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手を繋いで眠ること

夏向け?のおはなし、たぶんこれで最後です。
これは、学生時代の友人の話です。

彼が3年生のとき、ひとつ年上の先輩と付き合い始めました。
彼女のほうの卒論が終わってからはほとんど同棲状態となり、
彼女が学生でいられる残り少ない時間を、存分にくっついて楽しんでいるようでした。
しかし、彼女が地元に帰って就職したのちは、遠距離恋愛はそう長く続かず
ふたりは自然消滅のようになって別れたそうです。

その後、半年ほどして。

ちょうど今くらい、夏休み終盤のころです。
そのころは卒論のための分析・集計をしていて、帰省しない同級生も多かった。
仮眠室兼たまり場となっていた部屋で、数人で集まり軽く飲みつつ、写りの悪いちいさなテレビ画面を見るとはなしに眺めつつ。
ぽつり、ぽつりと、その彼が話し始めました。
「実はさ…あの、彼女のことなんだけどさ…」

「ちょっと、妙なことがあったんだ。」

それは彼女の卒業間近、半同棲状態だったころ。
いつもは眠りの深い彼が、その日に限って夜中にふと目が覚めたそうです。
同じ布団でくっついて眠っている彼女の、手に、どうも違和感がある。
いつもそうしているわけではないんですが、
その日はたまたま彼女の体調の関係で、「いちゃいちゃする元気がないから
手をつないで寝ましょう」と、乙女ちっくに手をつないで寝ていた。
その、
ゆるく握っている彼女の手が、指が、異様に長い。
ような、気がする。
はじめは寝呆け半分で、けれどだんだん目が冴えてくるにつれ
あれ?なんだこれおかしいぞ、と。
薄眼をあけて見てみるけれど、まあ暗いしそれまでは寝ていたしではっきりとは見てとれない。けれど。

彼女の指(に相当するもの)の1本だけが、なんだか異様に黒くて、長い。

そんな妙なことあるわけない気のせい気のせい、と思いつつも
なんだか自分が目覚めてることを彼女に知られてはいけないような気がして、息が荒くなるのを必死で抑えたそうです。
首を動かさない範囲で、そっと隣を窺ってみる。
明かりはオーディオ類の電源だけです。当たり前ですが彼女の顔などはよく見えません。見えるのは…
彼女の黒髪。
いつもは好もしい彼女の黒髪。こんなにふさふさとして多かったっけ?
と。そのとき。
「起きてるの?」と彼女から声がかかりました。

ああ気付かれてしまった、と腹をくくり
「なに?」と応えたんですが。
緊張のせいか喉の渇きのせいか。掠れたような、ちょうど寝惚けたみたいな声が出てしまった。
それで、彼女のほうもそれから会話を続けるでもなく、そのうち彼自身もふたたび寝入ってしまったそうです。

翌日、彼女はとくに変わった様子もなく、それで彼のほうもまあ寝惚けただけだなと深く気にせずにそのまま彼女の卒業までを過ごしたそうです。
そうして彼女の卒業後、ひとりになってふと、そのことを思い出す。思い出すたびに妙〜な気分になる。
結局はなんとなく、なんとなーく連絡を怠るうちに疎遠になってしまった。
そんなふうなことを、ぽつり、ぽつりと彼は話しました。
そのとき、テレビで流していたのは夏休みの動物特番かなにか。
彼は、テレビに映るアイアイ(おさーるさーんだよ♪、のやつですね)を、
その細くて長い特徴的な中指を、
ぼうっと眺めていたのでした。

さて。

この話は後日談があります。

それから10年近くが過ぎて。
話の彼は件の彼女と再会し、のち半年ほどであっという間に結婚してしまいました。
結婚式で再会した友人たちみなで、
「おまえ、あんなこと言ってたじゃ〜ん」と、からかったんですが
彼はその話を全く覚えていなかった。

まあ、それだけの話です。
彼は1男1女の父となり、今も幸せに暮らしています。

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