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おじぎ

春がゆりかごに揺れるように
近づいたり遠ざかったりしていて
風邪ひいちゃうよ と天気に向かって話しかけてしまいそうな日々ね

この季節はいつも時間がわたしを置いていこうとするので 何かを始めたくなるのだなあと思う

私はたいへん天邪鬼なのでいつもは始めてたまるかっ!けっ!などと思っているのだけれど
今年は流れに身を任せてみます


近頃 わたしは言葉というものがとてもとても好きで 考えることがとてもとても好きで そこはどうしても妥協したくない! と思っていることに気付きまして

なので 書こうと思います

まずは日記として
おもむくままにかけたらいいなあと思っている
調子がでてきたら 色んなことしたいなあ


ここ1年くらいはなんと演劇を見に行く機会が増えたんだけれど、最近観劇した舞台が本当に本当に良くて、いのちがもえるようなごうごうと音をたててもえるような そんな舞台で 観劇後暫く夢うつつの状態でした

その役は 子供を産まないとお約束をした夫婦の妻で、ある時 命を授かったとわかるんだけれど その際に夫は 授かったのだから産もうというのに対して 妻は産まない選択をしたいと伝えるの

きっと産む選択をする人が多いなかで産まない選択をしたいこと
妻は 「なんで私がわがまま言っているみたいにいうん…」と言うシーンがあるんだけれど (記憶力が本当に使いものにならないので 台詞 一言一句はあっておりません)
心臓がぎゅーっとなるような思いでした
勿論 命はかけがえのないものであるけれど お腹の中の命も 自分の胸を鳴らしているこの命も そこに優劣はないのよと

歳をとるにつれて“選択をする”ということがとてもとても増えてくる
“選択しなかった”選択も積りに積もる
その自分の選択が ときどき ひとりよがりの我儘に感じる時があって 途端にしたい選択ができなくなる
でも きっと自分が答えを創り出して良いことであって 自分の答えは他人の中には無いのでしょうね
それをいつも忘れてしまうけれど ちゃんとちゃんと覚えておきたい

音楽だけをやるのが(もしくは主としてやるのが)とても綺麗なのかもしれないけれど
わたしの興味は至る所にあって
いまは どちらもとる!という選択をしたい
あわよくばそれが色んなところで混じり作用したらいいなと思っている

もしも万が一それがわがままでも
わたしはわたしのわがままを聞ける人でありたいよ


かく!ぞ!


 

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