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避妊手術、どうしよう?その③

第3回:避妊・去勢手術にリスクは無いの? Part 2
3-1)悪性のできもの
前回は、骨格の成長や関節のトラブルの可能性をご紹介しましたが、悪性の腫瘍(しゅよう)、つまりガンの発生もリスクとして指摘されています。特に、骨肉腫、リンパ腫、血管肉腫と肥満細胞腫だそうです。

骨肉腫は聞いたことがあると思いますが、骨にできるガンですね
悪性リンパ腫は白血球の1種であるリンパ球がガン化する病気だそうです
血管肉腫というのは血管の細胞にできるガンで、からだのどこにでも発生する可能性はありますが、皮膚が多いそうです。
肥満細胞腫は、犬の皮膚に発生するもので、悪性の皮膚ガンの中では一番多いそうです。(いわゆる「肥満」とは無関係とのこと)

3-2) さらなる研究の必要性
ただ、いまのところ悪性腫瘍と性ホルモンとの関連に関する詳細な研究は行われていません。「病態生理学」^_^; という難しい分野での研究が必要らしいです。ですので、あくまで統計的な研究による報告ですが、次のような傾向があるそうです:

骨肉腫は、特に大型犬に多く死亡率の高い病気です。複数の機関がサンプル(調査対象の個体=ワンコ)数の多い調査を行っています。骨肉腫になる割合は、避妊・去勢手術を行うことで2倍に上がるという報告もあります。

血管肉腫は特にメスに多く、避妊手術を行った場合は4~5倍のリスクがあるとも言われています。「Swiss Canine Cancer Registry(直訳:スイス・犬のがん登録)」の約1,900件を分析すると、避妊済みのメス1.6倍から2.2倍の症例があるあるそうです。

一方で、避妊・去勢手術と血管肉腫の間には明らかな関連が発見できないという報告もあります。

約700頭のゴールデンを対象に行われたある調査では、1歳前に避妊手術を施した犬の罹患率(りかんりつ:病気になる割合)が1.8%1歳以降が7.4%未避妊の犬では1.6%で、一貫性を欠いています。また、オスの場合は有意差(意味のある差)が見られなかったそうです。

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肥満細胞腫については、さらに結果が様々です。「ビズラ」(ハンガリー原産の「ポインター」種)150頭を対象にした調査では、避妊・去勢手術を施した犬たちが3.5倍も多くこの病気を発症したとの報告があります。

また、色々な犬種300頭について行った別の調査では、避妊手術済みのメスは4倍、去勢手術済みのオスは1.4倍の罹患率だったとのことです。

ビズラ

ところが、ラブラドールおよびゴールデンで別々に行われた調査では、避妊・去勢手術の有無による有意差が見られなかったそうです。さらにイギリスで400頭以上のサンプルを対象に行った調査では、避妊・去勢手術済の犬の罹患率が逆に低いというデータもあるそうです。

避妊・去勢手術と脂肪細胞腫の発生は、犬種によってもかなり異なる可能性が考えられます。いずれにしても、血管肉腫と脂肪細胞腫の場合、性ホルモンと病気発生の因果関係についての判断は難しそうです。

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リンパ腫は発見が遅れると数週間で死に至る怖い病気です。ゴールデンを対象としたある調査は、1歳未満で去勢手術を行ったオス3倍の罹患率があったと報告しています。ビズラでは、避妊・去勢した場合、性別を問わず4.3倍のリスクがあったとの報告もあります。

ところが、ラブラドールの場合はリンパ腫の発症と避妊・去勢手術の間に関係は見られなかったそうです。

3-3)あくまで統計的データ
このように、避妊・去勢手術が「ある程度」悪性腫瘍(=ガン)の発症に影響を与える傾向がありそうだという説はありますが、すべて「レトロスペクティブ調査(= 後向き調査:過去の状況から関連性を分析する手法)」の結果です。

要は、データを分析して得た傾向。因果関係を厳密に確かめるには、「病態生理学」または「病理生理学」という、病気とその原因を科学的に解明する学問での研究が必要だそうです。

以前ご紹介したテキサス工科大学の調査でも、乳がん以外に大きな差異は見られなかったとの報告もありますし。

ガン

乳癌失禁

また、前回ご紹介したカリフォルニア大学は、純血種およびミックス犬35種を対象に新しいリサーチを行ったそうです。

その結果、早期に避妊・去勢手術を受けた大型犬には、犬種を問わず関節系のトラブルが多く見られた一方、ガンの発症に差異はなかったそうです。また、小型犬ではガン、関節疾患ともに違いがなかったとのことです。

こうしてみてくると、避妊・去勢手術によって悪性腫瘍(=ガン)にかかるリスクも指摘されてはいる、ということを飼い主は知っておき、判断材料の一つとして頭に置いておくのが良いと思います。

4)その他:尿失禁とホルモンの病気
このほか、特にメスの大型犬に多いのが尿失禁のトラブルだそうです。未去勢のオスには全く症状が見られなかったのに対し、1歳未満で手術を受けたメスの7%に症状が見られたという研究報告もあります。中には、この割合が20%近くあったという調査もありました。

これについては、膀胱括約筋(ぼうこうかつやくきん)の収縮に関わる「エストロゲン」などの性ホルモンが欠乏することで、睡眠時や興奮時にコントロールが難しくなるというしくみが分かっているそうです。

で、深刻なのが内分泌系(ホルモン)の病気。アトピー性皮膚炎、甲状腺機能不全症、副腎皮質機能低下症に加え、免疫介在性の血小板減少や溶血性貧血、および炎症性腸疾患といった、免疫性の疾患を発症するリスクが上がるという説があります。避妊・去勢による性ホルモン不足身体全体のホルモンバランスを崩すという疑いです。

内分泌図

次回は、避妊・去勢手術を「当然の責任」として行ってきた獣医さんが、内分泌系疾患のリスクを知って180度その考えを変えたというエピソードからご紹介します。