ひいばあちゃん
幼稚園から帰ったら、歌声が聞こえてきました。
ばぁばの声ではありません。
誰だろう?
「ちいちゃん、おかえり。こっちおいで。
ひいばあちゃんがきてはるんやで」
ばぁばが部屋から顔を出して手招きしました。
ひいばあちゃんって、だれ?
急いでくつを脱いで、ばぁばの部屋にいきました。
廊下から部屋の中をのぞくと、
小さなおばあさんが、ソファーにちょこんと座って
歌をうたっていました。
髪の毛が短く男の子みたいでした。
「おかあちゃん、ひ孫のちいちゃんよ。
赤ちゃんの時、一度会ったことがあるでしょ」
ばぁばは、ひいばあちゃんの耳のそばで、
大きな声で言いました。
「さっき、ひいばあちゃんていったのに、
おかあちゃんって呼んではる」
後から来たママにいいました。
「そうなんよ。ばぁばのおかあさんよ。
ママはおばあちゃんって呼ぶし、
ちいちゃんには、ひいばあちゃんになるのよ」
ひとりでみっつも名前があるなんてすごい。
ひいばあちゃんは、私の方は見ないで、
同じ歌ばかり繰り返してうたっています。
私はちょっと不思議な気持ちで、
ひいばあちゃんを見ていました。
「ひいばあちゃん、ええ声やろ?
若い頃はな、美人で歌も上手で、
まるで女優さんみたいって言われたもんや」
ばぁばが嬉しそうに目を細めて言いました。
「そやけど、知らん歌ばっかり。
チューリップやキラキラ星の歌やったら
歌えるのに・・」
歌が好きな私は、一緒にうたえる歌がなくて
つまりませんでした。
「そうやね~。昔の歌やから、ちいちゃんは知らないよね~。
ひいじいちゃんが好きな歌しか歌わないんよ」
ばぁばが笑いながら言いました。
「そうや、ちいちゃん、ひいばあちゃんに絵を描いてあげたら?」
ばぁばがお絵描きの用意をしてくれたので、
机の前に座りました。
何を描こうかと迷ったけれど、
ひいばあちゃんの顔を描くことにしました。
まず、画用紙いっぱいに丸をかきました。
歌をうたっているから、口は赤色で大きな丸にしました。
目はまぶたがくっついてよく見えないので、
小さく黒い点をかきました。
髪の毛は鉛筆をたたきつけるようにして、
短い線をいっぱい描きました。
離れて見ると、ハリネズミに見えました。
顏を上げると、ひいばあちゃんと目が合いました。
絵が見たいのかな?と思って、
絵をひいばあちゃんの方に向けました。
「ひいおばあちゃんのお顔、これでいい?」
ひいばあちゃんは、何も言わず、目の前の絵を
怒ったような顔で、じっとみつめていました。
ハリネズミの頭を怒ってるのかな~?
顏が大きすぎて、服が描けなかったから怒ってるカモ?
色々心配しているうちに、泣きそうになりました。
「みぃーかんーの、はぁーながー」
突然、ひいばあちゃんは、
今までと全然ちがう歌をうたい始めました。
「あら、おかあちゃん、なつかしい歌やね」
おやつを運んできたばぁばが目を細めて言いました。
「ひいばあちゃんの家にな、みかんの木があってね、
毎年沢山のみかんができるのよ。
青い実ができると早く食べたくてね、
みかんの木の下で、この歌をよくうたったもんやった」
ばぁばは、ひいばあちゃんのひざで、
トントンと調子をとりながら、声を合わせて歌っています。
その日の夜、ひいばあちゃんと一緒に住んでいる
弘子おばちゃんが、迎えに来ました。
「ちいちゃん、久しぶりやね。
ひいばあちゃんと遊んでくれて有難う。
この絵、上手に描けてるね、もらって行くわね」
弘子おばちゃんが丸めた画用紙をカバンに入れました。
ひいばあちゃんは家に泊まると、勝手に思い込んでいたので、
びっくりしました。
「あかん。まだ帰ったらあかん」
私は二人の前で通せんぼをしました。
「ごめんね~、今日はもうおそいからね。
今度ゆっくり来るから・・・。ありがとうね~」
弘子おばちゃんに手を引かれて、ひいばあちゃんが、
私の横をすり抜けようとしたとき、
「帰ったらあかん・・・」
もう一度、泣きながら通せんぼをしました。
「うるさい子やなあ」
という声と同時に、だれかに頭をたたかれました。
「あらあら。ちいちゃん、ごめんね。痛かったねえ。
ひいばあちゃんな、急に怒りだす病気やねん。
かんにんしてあげてね」
弘子おばちゃんは、何度もあやまりながら
帰って行きました。
その時が、ひいばあちゃんに会った、最後でした。
ひいばあちゃんは、天国に行ってしまったからです。
ある日、
ばぁばがひいばあちゃんの家に行くというので、
私もついていきました。
ひいばあちゃんの家には、知らない人が沢山いました。
一緒に遊ぶ友達がいないので、
縁側で持って行った絵本を読むことにしました。
絵本を読んでいると、
みかんと線香の匂いが混ざったような、
やわらかい風が、ふわっと通り過ぎていきました。
そのすぐあとから、
「みーかぁんーの、はーながー・・・」
聞いたことのある歌が、かすかに聞こえてきました。
絵本から目をはなして外を見ると、
庭のみかんの木の下に、
見覚えのあるおばあさんが立っていました。
「ひいばあちゃん? 天国に行ったんじゃなかったの?」
急いで縁側から庭におりていきました。
「ちいちゃん、久しぶりやね。元気やった?
ひいばあちゃんな、ちいちゃんに『ごめん』って言いたくて、
ここで待ってたんよ」
ささやくような声でした。
「ちいちゃんに会った時、歌ばっかりうたってて、かんにんな。
ひいじいちゃんがな、『ずっと歌い続けて』って言うもんやから。
『帰ったらあかん』っていうてくれて嬉しかったのに、
頭をたたいてかんにんな。手が勝手に動いてしもうて。
それからな、可愛い絵を描いてくれて有難うね」
そういいながら、頭をなでてくれました。
「ちいちゃん、そこにいたん? たいくつしたやろ?
こっちにおいで。おやつがあるよ」
ばぁばがよびにきました。
「ばぁば、ひいばあちゃんだよ」
ミカンの木を指さして振り向くと、
ひいばあちゃんは消えていました。
「あれ?今、ここにいてはったのに・・・」
キョロキョロしている私に、
「そっか~、ひいばあちゃんに会えてよかったなあ。
ばぁばも会いたかったな~」
と、笑いながら言いました。
家に帰ってもう一度、ひいばあちゃんの絵を描きました。
お姫様のように、クルクルした長い毛と、
ピンクのドレスに大きなリボンも描きました。
出来上がった絵をばぁばに見せると、
「まあ、ひいばあちゃんの若い頃にそっくりやわ。
ほんま、そっくりやわ」
ばぁばがあまりに嬉しそうだったので、
絵はばぁばにプレゼントしました。
ばぁばはその絵を、
ひいばあちゃんの写真の横に立てかけました。
そして、時々その絵をみながら、
「おかあちゃん、可愛く描いてもらえてよかったね~。
ほんま、じょうずにかけてるわ・・・」
と写真に話しかけています。
ばぁばにほめられたので、
ひいばあちゃんにも、同じ絵を描きました。
ひいばあちゃん、喜んでくれるかな?
今度はばぁばも一緒に、あのみかんの木の下で
ひいばあちゃんに会えますように!
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