止まらない筋斗雲VS勇敢な姉

子どもの頃、よく行くスーパーには小さなゲームコーナーがあった。
かわいくないぬいぐるみが入ったユーフォーキャッチャーやお菓子を押し出すタイプの機械(名称がわからない)、ガタガタ揺れるアンパンマン、じゃんけんマシーン、ポップコーンメーカーなど、小さい子どもが暇をつぶすスペースだった。
現金ではなくメダルで遊ぶシステムで、母が買い物をする間、姉とわたしは数枚のメダルを渡されてふたりで遊んでいた。メダルを増やすゲームもあり、姉はそのギャンブルに果敢に挑んでは軍資金を増やしてくれた。
ユーフォーキャッチャーは技術がなくて取れないうえに、入っているぬいぐるみがかわいくなかったので無視していた。
1990年くらいのことで、わたしが小学校に入るか入らないか、姉は高学年くらい。
もっぱらじゃんけんマシーンか、いくつかお菓子を落とすことができるゲームで遊んでいた。

ある時、新しい乗り物ができた。
当時(今もか)連載真っ最中、大ブームのドラゴンボールの乗り物だった。
メリーゴーランドのようにぐるぐる回る小さな乗り物で、座る部分が筋斗雲のかたちになっており、子どもがふたり乗れるくらいの座席だった。
同じく筋斗雲に乗った孫悟空(チビバージョン)の人形が、後続の筋斗雲(座席)を先導するように取り付けられていた。
「乗りたい」
と言ったのはわたしだった。
小学校高学年だった姉は、しぶしぶといったかんじで一緒に乗ってくれた。
悟空と一緒に筋斗雲で空を飛ぶ……そんな夢のような体験。子どもだましだが、子どもだったので楽しかった。現実には、半径1mほどの円周上をぐるぐる回っているだけである。
何周しただろう。
そろそろもういい。目が回ってくるし、降りたくなってきた。でも遊具は止まらない。
「なんかおかしくない?いつ止まるの?これ」
姉が言ったことでわたしの不安は募った。
筋斗雲は加速する。どんどん速くなり、振り落とされそうだ。というのは錯覚だが、そう思った。
「全然止まらないよ、どうしよう、怖い」
姉にしがみついた。
まわりには、誰もいなかった。店員さんはおろか、こういう時に限ってお客さんのひとりもいない。いつもはすぐ来てしまう母の姿もない。
筋斗雲は止まらない。
わたしは泣きそうだった。
もうずっとここから降りられないんだ。このまま死んでしまう……。
その時姉が、
「降りて誰か読んでくる」
と言った。勇者の声だった。
「降りられないよ!止まらないんだもん!」
わたしは叫んだ。
階段を登って乗り場があり、そこから筋斗雲に乗るようになっていたので、乗り場は数秒ごとに通り過ぎてゆく。が、観覧車とは違うのだ。猛スピード(だと思っている)で回転する乗り物から飛び移るなどアクション映画でしかありえない。ドラゴンボールでも有り得るかな?
とにかく姉は
「待ってて、人を呼んでくるから」
と言い残し、ひらりと見事な身のこなしで乗り場に飛び移るとたちまち駆け出し、わたしはその背中を見送るのみ。
ひとりでつめたい筋斗雲に乗り、ぐるぐる回り続ける心細さよ!今でも覚えているほど不安だった。
そのあと、姉が店員さんを呼んできて故障した遊具を強制停止させ、わたしは降りた……のだと思う。
そのことは覚えていない。でもそうに違いない。

中学校時代、新学期になると趣味や特技、長所短所等をプロフィールシートに記入する必要があった。
そこには「尊敬する人」という項目もあった。
長所短所はともかく、「尊敬する人」について考えたことがなかったのだが、わたしはその欄に「姉」と書いた。
止まらない筋斗雲からさっそうと飛び降りた背中は、「尊敬する人」として不足はなかった。
今度会ったら、あの出来事を覚えているか聞いてみるつもりだ。

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