燈無蕎麦(あかりなしそば)
本所南割下水付近(江戸東京博文館のあたりですかね)には夜になると二八蕎麦の屋台が出たそうですが、その中にはなにげにホーンテッドな蕎麦屋が紛れ込んでいた……という本所七不思議のひとつ。
昔々、ちょろい江戸っ子が夜中にそばを食いたくなって、「おっす、おら江戸っ子。いっちょたぐってみっか!」的なスーパーたぐりモードとなって夜の闇を徘徊し、みつけた屋台に駆け寄っていくわけ。
「やってる?」なんつって、のれんもないのにのれんをかき分けるジェスチャーなんかしちゃってノリノリで席につくんだけど、行灯が灯っているにもかかわらず店主がいない。いつまで待っても店主はこない。短気で損気な江戸っ子は「ちくしょう、もの売るってレベルじゃねーぞ!」と怒り狂い、腹いせとばかりに行灯の火を吹き消して立ち去るんだけど、行灯の火を消した者にはもれなく凶事が起こったそうな。
あるいは、ちょろい江戸っ子が夜中にそばを食いたくなって、「おっす、おら江戸っ子。いっちょたぐってみっか!」的なスーパーたぐりモードとなってとなって夜の闇を徘徊し、みつけた屋台に駆け寄っていくわけ。「やってる?」なんつって、のれんもないのにのれんをかき分けるジェスチャーなんかしちゃってノリノリで席につくんだけど、やっぱり店員はいない。しかも今度は行灯の火まで消えている。「もの売るってレベルじゃねーぞ!」と怒りながらも気を利かせて行灯に火を入れたりなんかして、やさしい一面をのぞかせる江戸っ子なんだけど、つけた灯がすぐ消える。またつけるんだけど、やっぱりすぐ消える。風もないのにすぐ消える。江戸っ子は、あれ、計画停電かな、また原発がアレなかんじなのかな。反原発派が打ちこわしとか始めたらたまんねーな。巻き込まれないうちにずらかるゼー、などと怯えて逃げ帰るんだけど、やっぱりもれなく凶事が起こったそうな。
あるいは、ちょろい江戸っ子が夜中にそばを食いたくなって、「おっす、おら江戸っ子。いっちょたぐってみっか!」的なスーパーたぐりモードとなってとなって夜の闇を徘徊し、みつけた屋台に駆け寄っていくわけ。
「やってる?」なんつって、のれんもないのにのれんをかき分けるジェスチャーが彼の唯一のつかみ芸なので、のれんをかき分ける手の動き、のれんを避ける首の傾きなどを入念に脳内でシミュレートしながら駆け寄っていくんだけど、なぜか蕎麦屋にたどり着かない。近づこうとしても等間隔を保って蕎麦屋の屋台が逃げていくように思える。歩けども走れどもいっこうにたどり着かない。江戸っ子は激怒した。必ず、あの邪智暴虐の二八蕎麦屋でそばを食わねばならぬと決意した。江戸っ子には加減がわからぬ。どこまでも逃げる屋台を果てしなく追いかけ続け、花のお江戸の八百八町を駆け抜けること十一里。江戸っ子の勇往邁進たる走りぶりは映画『幻の湖』もかくやといわんばかりの謎の感動を呼び、江戸の市中を大いに沸かせ、彼の事跡は現在の東京マラソンの端緒をひらいたのであった。
「万歳、江戸っ子万歳。」
ひとりの少女が、白の襦袢を江戸っ子に捧げた。江戸っ子は、まごついた。見物人は、気をきかせて教えてやった。
「江戸っ子、君は、まっぱだかじゃないか。なぜだ。早くその襦袢を着るがいい。この可愛い娘さんは、江戸っ子の裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
江戸っ子は、ひどく赤面した。というか、そばの話はどこへいった。
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