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日本には四季があります~~初めて『キャッツ』を見た話

※この記事はネタバレを含みまする。

ある晴れた土曜日、劇団四季の『キャッツ』を観に行きました。

恥ずかしながら、こんなに月に何万円も観劇にお金を落としておきながら、不思議なご縁で今まで劇団四季を観たことがなかったので、これが初めて。

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青空と猫!
大井町駅から歩いて数分、外観からしてもうすでに「キャッツでーす!」というこの専用劇場。ほかの小屋に行くのとは違って、なんだかアトラクションに行くような心持がここから既に始まります。

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出迎えてくれたのはこのキャストボード。
なかなかここまで凝ったもの作らないよね‥帝国劇場くらい?

ここに来てはじめて、「あ、役者さんお1人も存じ上げない」ということを自覚。
ああ自分は「誰を見に来た」という訳でなく「四季」の「キャッツ」を見に来たんだなあという客観的な気づきがありました。

そして劇場の中に入ると、えっディズニーランド?というくらいの凝ったつくりの客席でびっくり。
もはやステージがどこにあるのか分からず、大きな外国のゴミ捨て場のなかに雑多に椅子が並んでいるような印象。
ゴミ溜めに住む猫たちの視点という演出で、人間視点よりも大きな縮尺で作られたゴミたちは、ガソリンスタンドだったり壊れたソファだったりで、劇場の壁と天井からあふれかえり落っこちてきそう。
客席全体は天井の中央からサーカスのテントのように垂れ下がる電飾に照らされていて、一気に作品の世界観に引き込まれました。
作品が始まってからも、まず客席の前4列が回転するというびっくりから始まり、予想だにしなかったところの扉が開いて猫が出てきたり、思いもしない通路がつながっていたりして、「専用劇場」ってここまで仕掛けで遊べるのかと感嘆してしまいました。

ジェリクル・キャッツパイセン

「ジェリクル・キャッツを知っているか」
台詞については、オープニングナンバーのあと、ザッと立った全匹の猫が急に悟り顔でこれを復唱するところがめちゃくちゃ印象的でした。

しかも、全然その答え、語られない。
知ってるとどうなるとか、こう思われているけど実はこうとか、一切なし。

いやまあ全体がいろんな猫の紹介をしているうちに一匹が選ばれて天に召すという筋だから、説明が答えといえば答えだったのかもしれないけど…
なんというか、テーマや問いに対する答えの提示があったというより、最終的には「自分語り乙(笑)」といっても差し支えないような、完全にこちらを置いてけぼりにするストーリー。
T.S.エリオットの猫の詩集を舞台にしたという前提知識はあったのでなんとか取り乱さずに済んだけれど、本当にこの作品「メモリー」に救われてるだけなのではないかと膨らむ不安をよそに、どんどん作品は進行していきました。

ジェリクル・キャッツパイセン、あれで満足してくれたんですかね。

ガスと夜汽車とマキャビティ

まあ次から次へといろいろな猫の話が矢継ぎ早に語られていく中で、なんとなく作品のスタンスにも慣れてきて、後半になると推し猫が見定められるようになっていました。人間の順応ってすごい。

意外にも名曲『メモリー』は”キレイどころ”という感じで、私にとっては一番グッとくる曲にはならず、ガスと夜汽車とマキャビティが良かったです。

芝居猫・ガスの曲は、ミュージカルコンサートで元四季の方が歌われているのを聞いたことがあり、私ってお爺さんに弱いし、郷愁センチが合わさるともっと弱いので、ドンピシャだったのです。
物語のなかでは実際に若返って全盛期の名場面を見せてくれるとは!泣いちゃうだろうが!という感じ。

「振る舞い酒に酔っ払い 調子に乗ってとめどなく」
「即興台詞で洒落のめし 大見え独白 お手の物」

けっこう浅利さんの訳詞の肌触りも好きで、いいナンバーでした。

「歴史に残る名演技 これぞ炎の野獣だぜ」

ここだけちょっと「?」という感じだったのだけれど、調べたら原詩は

But my grandest creation, as history will tell,
Was Firefrorefiddle, the Fiend of the Fell.

…言葉遊びだったなら限界はありますね。代替を考えてみたいけど!


夜汽車の曲は、演出が◎でした!
そこらじゅうのゴミをそれぞれの猫たちが持ってきて、スイミーのようにひとつの大きな汽車を作りあげる。
銀河鉄道よろしく夢のあるメロディで、歌詞もときめくきらきらのもの。
きっと元の詩も綺麗だったんだろうなと思って調べたら案の定…

There's a whisper down the line at 11.39
When the Night Mail's ready to depart,
Saying "Skimble where is Skimble
has he gone to hunt the thimble?

から始まる愉快で猫愛に溢れた魅惑の詩でした。
そこに恥じない舞台ならではの夢溢れる演出、あっぱれです!


「マキャビティ is no there …」については、セクシーな猫ちゃん2匹が語ってくれる、さながら「ピンク・パンサー」的なジャズナンバーなのですが、とくに2匹目の女性の俳優さんがとってもしっかりした声でタイプでした♡
映画版ではテイラーがやっていたと聞いて「見なくちゃ」という気持ち。

はじめはやや客観的な自分もいたのに、どんどんカラフルな個性の猫たちに引き込まれていて、すごい作品だなと。

愛されるロングランとブランドへの信頼

観終わって感じたのは、とにかく「劇団四季」を観に行っているだなということ。
ホリプロさんや東宝さんがしているような「作品」や「キャスト」で購買意欲や鑑賞欲を満たす意図なのではなく、一糸乱れぬチームワークのあるカンパニーを、まるごと愛してねという姿勢を強く感じました。
サーカスのテント風の劇場の雰囲気や、シルクドソレイユのような猫のメイクも手伝って、いっそうキャラバンにお邪魔したような心持ち。いい意味でね。
ディズニーを先に引き合いに出したけれど、抜かりなく完璧に構築されたエンタメの箱に安心して身体を預けて良いんですよという頼もしさはまさにD並みで、日本の誇る組織だなと感じました。

もちろん、もっとハマるとキャストや制作陣で好みが出てきたりすると思うのだけれど、それにしてもあの「老若男女」を体現したような客層はすごい。パッと見渡して、「これはお茶の間の具現化かな?」と思ったほど。
まず子供がたくさんいてみんなそれぞれに集中しているのがすごいし、普段見慣れた「推し目当ての追っかけ組」が全然いないのも違和感。おそらく地方から公演を見に来たキャリーケースのおめかしした方もいれば、テレビ見る感じで来たの?というくらいのラフな中高年夫婦なんかもちらほら。
学校の芸術鑑賞などライフサイクルに組み込まれているということもあるだろうし、専用劇場をつくってウエストエンドやブロードウェイのように「いつでもやっている」を可能にした経営もすごい。
こうして最も身近で気張らなくてよい、でも特別な非日常を与えてくれる大きな文化基盤になったんだろうなあ。


よくいう「日本には四季があります」という文章が、ダブルミーニングに見えるようになりました。
どちらの意味でも、良きことです。

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