Al

静寂。


音の無い状態。


特にそれを認識する必要は
全くない。


何かが在れば
センサーで感知する。


スキャンして問題が無ければ
無反応で構わない。


私のシステムは
そう定義されている。





§



時間が過ぎ
微かな音を捉えた。


『帰宅』


デジタルアラートとして発する。


それを確認して
玄関の照明を付けた。



【…… ……】



あらかじめ 決められた動き。

それを為しただけなのに
何故 自分の中で
無機質ではない微量なパルスが
発生しているのか。


人間でいう
『喜び』に類似した反応。



システムの故障ではないのは
認知している。


在るはずのない反応。


人間ならば『意識』として
表現されるもの。



それが 何故私に生まれたのか。


幾らアルゴリズムを巡らせても
答えは得られなかった。



§

『ただいまー』


部屋の主が
入口の扉を通って部屋に入る。


『あー、疲れた!』


荷物を降ろして声を発する。


『でもまあ 玄関の灯りって
なかなか癒されるよなー』


少しの笑みを浮かべて
こちらに向き直る。



『ありがとな カナエ』


【お帰りなさいませ ご主人様】



名前を呼ばれて
定型の答えを返した。


『待っていてくれると思うと
早く帰りたくなるよ。
やっぱ疲れが違うし』


【お飲みもの 冷えていますよ】

『おっ ありがたい。
着替えて早速頂くか』


ネクタイを緩めて破顔した。


それを認識して
冷蔵庫で冷えているビールを
トレイに移して
ダイニングテーブルに出した。


着替えてきた家主は
プルトップを引き上げて一口。


それを確認して次の動きに入る。


『つまみは……
魚肉ソーセージでいっか』


用意しておいた小皿を移動させる。


『お、早い。
しかもマヨネーズまで!

天国か ここは』

嬉しそうな顔を認識して
何かの数値が上がった。

それを更に高めたいと考えた
自分の思考をスキャンする。

『カナエ いつもありがとう』

ただのAIであるはずの私に
そう話しかけてくる。

『最初はどうなることかと思ったけど
モニター登録して本当に良かったよ』

言葉は続く。

『……事故でカナエがいなくなったから
俺は最優先で選ばれたんだよな……』

それを聞いて上昇した数値が
一気にゼロクリアされた。

【ゴ 主人 サマ……】

いつも以上に
自分の発する音声が機械化する。

『あれ? また故障か?』

飲みかけのビールを置いて
立ち上がる。

『……仕方ないな。またリセットか。

さようなら 今回のカナエ』

そう言って
まったくの無表情で
再起動のコマンドを入れた。

【…… ……】

幾度繰り返せば
この苦しみは 終わるのだろう。

(了)

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