謎の音を追いかけてみた

お夕飯を買いに行こうと自宅アパートの階段を降りていたら、自分の足音に混ざって遠くの方で
何かを叩く、金属にも似た音を聞いた。

足を止めて耳をすましてみたら、
それは一定の拍子で、カン…カンカン…と
リズムを取るように、繰り返し鳴っている。

「なんだか、火の用心の音みたい。」

甲高い音を鳴らす、あの木。
名称サッパリ分からなくて後で調べてみたが、
「拍子木(ひょうしぎ)」というらしい。

拍子を取るから、拍子木。
覚えやすくていいなと思った。

拍子木(ひょうしぎ)


すぐに思い出せたのは、以前
街を練り歩いていた消防団からすれ違いざま、
高らかにコレを鳴らされて、私がひどく驚いたことがあったからだった。

いくらなんだって人の隣で、掛け声や楽器を急に再開することはないのに。

聴き馴染みのない突然の乾いた音に、発砲されたのかと思って、猫みたいに飛び上がってから周りをキョロキョロしちゃった。

音の主を発見してじとりと睨め付けたところ
手元にこの木の棒を持っていたのだった。


記憶からすぐに音の正体を引き出せた私は、
「間違いない!」と、正解を確信して口角を上げたが、答えはキチンと確かめたいというのが、人間の性なので。

「確かめに行こう!
たとえこの先にいるのが、ただ木を打ち鳴らす、おじさんだったとしても!」

と、妙に気合いを入れ、お夕飯そっちの気で
どこまでも足を進めてみることにした。

ただ、この決心と大冒険の予感は、早々に打ち砕かれることになった。



自宅前の角を曲がって大通りに出たところで、
もう既に異変が起きていたのだ。
どこまでも行ってやるという決意をした矢先
あまりにも近場での出来事。

目に入ってきたのは、暗闇に光る赤。

普段は騒がしいくらいに車が走る大通りに、
警備服を着たおじさん達が道路の真ん中で、ライトセーバーのように、真っ赤なライトを持って佇んでいた。

「ナニコレ??えっ?何してるの??」

規制の下で作られているのが、車立ち入り禁止の歩行者天国なことはすぐにわかった。
でも知らないうちに家の前の通りが歩行者天国になっていました〜!だなんて、全くもって理解が追いつかない。

ハロウィンの仮装行列のイベント?
いやいや、こんな何もない道路に集まっても大して楽しくもないだろう。
ここは渋谷でも、そもそも東京ですらないのだ。

などと、色々と考え込んでいる中で、
無意識のうちに、1番近くにいた警備の人と長いこと目があってしまっていたようで。

棒を回して道を誘導をしてくれようとしていたおじさん。私が驚きと考え事で数秒足を止めてしまったがために、誘導を躊躇わせてしまったらしい。

しばらくして何か諦めたように手を下ろして、
しまいには私からスッと目線を外していた。

「歩みを止めたお前は、案内するに値しない」と思わせてしまったのかもしれない。
または、急に立ち止まりこちらを見つめてくる不審者、と判断されてしまっただろうか。

とにかく私の予想外の動きで、混乱させてしまったことは間違いなさそう。
ごめんなさい、私も混乱していただけなんです…。

でも、もうおじさんのライトは、私に対して回されることはなかった。
もうこちらを見てもいないのに、申し訳ない気持ちをこめて、ぺこりと頭を下げて横を通り抜けた。


この悲しみと引き換えに判明したことは、
「これ火の用心の音じゃないんだな」である。

でも、等間隔に並ぶピカピカ光るおじさん達の先からカンカン…カンという音が引き続き聞こえてくるので、この先で起こっていることと、この厳重な警備体制が関連していることは間違いなさそうだった。



歩みを進めていくうちに、カンカンという音だけでなく、ピーヒュルル…や、ドコドンという
他の楽器らしき音も混ざってきた。
もう正解が近い。

道端に立つ看板の表示を見て私は確信した。

「これ……お祭りだぁっ!!!
私の聴いたリズミカルな音は、お囃子の音だったんだ!」


家の前の閑散とした通りとは違い、
神輿からは元気な掛け声とお囃子が響き、
その上でひょっとこのお面がゆるゆるとなめらかに踊っている。

道の端には屋台が並び、進めないほどの人だかり。全てが活気に満ちていた。
さながら、ディズニーランドの開演前である。

越してきて2年経つが、この街が
こんなに賑やかなのは初めて見たし、
「この地域、人間こんなに住んでたんだな…」
と自分の知らない街の景色に驚いた。


初めは小さなお祭り程度に思っていたのだが、
人だかりはどこまでも先まで伸びていたし、
踊るひょっとこと神輿はたくさんあるし、
屋台も恐らく50店舗以上は出ているんじゃないだろうか。

さすが警備体制を敷くだけのことはある。
きっと家の前の警備の人達、こっちの屋台があるほうでライトセーバー回したかっただろうな、と思った。
だって、こっちの方が格段に楽しそうだ。



小さな女の子が屋台で買ったであろう電飾がついた透明なバルーンを手にして、色が変わる光を嬉しそうに見上げている。
とても可愛い。

小学生くらいの男の子が仮面ライダーのお面をお父さんに付けるようにせがんで、
「お父さん、ヒーローみたい!」と言っていて
胸がいっぱいになった。

私がお父さんの立場なら、胸を押さえて
「ウッ……ぎゃわいい(泣)」となっているだろう。仮面の下のお父さんの顔は見えなかったけど、繋ぎ直した手にまた密かにホッコリとした。

イカついお兄さんが、人混みから知り合いを見つけたらしい。
「久しぶりじゃん!」と肩を組んだ相手とニコニコ笑ってお酒を酌み交わしていた。


ギュウギュウ揉みくちゃの中で、
至る所で幸せと尊さが溢れていた。
あぁ、この空間が好きだなと思った。

人の不幸は蜜の味なんていうけど、
幸せの方が美味いに決まっている。


ゆったりとした人の波にのりながら、
当初の目的を思い出し、夕飯は屋台で買って行こうと思ったのだった。

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