いてジャニーズWEBに登録していた。
インスタのようなデザインの「にこ健」に並んでいたのは、驚くほど美しい健くんの写真と、そして彼の言葉たち。このコロナ禍で苦しんでいる人たちへ向けた真摯で暖かく、真面目な言葉が毎回欠かさず紡がれていた。
ああこの人、かわいいだけじゃないんだと思った。かわいくてかっこよくて真面目で、やさしいひとだった。伊藤家の食卓の記憶が薄らぼんやりあるだけの、わたしが長年抱いていた「三宅健=自由で子供っぽい人」という印象とは、少し違っていた。
そもそもV6とわたし
2020年10月以前のわたしにとってV6とは例の修学旅行の人たちで、それ以上でもそれ以下でもなかった。曲はway of lifeしか知らなかった。(SPは滅茶苦茶大好きだったので)
V6がデビューした1995年、わたしは生まれてない。学校へ行こう!が放送されていた20年代前半もまだ物心つく前の小学生だ。
摩訶不思議なことに、これまでMステとかVS嵐とか普通に見てきたのにV6に遭遇することは一切なかった。
高校生の時目覚ましにしていたユールビーインマイハート(関智一ver)の原曲が坂本くんだったことも、
長野くんがピンクババアでグルメ変態なことも、
井ノ原くんの骨格が素晴らしいことも、
滅茶苦茶怖そうだと思っていた剛くんが実はおばあちゃん子なことも、
岡田くんがアカデミー俳優で師範で軍事訓練受けてることも全部、何も知らなかった。
彼らが25年目を迎えるまで、彼らの何も知らずに生きてきたのだわたしは。
なに やってたんですかね……
あと10年、いや5年、せめて3年早く知りたかったと後悔してもし足りない。しかし時を巻いて戻す術はないので、今から死に物狂いで25年分追いかけるしかないのだ。
今まで知らなかった分も、これからも、V6と健くんのことをたくさん追いかけていきたい。
7/9追記
健くん42歳のお誕生日おめでとう!
まさかのまさかでこの想いを綴った数ヶ月後に解散発表に直面するとは思わなかったけど、一瞬こんなに辛い気持ちになるなら出会わなければよかったって思うくらい泣いたけど、でも出会えてよかったなって心の底から思います。
健くんがくれるあたたかくてやさしい言葉が大好き。何か注入してます?って思うくらいの涙袋も笑う時手で口隠す癖も広い肩幅もバキバキの腹筋も全部大好きだよ……(激重……)
健くんの42歳がとっても素敵な年になりますように。
そしてあと数ヶ月、後悔のないように過ごせますように。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?