ただいま



あなたが生まれた日、その日がどんな天気だったのか、私はよく覚えていない。

明け方に産院へ駆け込んだ後、窓の外を見る余裕などはなく、ただひたすら陣痛に耐え続け、
昼過ぎにようやくあなたを産んだ後も、その時の空がどうなっていたかなんて、私にとってはどうでも良いことだった。

あなたを産んだその時から、私の頭の中はあなたのことでいっぱいで、あなたのことしか、見られなくなっていた。

そうして、私は母親になった。


この世の中は、どうにもならないことがたくさんあって。
理不尽なこと、不条理なこと、どうしても許せないこと、誰にも言えないほど苦しいこと、報われないこと、たくさんあるんだよ。

誰か助けてよと叫んでも、誰にも振り向いてもらえなくて、絶望することも、
誰かの力になりたくて必死に頑張ったのに、突き放されて、傷つくことも、
数えだしたらきりがないくらいあってね、それはそれは辛いと思う。

本当はね、どんな時だって私が側にいてあげたい。
大丈夫だよひとりじゃないよって、ずっとずっと抱きしめていたいけれど。それはできないから。

今はただただ、私を見かけては笑って、駆け寄って抱き着いてくるあなたも、いつかはね。

「どうして生んだんだ」と怒ったり
「どうしてわかってくれないんだ」と泣いたり
「あんたなんか大嫌いだ」と叫ぶ日がくるのかもしれない。

その時のあなたに、私が寄り添えるのか、助けてあげられるのか、何ができるのか
考えるだけで怖いよ。こわいけどね。

あなたを産んだ時、私はこんな気持ちだったんだよ。
こんなにも嬉しくて幸せで、言葉が出ないくらい胸がいっぱいでね。
お母さんにさせてくれてありがとうって、何度も何度も話しかけたんだよって。伝えられたらいいな。

こんな世の中にあなたを産んでしまったこと、それが正しかったのか、それで良かったのか、私にはわからないけれど。
それでも私は、あなたに出会えて良かった。あなたに出会うために生きて来たんだって、いつもそう思ってる。

本当にそう思ってる。





数年ぶりの夜の外出から帰ると、息子はもう眠っていた。
子どもを置いて映画を観に行った罪悪感で、何となく苦しくなったのだけれど、
それでも今この瞬間に、あの作品に出会えたこと。大切な人に出会えたこと、全てが繋がっているようで、また明日から「お母さん」に戻れるなと自信が持てた。

私が笑ったり歌ったりする度、一緒に喜んでくれるあなたが大好きだよ。
明日の朝も、いつものように私を起こしてね。


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