月が綺麗ですね

俺は狼人間である。先祖代々、満月の夜に生まれると狼人間になつてしまう家系だ。

普段は人間の姿をしているが、満月の夜になると狼に変身してしまう。

今日は満月ではないのでコンビニでアルバイトをしている。満月の夜には休みをとっている。

ピンポーン。あ、お客さんだ。
「いらっしゃいませー。…あ」

いい匂いがする女性の客が入ってきた。毎晩のように来店してくれる常連さんだ。

実は俺、彼女のことが気になっている。

いい匂いといっても、特別な香水の香りはしない。彼女が毎日買っているスイーツのような甘い香り。それでいてお風呂上がりのような爽やかな香りがしてくる。

俺は狼人間だから鼻が利く。だから、彼女の匂いに惹かれている。

「あ、あの、新しいスイーツ入りましたよ」
「そうなんですか?あ、これかな?美味しそう」
彼女は俺が薦めたスイーツを手に取り、レジ打ちをしている俺のもとへと歩いてきた。

「食べてみますね、ありがとう」
「いえいえ、ありがとうございます」

深い話はしたことがないが、彼女は仕事帰りにいつも来店し、自分へのご褒美を買って帰るのだ。


「あー、今日も話せなかったな」
俺は自分の部屋の天井を見つめて呟いた。明日は満月の夜。満月休暇である。

コンコン。ドアをノックする音が聞こえた。
「お兄ちゃん、ちょっといいかな?」

俺の妹だ。生まれた日が満月の夜でなかったから、妹は普通の人間として暮らしている。

「なんだよ、何か用か?」
妹は少しモジモジしながら話し始めた。

付き合って間もない彼氏が明日の夜うちに来るらしい。その間、俺に出かけていて欲しいようだ。
「お前、明日が何の日か知ってる?」
「何って、満月でしょ?いいじゃない、2時間ほど外で散歩に行ってきてよ」

何がいいもんか。変身した姿で外を散歩だと?


翌日の夜、可愛い妹のため、俺は狼の姿で出かけることにした。人に見つからないように、思い切り走り、近くの海辺に行くことにした。

そこに黒い影があるのを見かけたが、風上だったので匂いの主は何かわからなかった。

ゆっくりと近づいてみると、犬ではなく俺と同じ狼のようだった。白く美しかった。

風向きが変わり、その美しく白い狼の匂いがした。

あ…。

彼女だ。間違いない。

いつも職場でしかあったことはなかったが、彼女も俺に気づいたようで、一言吠えてから近づいてきた。これは、チャンスだ。

「こんばんは。貴方、毎晩会う店員さんね」
「あ…は、はい!」

俺は緊張しまくっていた。

「つ…月が綺麗ですね」
そう言った途端、俺は恥ずかしさの余り、さよならも言わずにその場から逃げるように走り去った。
「バカ、馬鹿、俺は何をやってんだ」
俺の初恋は終わった。


満月の夜も終わり、働いているお店に向かう。
「もう来てくれないだろうな」
深くため息をついてしゃがみこんでいた。

ふと、あの甘い香りがして、慌てて立ち上がった。
「い、いらっしゃいませ」

彼女は暫くうつむいていたが、意を決したように口を開けた。
「あの…私も貴方のことが好きです」
「…へ?」


俺が別れ際に言った言葉は、「貴方のことが好きです」という意味もある言葉だったらしいことを後で知った。


近いうちに、結婚する予定だ。

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