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1993年冬、北京ーモスクワ国際列車 女二人の珍道中 時々行商人①

1993年1月20日 1日目

朝5時。目覚まし時計が鳴ると同時に、私はベッドから飛び起きた。
「暖气(ヌワンチー)」という暖房装置が夜通し効いているから室内はさほど寒くはないが、窓際に立つと、隙間から忍び込んでくる冷気が肌を撫でる。薄いカーテンの向こうはまだ暗く、人の気配もなかった。着替えて荷物をまとめ、6時前にアンナの部屋を小さくノックした。

「アンナ、準備はできた? そろそろ時間だよ」
小声で呼びかけると少し遅れてドアが開き、「おはよう、じゃあ行こうか」と大きなリュックを背負ったアンナが出てきた。分厚いダウンコートに暖かそうな帽子をかぶった重装備である。もっとも私のほうも、足首まである黒のダウンコートに身を包み、この旅のために友人がわざわざ編んでくれたレゲエカラーの帽子をかぶって未知の寒さに備えていた。

ここは北京大学の留学生寮だ。前日の午後に天津から出てきた私たちは、それぞれ自分の友人の部屋に転がり込んで宿泊費を浮かせた。私の友人は男性なので、私が来るといつも部屋を空けてくれ、自分は同郷の友達の部屋で寝ている。巨体の彼が、同じく巨体の友達と狭いベッドで一晩明かしていると思うと申し訳なくはあったが、正直なところ助かった。旅に出る前日はだれにはばかることなくぐっすり寝て、できるだけ体調を整えておきたかったからだ。そして案の定、数時間後には「ちゃんと休んでおいてよかった! ありがとうムーサ!」と心の中で友人に感謝することになるのだが。

これから私たちは北京駅から、朝7時40分発モスクワ行き国際列車に乗る。

6時過ぎに寮を出ると、和平路のバス停から乗り合いバスに揺られてまずは雍和宮に行き、そこから地下鉄に乗り換えて北京駅へと向かった。駅に着いたのは7時前。駅前のだだっ広い広場にはいつもどおり、出稼ぎ労働者の人たちを始めとする地方出身者たちが、お決まりの茶色やグレーといったくすんだ色の服に身を包み、ある人は座り込み、ある人は立ち、ある人は歩き回りながらそこにいた。その風景だけ見ていると、まるでモノクロ写真のように色がない。

その人込みを縫うようにして構内に入りホームへと急いだ。だが国際列車の前には荷物の山とそれにまけない黒山の人だかりができていて、列車は目の前にあるのにまったく前に進めない。ジリジリしながらようやく列車に潜り込み、時計を見ると7時33分。出発時間7分前の滑り込みセーフに肝が冷えた。

あと数分で列車が出るというのに、乗客のほとんどが荷物の積み込みを止めようとはせず、ホームを見るとどう見てもあと5分では載せきらないだろうというくらいの巨大な包みがいくつも残っている。あれはいったいどうするつもりなんだろうなと思いながら、人と荷物をかき分けかき分け通路を進み、私たちがこれから5泊6日を過ごす四人部屋のコンパートメントにたどり着くと、私とアンナの部屋が分かれていた。北京の中国国際旅行社、通称CITSに切符の手配をしたとき、同じ部屋にしてくれとあれほど念押ししたのに。だが、同室になった中国人女性の一人に部屋を代わってくれないかとお願いすると、あっさりと応じてくれた。やれやれよかったと胸をなでおろしたところで、列車がゆっくりと動き出した。

だが、改めてコンパートメントを見渡した瞬間、部屋の選択を誤ったと深く後悔した。あとから考えれば間違いどころか大正解だったのだが、この時ばかりはなぜ二人部屋にしなかったのかと肩を落とした。というのも、この時点ですでに床の大部分が荷物で埋まっていたからだ。これでは列車に揺られながら車窓からの風景をゆったり楽しむどころの騒ぎじゃないかもしれない。私たちがあっけに取られている間にも、通路からどんどん荷物が運び込まれ、二段ベッドの上の段から順にギチギチに詰め込まれていった。ちょっと待って、私たちもいるってこと、忘れてやしませんかね? 私とアンナの寝るところくらいは残しておいてくれるんでしょうね!? と喉から出かかった。

どう見ても普通の旅行者が持ち歩く荷物の量ではないので、あなたたちは何をしにモスクワに行くのかと同室の女性に尋ねると、私たちは行商人で、いろんな製品——主にダウンジャケットやセーター、靴などをモスクワに運んで売りさばいているのだと言った。なるほど、この荷物の山は商品だったのか。とすると、外の通路を荷物を抱えて忙しく行き来している中国人男性たちも行商人なのだな。

そうこうするうち、とうとう四つあるベッドの一つが荷物で完全にふさがってしまった。ベッドが一つになってしまったが、あなたたち二人はどうやって寝るのかと聞くと、一つのベッドに二人が互い違いになって横になれば、まあまあ寝られるもんだと言う。確かに真冬にはさほど汗はかかないかもしれないが、しかし5泊6日風呂なし生活である。寝ている間中、誰かの足が鼻先にあるのもどうなんだと思いつつ、ふと気づくとベッドに普通に腰かけていた私たちは、荷物に追いやられて足元のスペースまで奪われてしまった。しかたなくベッドの上に足を上げると、脱いだ靴の上にドスンと巨大な荷物が置かれた。こうして床が完全に見えなくなった。ねえ、これじゃあ私たち、外に出られないんだけどと言うと、荷物の上を歩いていいよ、気にしないでと返事が来た。ちょっとー! この部屋のスペースの半分は、私たちに使う権利があるんじゃないんですかー!?
                             (つづく)

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