短文集のはじめに
『舎人日誌』
東都北東部、いよいよその行政が尽きる辺りを、舎人と云う。足立区部の最北端であると同時に、都政における地理上の最北端である。 「とねり」と読む。わたしはこの界隈で、日々を送っている。
わたしの頭上には、様々なものが行き交う。それらは様々に音を立てる。それぞれ唸っている。わたしにはもちろん、聞き分けられない。
それでも記録してみたいと思った。一つ一つを。鬱屈も悪口も承知で。そうする他ないと思ったのである。(いま、笑った人は、わたしのちいさな好敵手。あるいは、わたし自身。)
肉体のないのっぺらぼうの世界で、いかにも可愛らしくふるまうのは楽であるけれども、常に違和感を持っていることはたしかで、考えれば考えるほどに、どうやら常に怯えていることもたしかである。輪郭や目鼻の凹凸がばれる日が来ることに。あるいはそうしなければ生きられないらしい自分と自分の立場に気がついてしまうことに。その未熟さに。
靴は鳴る。都内北端の地で。何かが高らかに挫折している、音が聞こえる。それでも記録してみたいと思ったわたしは、ここに舎人日誌を記し始める。