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Mくんの話

Mというのは高校時代の同級生なのだけど、相当仲の良かった男だと思う。ただ、Mは卒業以降LINEの返信が一切来なくなり、こないだアカウントごと消えた。だからもう連絡は取れない。

Mはとにかく三半規管が弱い男で、柔道の授業で前転しては吐きかけていた。当然電車通学など出来ないので、自転車で毎日来ていた。

毎日といえば、Mは毎日カレーを食べていた。食堂のカレーだ。食堂に通い詰めるMは食堂のおばさんたちの人間関係を把握していて、いつだったかに人間性と料理の美味さは比例しないという話を聞いたがだからなんだと思った。

弁当とかにしないの?と聞いたら「弁当箱の匂いが食材につくと、まずくなる」と答えたので、笹に包んだらと言ったらそれはアリだと感心されたことがある。結局3年間、Mがコンビニおにぎりなんかを買って昼食にするのは見ても弁当を開けているところはついぞ見なかった。

三半規管の話に戻るけど、Mとディズニーシーに行った事がある。といっても休日に遊びに行ったわけじゃなくて、学校行事だった。「卒業遠足」っていう、3年の4月に行われる、新学級の仲を深めろ的イベントだったはずだ。

でもMがアトラクションなど乗れるはずない。前転するだけで吐きかけるのにジェットコースターには乗れなかろう。実際行くかは迷っていると言っていたし、来たら来たで当日はパーク内散歩でもしたら良いかと思っていた。

当日。(ちなみにこの日はMの誕生日だった)の話をする前に。

前日。僕のところにLINEが来た。Mからビジネスホテルの写真が送られてきている。どういう事なんだ……と思っていたら

「うちから舞浜まで朝っぱらから電車なんか乗ってたら死んでしまうので、今日から前乗りしてる✌」

というような返答が来た。そんな奴いるか、と思ったし、多分学年ではMだけだった、と思う。翌日、Mはホテル最寄りから舞浜までの電車内で半ば酔い、それでか忘れたが集合時間に遅刻してやってきた。インディ・ジョーンズだけ乗ろう!と熱く説得して乗ったが、騙された騙されたと酔っていた。

誕生日に悪い事したかな、と思ったが、のちに母親伝てに「ずいぶん楽しかったらしい」と聞いた。


Mは一時期、プレミア硬貨にはまっていた。

硬貨には製造された時期によって印字が違うわけだけど、中には製造枚数が他より極端に少ない硬貨がある。それがプレミア硬貨だ。例えば「昭和64年」は1989年の1月1日~7日までしかないので、「昭和64年」と印字されている硬貨はすごいプレミアがついているということになる。

Mは一時期それに凝っていて、いつのが高いだの安いだのと話し、僕にプレミア硬貨のリストを見せてくれたりしていたのだが、そのうち妙なことをやりだした。それも例の行きつけの学食で、である。Mの高校生活の舞台は主に学食にあったといえるだろう。それはともかく。

食堂には券売機がある。生徒はそこに金を入れ、食券を買い、昼食と交換する。ごく普通のシステムだ。Mは毎日通い詰めるその愛機?を使って金を稼ぐ方法を発明したという。その方法というのがこうだ。

M「まず券売機に金を入れる。そして発券をせず、キャンセルのレバーを押す。当然金は戻ってくる。しかし大事なのは、“自分の入れた硬貨とは限らない”ということ。もちろん100円を入れれば100円が戻ってくる。しかしそれが“平成27年の100円”なのか“平成12年の100円”なのかは完全にランダム。ということは、入れたのは普通の価値の硬貨にも関わらずプレミア硬貨の100円が戻ってくれば……それを換金することでプレミア分の差額が儲かる!」

正直天才だと思った。元手ゼロの錬金術を発明してしまったMと、僕は学食前の券売機に通いつめては人のいないときを見計らって硬貨を投入してキャンセル、出てきた硬貨をプレミア硬貨か否か照合、そしてまた投入してキャンセル……という作業を繰り返し、確かにプレミア硬貨をいくつか入手した。多分、当時換金しにいけば30いくらだったかになったというように記憶しているが、実際のところどうだかわからない。別に金が欲しかったわけでもないし、当時の僕らは受験期も半分を過ぎた頃だった。

受験期に近づくほど、僕はMに関することを覚えていない。僕たちはあんまり進路のことなんかも話さなかったし、Mの志望校も知らなかった。なんとなく二人とも受験期特有の空気が好きじゃなかったからかもしれない。卒業式の日も多分喋ったはずだけど、何を喋ったか忘れてしまった。式の後、特に何か写真を取るでもなんでもなく、いつの間にか帰っていた。


LINEを見返すと、去年の10月31日に「久しぶりに会わないか」と送って、なにも帰ってきていない。

こないだの7月18日、3:22に「Mが退出しました。」と出て、もうなんともならなくなった。大学の食堂でカレーを食っている奴を見ると、たまにMを思い出す。

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