ダキアとローマの軍旗ドラコ2

龍の輪02-2/獣面→蛇面→角蛇面のドラゴン

ダキア人とローマ人のドラコ

さて「獣顔のドラゴンの起源を探るためググってみた」の2回目。
ググるとドラゴンは昔「ドラコ」とか「ドラコーン」とか呼ばれており、「ワイバーン」「リンドブルム」「ドレイク」など、いろんな呼び名があることが判明。それはそうだ。日本でも龍とか辰とか呼ぶし、大蛇のことを昔はウワバミとかオロチとか呼んだ。古今東西によって同じものでも呼び名は変わる。当たり前だ。

「ダキアン ドラコ/dacian draco」ダキア人の狼の軍旗・前1〜2世紀
「ローマン ドラコ/roman draco」ローマ人の蛇の軍旗・4〜5世紀
リンク▶︎ 竜と狼 - 幻想動物の事典

上の語句でググると大量のダキア人とローマ人の兵士の画像が出てくる。彼らは狼や蛇の頭を模した旗を持っている。いや、旗というより「長崎くんちの龍踊り」に近い。

ダキア人のドラコは狼の皮を繋げて長くしたモノで、これが遠くに見えたら確かに怖い。ローマ人はこれを蛇に変え、さらに敵を恐れさせ味方を鼓舞する邪眼のイメージを付与した。ただ、これが動物寓意譚のドラゴンの顔が獣顔である理由にはまだ少し遠い。

中世キリスト教が蛇や狼を「敵・恐怖・異物」イメージで用いたのは確かだが、キリスト教が「敵」に認定したモノ、「恐怖」したモノ、「理解しない・できない」と決めたモノ。

メソポタミアのムシュフシュ

『古代メソポタミアの神々』によると、神々に付き従う獣ムシュフシュも獣面→蛇面→角蛇面と変化している。集落に柵がない頃は肉食獣の脅威が身近であり、柵ができて以降は蛇くらいが脅威となったのだろうか?

メソポタミアは水耕農業を始めた文明であり、牛に鍬を引かせて土を耕し始めた文明でもある。他の生き物を食料としてでなく労働力として扱い始めた最初の頃だ。これは恐らく人間にも適用され、次第に自分のことも生命体ではなく労働力として考えることができるようになった。

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