熱に浮く
寝苦しい夜。ふと、ある日のことを思い出した。
細かい時期まで覚えていないが、高校生の頃だったのは覚えている。比較的高めの熱を出していて、意識は薄ぼんやりとしていた。夜も寝苦しく眠ることもできなくて、おもむろにCDプレーヤーの電源を入れ、その辺に放置されていた適当なCDをデッキに乗せ、再生した。
The Whoの『Quadrophenia』だった。
当時、ゴリゴリのJ-Rockバカで、パワーコードがジャンジャン鳴っているのが好きで、自分で弾くわけでもなかったから、ギターとベースの聞き分けもつかなかった。でも、ロックが好きになってしまった若者だったから、なんとかロックの生まれた場所、ひどく大雑把に言えば洋楽へのとっかかりを見つけようとしていた。WikipediaでBUMP OF CHICKENの記事を読んでいて、入場SEにThe Whoの曲を使っているとか書いてあり、「世界で最も爆音を鳴らしたバンド」みたいなことが書いてあったのを見て、これだ!これを聴いてみるしかない!と思ったんじゃないだろうか。
今にして思えば、そもそもそんな高校生が1発目に聴くチョイスとしてどうなんだという気もするが、『四重人格』という邦題、クソでかいバイクに乗ったモノクロのジャケット、それらがカッコよかったというだけでチョイスしたんだと思う。全然読めない英語の歌詞と共に載った写真を見てワクワクを膨らませ、一通り聴いて一度ガッカリした。圧が足りない。ギターがそんなにギャンギャンしてない。作られた時代を推し量るとか、そんなこととは無縁な高校生に、その良さがわかるはずもなかった。
――そして、熱にうなされるその日まで放置された。
だから、なぜその日にこのCDを聴こうと思ったのかはわからない。たまたま手に取りやすい位置にあっただけかもしれない。だが、少なくとも熱でぼやけた頭にはこれまでと全く違って響いた。歌詞カードに差し込まれた写真一枚一枚の中に、ヘッドホンから流れてくる音を頼りにして潜り込み、モッズ少年の奇妙な日々を追体験した。横たわるベッドはふかふかのゴミの中にいるようだったし、背の高いベルボーイには会った気さえするし、熱で汗ばんだ体は雨と海に包まれていたも同然だった。美しいピアノの旋律と共にロジャー・ダルトリーが「愛が俺を支配する」と雄叫びを繰り返し、アルバムが終わっていく中、自分の中で何かがストンと落ちたような、そんな感覚を覚えた。快楽としての音の圧力を楽しむのではなく、もっと抽象的な音の塊をそのままに受け止めて、その向こうにピート・タウンゼントが描いた、モッズ少年の暗澹たる日々を感じ取ることができたのではないか。弱り果てた体だったからこそ、それを真っ直ぐに受け取れたのかもしれない。
こうして本場イギリスのロックに目覚めた……というわけでもなく、色々とその後も聴いてみたものの、十数年経った今なお分からないまま大人になった。相変わらず英語は苦手なので何が言いたいかスッとは分からないし、長いだとか音が好みじゃないとか、いまいちしっくり来ないことが今でも多々ある。それでも、いまだ全てのアルバムを聴いたことがあるわけではないけど、The Whoが好きになった。
それで十分だ。
P.S.
先日ROCK IN JAPAN FESTIVALのBUMP OF CHICKENのステージで例の入場SEを聴けた。いまだ知らない曲だった。まだ、知らない世界がたくさんある。
写真:じろんぬ