正岡子規について

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思うところあって正岡子規全集を読む。読むと驚くこと多く、まず正岡子規といふ男が思いのほか乱暴だ。「歌よみに与ふる書」の古今集、新古今の痛烈なる批判には、驚愕の他無し。

私にとっては、古今も新古今も同様に崇高なる書であるが、子規にしてみれば何の価値もない愚書であるらしい。私は不勉強で、若には全く無知で、高校の子分の授業もほぼ睡眠に費やしていたので、若の良しあしはわからない。

子規は様々な和歌をとり、ここはだめ、あれはだめ、と批判していたが、正直、和歌の`わか`らぬ者にしてみれば、何を批判しているのかさっぱりだ。しかし、子規が古今と新古今にあるような、月並な句とは違うものを築こうとしていることは、おぼろげながらわかった。

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✔子規は駄洒落を許さない。
✔子規は理屈を許さない。
駄洒落と理屈ばかりのこの掲示板をマサオカ式に点検するか。

詩の良し悪しは、死人にしかわからない。
死の良し悪しは、詩人にしかわからない。
✖︎子規は駄洒落を許さない。

詩は、適切な言葉を適切な場所に置き続けた棋譜。
風で動く彫刻。心の痛みを言葉で包んだ真珠。
✖︎子規は理屈を許さない。

【源実朝】
世の中は 常にもがもな 渚こぐ あまの小舟の 綱手かなしも

理屈と洒落が抜け写実だけが残る。
風景こそ心と知り、心こそ風景と詩る。
なるほど100%和歌った。(←わかってない)

▶︎ 詩せる死人の酒場『バッカナール』

掲示板で使えるモンスターアイコンが増えるよ。