【小説】本物を見つけ出すんだ【ネガイバナ】

「全く、ウツギは何回言っても良くならないな…」

「それに比べてミズキは偉いわね。お兄ちゃんが躓いてるところを、ミズキはとっくに覚えてるなんて。」

「ウツギはともかく、ミズキは将来はお医者さんになれるな。土曜日はお父さんとお母さんの病院に来て、見学していきなさい。」

「…行きたくないよ」

「何言ってるの。ミズキは、お医者さんになって、たくさんの人を救える人になるのよ。そのために、早いうちから色々見ておかないと」

「たくさんの人を…救う…。」

「そうよ。ミズキにはその資格があるの。みんなを幸せにする義務があるの。」

「うん…。」

「じゃあ、土曜日ね。」

「お兄ちゃんは、どうするの?」

「ウツギは土曜日も塾に行かせるわ。」

俺は病院の見学に行くことになった。土曜日。めんどくさいけど、両親の言うことには逆らえない。

子供からお年寄りまで、たくさんの人が行き交う待合室。
眉間に皺を寄せ、忙しそうに早足で通り過ぎていく看護師さん。
母親に手を引かれ、とぼとぼと小児科への階段を登る小さい子。
待ち時間が長すぎる、と怒鳴るおじいさん。
たくさんの人を救う病院は、街中の光景をひとつの施設に凝縮したみたいな空間だ。消毒液みたいな病院特有の匂いが、より俺を不快な気分にさせる。
 医者になったら。
毎日この空間に閉じ込められるのかな。
それでもたくさんの人を救えたら、俺は幸せだと感じるのかな。


待合室から中庭に出る。息がしやすくなった。
歩きやすいように舗装されたレンガの道。車椅子を押される人、押す人、松葉杖で1歩ずつゆっくりと進む人。ここは、定期的に病院に通う人だけじゃなくて、入院患者が散歩をしたり、歩くリハビリをする場所にもなっているみたいだ。

等間隔に並ぶ植え込みに背を向けるようにベンチが設置されており、そのうちの1つに女の子が座っていた。

白いワンピースから伸びる折れそうな程細い腕に、真っ白な長い髪。太陽の光を全て反射して、まるで天使みたいだった。
膝の上にスケッチブックを広げ、絵を描いている。
気になった俺は、通り過ぎざまに横目で覗く。
近くに寄ってみて気づいた。女の子は肩を震わせ、泣いている。スケッチブックは涙のシミでシワシワになっているのに、それでも構わず、色鉛筆で一心不乱に何かを描いている。
思わず、恐る恐る声をかけてみた。


「どうしたの?大丈夫?」
「…!」

顔を上げた女の子は、俺を見るなり、驚いたような、安心したような表情になってこう言った。

「綺麗…!!」

え?
正直、こっちのセリフだ。と、思った。


「えっと…何が?」
「あのね、えっとね、君のお花がね、すごく綺麗なの。」
「お花???」
「うん。のばらね、みんなのお花が見えるの。でもね、病院にいる人はね、みんなお花がないの。あっても、萎れちゃってて、のばらいつも悲しくなるの。でもね、君はすっごく綺麗なお花が咲いてるの。」
「えっと…そうなんだね、ありがとう」

何を言ってるのかわからないけど、泣き止んでくれてほっとした。
この子の名前は、のばらというみたいだ。
シワシワのスケッチブックには、一輪の花が咲いていた。

「絵が上手なんだね」
「えへへ、ありがとう」

ぱっと笑顔になるのばら。
全てが抜けるように白いのに、薔薇のように紅い瞳。
綺麗。
やっぱり、こっちのセリフだよ、と思った。

「お名前、なんて言うの?」
「ミズキ。」
「ミズキ!ミズキは、なんの病気なの?」
「俺は病気じゃないよ。」
「病気じゃないのに病院にいるの?」
「まあ、色々あって。」
「いいなぁ。元気なの。のばらはね、ふじのやまい?なんだって。だからね、病院に行く時しか外に出られないの。でもね、病院ほんとはきたくないの。いつも辛くなるの。悲しくなるの。でもね、ミズキがすっごく綺麗だから、今日はよかった。」
「のばらは、土曜日に病院に来てるの?」
「うん。そうじゃないときもあるけど」
「じゃあ、これから土曜日に来れる時は来るようにする。」
「本当?!やったぁ!」

最初は気が進まなかったのに。俺は、毎週病院に来るようになった。
のばらは、植え込みのベンチでいつも絵を描いている。
話していく度に、色々なことを知った。
見た目や喋り方から、幼稚園児くらいかと思っていたのばらは、俺と同い年だったこと。
のばらの両親は研究者で、いつも家に居なく、サカキという名前の執事がついているということ。
のばらは小さい頃から体が弱くて幼稚園や学校に行けず、友達がいないこと。

「じゃあ俺、のばらの初めての友達になるよ」
「のばらと、友達になってくれるの?」
「もちろん。」

またのばらは、泣いていた。

「今日は何の花を描いてるの?」
「わからないの。」
「そっか。でも、白いお花なんだね」

首を横に振るのばら。

「白みたいだけどね、色んな色に見えるの。だから、色鉛筆じゃ描けない。」
「見たことあるお花?」
「うん。ミズキが持ってるお花。」
「お花なんて持ってないよ」
「持ってる!」

のばらは、いつもよく分からないことを言う。
のばらの言う俺の持っているお花は、どんな色をしているんだろう。

「のばらの病気はね、きっと治らないの。死ぬのは怖いけど、でも、死んでも死ななくてもそんなに変わらないと思うの」
「そんなの、わかんないよ。このまま頑張ればきっと…」
「生きてたって、のばらはずっと独りぼっちなの。死んでもきっと独りぼっちだから、そんなに変わらないんだ。」
「俺がいるじゃんか。のばらは独りじゃないよ」「ミズキは、学校に行けるし、友達もいる。のばらにはいないもん。」

俺はどうしたら、のばらの孤独を癒すことが出来るんだろう。
ずっと傍にいてあげられたらいいのかな。
でも、現実的に考えてそんなことはできない。

「のばらがいなければ、パパもママも忙しくなくて、きっとみんな幸せだったのに。のばらが生まれて来なければ。」
「そんなことないよ。生きててほしいよ。のばらの描くお花、俺、好きだよ。」
「でも、本物じゃないもん。のばらには見えるのに、ミズキには本物が見えないもん。ミズキにはのばらの気持ちなんてわからないんだ」
「わからないけど、でも。生きてたら、もしかしたら、いつか本物が俺にも見えるようになるかもしれないじゃん。いつか絶対見つけるから。教えてよ。」

のばらの気持ちに寄り添うには、のばらの言う本物の花を見つけなくてはいけない。
でも、そんなものどこにあるんだろう。
白くて、だけど色んな色をしていて、俺には見えないのに俺が持っている花…。

そんなことを毎日考えていた。
塾の帰り道。
見慣れない看板が目に入る。

【喫茶店ブルーベル】

あれ、こんな所に喫茶店なんて出来たんだ。
入口の扉の横にある小さな窓から、店の内装が少しだけ見える。

「あ、お花だ…。あと…めっちゃ猫がいる…。」
「こんにちは」
「うわっ!!!」

店内を覗いていたら、急に扉が開いた。
背の高い男が、ニコニコしながらこちらを見下ろしている。

「コーヒーを1杯、どうですか」
「あ、いや…大丈夫です…」
「まあまあ、そんなこと言わずに。」


小学生を勧誘するほど、この喫茶店は客が来ないんだろうか。


「今お金、持ってないんで…」
「お代は結構ですよ。」
「猫、嫌いなんで…」
「そんなこと言わないで。うちの猫ちゃんはみんないい子だから」

怪しい。でも、ちらっと見えたお花に興味があった俺は、渋々店内に入った。

「どうぞ。君はアメリカンコーヒーだね。ミルクと、お砂糖は2杯。」
「…どうも」

…悪くない味だった。

「お口に合いましたか?」
「まあ…そうですね」
「そうでしょう!猫ちゃんがね、その人の好みの味を全部僕に教えてくれるんだ。」

なんだそりゃ。変な人だ。

「きっと君は、このお花が気になるんでしょう?」
「…。」

カウンターテーブルに生けている花を指さす男。

「猫が教えてくれたんですか?」
「そうそう!猫ちゃんには全部お見通しなんだよ!」
「俺が見てたから、わかっただけだろ…」


やっぱり変な人だ。


「この花は、カスミソウっていうんだ。花言葉は感謝。」
「お花、詳しいんですね。」
「まあ、そうだね!君はお花が好きなの?」
「好きっていうか…花を、探してて…」
「探してるの?」
「白っぽいけど、カラフルで、見る角度によって色が変わる花…知りませんか」

のばらの言っていた、俺の持っている花。変な人だけど、この人なら、知っているかもしれない。


「ふーむ…。それはそれは…。わからないなぁ。ごめんね」
「あ、そうですか…」

まあ、そうか。そもそものばらの言っていることはよく分からないし。
造花でもない限り、そんな花、どこにもないよな。

「じゃ、俺…帰ります…。ご馳走様でした。」

のばらの言ってるお花を見つけられるかもしれない。その希望が無くなった俺は、さっさと帰ろうとコーヒーを飲み干した。


「あ、ちょっと待って!」
「なんですか。」
「お土産に、どうぞ。君の求めているお花では無いけど、きっと気に入ってくれるから。」

そう言うと男は僕に小瓶を握らせた。瓶の中に入っているのは…、花の種…?


「なんの種ですか。」
「秘密。」
「これ、外来種で、植えたら異常に繁殖して環境破壊するとかいう…」
「あはは。君は賢いんだね。安心して、違うよ。この店に生けてある花の中のどれか。」
「はぁ…」

怪しい。でも、気になってしまう自分がいる。
どんな花を咲かせるんだろう。
いつも花の絵を描いているのばらに実物の花をあげたら、どんな反応をするのだろう。

「それはね、好きな子にあげるのにぴったりなお花だよ。」
「えっ。」


心を読まれているのかと思った。


「自己紹介が遅れちゃったね。僕はシキ。君の名前は?」
「…ミズキ。」
「ミズキ。いい名前だね。よかったらまた、遊びに来てね」


シキさんから貰った花の種。怪しいのに、どうしても気になって、捨てられずにいた。
そもそも、マンション暮しの俺は花を育てる場所なんて無いし、家族に見られるのも何だか…嫌だ。
両親には、今までずっと勉強の話しかされてこなかった。
急に花を育て出すなんて、何かあったと思われるに決まってる。

次にのばらに会った時に相談してみることにした。


「ミズキ、それ何?」
「花の種だよ」
「なんのお花?」
「わからないんだ」
「じゃあ、育てないと!」

目をキラキラさせるのばら。本当にお花が好きなんだなぁ。

「でも、うちは育てる場所無いし…」
「じゃあ、のばらの秘密基地で育てる!」
「秘密基地?」
「うん、ミズキには教えてあげる。のばらのお家の裏にね、ひろーい森があって、その中に秘密基地があるの。のばらはお外に行けないからって、パパが作ってくれたのよ」
「俺も行っていいの…?」
「もちろん!」

のばらの家は、街中で有名な大豪邸。森に囲まれた高台の上にあり、おとぎ話のお城みたいな見た目だ。
家ではないけど、敷地内におじゃまするのもなんだか緊張する。


「のばら様、お待たせ致しました」
「あ、サカキ!」

病院の受付の対応を終えたサカキさんが、いつものようにのばらを迎えにきた。

「あのねサカキ、今日ね、ミズキを秘密基地に連れて行ってあげたいの」
「秘密基地に?しかし…のばら様のお体に響きますから、ご自宅には人を入れないように旦那様から言われておりますので…」
「おうちじゃないもん。お願いサカキ、ミズキはのばらの初めてのお友達なの。連れて行って?」
「しかし…」
「サカキ、のばらのこと嫌い…?」
「そんなわけありません。私はのばら様のためを思って…」
「じゃあお願い。パパにもお願いできないの。サカキはのばらの味方でしょ?」
「…。」


サカキさんを口説き落とすことに成功したのばら。「絶対に家の中には入らないこと」を条件に、秘密基地に連れていってもらうことになった。そのまま、サカキさんの運転する車に乗せてもらって、病院からのばらの家へ。

のばらの家の広い庭には、たくさんの薔薇が咲いていた。

家を囲むように広がる薔薇園の更に外側が、広い森になっている。
そこから歩いて3分程度の場所、急に開けた場所に出た。
ポツンと一軒、小さなログハウスがあり、その横には小さな池がある。
水面に反射するキラキラとした光。ここにお花が植えられていたら、さぞかし綺麗だろうと思った。

「ここがのばらの秘密基地。このログハウスの中で絵を描くのが好きなの。ミズキも好きにしていいよ」


のばらの秘密基地。
のばらの大切な空間で、のばらの求めている色の花を育てられたら。
本物を見つけられたら。


医者になってたくさんの人を救いたい、なんて思ってない。

のばらが生きているうちに、のばらの大好きなお花を見つけたい。
のばらの気持ちをわかってあげられる人になりたい。

やりたいことも好きなことも無くて、親の言う通りの人生を送る。そうあるべきだと、信じていた。
だけど初めて気がついた。

のばらが本当に救われる方法なんて、あるかもわからないけど、少なくともこんな俺が、のばらのために出来るのは。


のばらの本物を見つけ出すこと。











日永の麗庭にて、綴る。朗読劇ネガイバナありがとうございました!

本来まずは感想ブログなどからあげるべきなんでしょうが、どうしても…ミズキの過去編が見たくて殴り書きしました。

ミズキの将来の夢は、育種家になること。
ミズキがお花を好きになったのは、のばらの特別になりたかったから。
そしてシキさんの存在。
とっくにお互い特別に思いあってたのに、ちょっとした事であんなことになっちゃうの、悲しいですね…。


これはあくまで原案者の二次創作ですので(?)矛盾点などありましたら目を瞑っていただけると幸いです…。


お読み頂きありがとうございました!

この後の有料部分で、日永麗のオフショット写真と、ちょっとした感想を載せます。
小説の内容とは関係ございませんので、支援してやってもいいぞ!という方のみご購入いただけますと幸いです。




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