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想い出の…。

想い出の…。 作】葉月奏詩
性別不問 人称、語尾変更可

リーンリーンと虫たちが歌を歌っている時に俺は散歩に出かけた。
こないだまで蛍たちが飛んでいた小川はすっかり暗くなっていて少し寂しさを感じる。
ふと空を見上げると白鳥座が輝いており、蛍たちは天に昇り星座たちの手伝いをしているのかな…。と考えてみた。
そういえば、彼女と出会ったのもこんな寂しい夜だった気がする。

社会人一年目で覚える事も多くて毎日指導係に頭を下げながら頑張ったけど、なかなか上手くいかなくて。
向いてないのかなと考えながら歩いていた時に。

「こんばんは。お兄さん一人?もし…」とどこか懐かしさを感じる少女が話しかけてきた。
俺は家出少女か何かだと思っていた。
でも、次の日も。
また次の日も…。
少女は同じ所に立って俺に声をかけてくる。

いつしか気になる気持ちと不気味に思う気持ちが交差し始める。
だけどあの時感じた懐かしさは増すばかり。
彼女は誰なんだろう?
なんで俺に話しかけてくるのだろう?
どんなに考えても答えは出てこなくて。
次第に仕事も手につかなくなってきた。
あまりにもミスをする俺は指導係にも呆れられて、どこにも居場所が無くなってしまった。

今日も彼女は話しかけてくるがなんだかいつもと違う。
「まだ気づいていないの?いい加減気づいてよ…」と震えた声で話しかけてくる。

「気づいてってなんだよ!!俺は知らない!!一体誰なんだよ!!君のせいで俺は…」
全てを少女のせいだと思っていた俺はとうとう声を荒げてしまった。
すると少女はたった一言。
「…ごめんね」と呟き消えてしまった。
消える?そう消えたんだ。どこかに行ったのではなく消えてしまった。
俺はあまりの恐怖から、走って帰宅し布団をかぶり眠りについた。

それから俺は幽霊という名の少女に怯え家から出られなくなった。
当然仕事も辞めた。
両親が心配して帰っておいでと言ってくれ俺は逃げるように帰郷した。
実家に帰ってからも少女の姿が離れず毎晩震えながら眠っていた。

たまには、何かやらないとなと思った俺は押入れを片付ける事にした。
押入れの中から俺や兄弟が使っていた教科書や玩具が出てきた。
「うわぁ。懐かしい…」と時折手を止めて思い出に浸っていると。
昔やっていた交換日記が出てきて恥ずかしさで、顔に熱が集まってくる。
せっかくだし…。とペラペラと捲っていくとお世辞にも綺麗とは言えない文字と幼い文字そして一枚の写真が出てくる。
その写真には幼い俺とあの少女が写っていた。

「母さん、この子誰?」
すると母さんは「え?あぁ。隣に住んでた子だよ。あんたの初恋の相手でしょ?でも…。あんな事があったらね…」
ねぇ。あんな事って何?
俺は何を忘れているんだよ。

俺は母さんに頼み込んで彼女の事を教えてもらった。
彼女は俺の二つ上の幼馴染で俺の事を本当の弟の様に可愛がってくれたらしい。
俺は弟扱いされることが嫌でいつも怒っていたらしいけど何も覚えていない。
交換日記はちょうど学校で流行っていて彼女から頼まれて始めたらしい。
その時には、俺は彼女の事が好きだったんだと思う。

彼女の日記の最後にはいつも同じ言葉で締められていた。
『もし、悩みがあったら一番に相談してね』
たった二つしか変わらないのにお姉さんぶっていたんだなと笑ってしまった。
その時俺は気が付いた…。もしかしたら初めて俺に話しかけてきた時。
もし…。の後の言葉は泊めてほしいじゃなくて、悩みがあったらって続いたんじゃないのか…。
あの時の俺は仕事の事で悩んでいた。その事を知った彼女は相談にのりに来たのでは。

そう思った瞬間に俺の中で何かが溢れ出てきた。
本当は大好きなのに全然振り向いてくれなくて、子供だからだと思った俺は勇気を示すために大人たちが近づくなって言っていた川に行き溺れた。
その時に助けてくれたのが彼女だったんだ。
俺は助かったけど、彼女は…。
どうして俺はこんなにも大切な事を忘れていたんだ。
その時何処からか彼女の声が聞こえてきた気がする。
「やっと思い出してくれたんだね。ずっと待っていたんだよ」

俺はどうしても彼女に謝りたくてある場所に向かった。
そこで彼女は眠っている…。
「忘れていてごめん。俺を助けてくれてありがとう」
「また、俺の事叱ってくれよ。姉さん」
俺は静かに呟いた。
彼女は今日も眠っている。
白い部屋で…。変わらぬ優しい顔で。

また会いに来てください。
いや。俺が会いに行きます。

「こんばんは。お兄さん。もう悩みは無くなったかな?」
俺は彼女の声に振り向き笑いかけた。

「あぁ。もう悩みなんかないよ」

おわり

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