心地よい「ひとりぼっち」を、ひと駅分走る【六会日大前~善行】

※方向音痴の意識低い系ランナーが、月に一度、ひと駅分だけ走るエッセイです

ツイてない。今月はとにかくツイてない。
先月末に思い付きでやった「ひと駅ラン」がけっこう面白かったので、今月もやる予定だった。しかし、走ろうと思った日に限って、ことごとくジャマが入る。先々週は体中に世界地図のようなじんましんが出て延期、先週は踏切を渡ろうと小走りしたら足の親指を捻挫して延期。ちなみに、全身のじんましんも足の親指の捻挫も、三十一年間生きてきて初めての体験である。なんなんだ。ランニングの神様からの「お前は走るな」的なメッセージなのだろうか。ええい、そんなものは無視だ。足の親指の痛みがほとんどなくなったので、満を持して今夜、「第二回ひと駅ラン」を決行することにした。

今回のスタート地点は、前回のゴール地点だった、小田急線の「六会日大前駅」。ここから一駅先の「善行駅」を目指して走る。
まずはGoogleマップで進路のチェック。誤って逆方向に進むと、前回のスタート地点だった「湘南台駅」に戻ってしまうことになる。そうなったら非常に面白くないので、ここは慎重に調べる。「前回来た道と逆方向に進めばいいだけなのに……。」と思う人もいるかもしれないが、方向音痴を侮ってはいけない。前回来た道なんて、覚えているわけがないのだ。

というわけで、今回は「秘技・現在地動かし」を使う。これは私が独自で編み出した技で、適当に数メートル進んでみて、地図上に表示される現在地の動きを確認するというものだ。現在地を示す青い点がゴールに向かって近づいたらOK、遠のいたらNGというとてもシンプルでわかりやすいルールなので、絶対に道を間違えたくない時はこの技を使うことにしている。無事に進行方向を確認できたところで、18時30分、ようやく走り出す。

駅に到着したときはまだ薄暗い程度の夕方だったのに、走って数分もすると、とっぷりと日が暮れてしまった。夜に一人で出歩くことがめったにないので、なんだかちょっと怖くなってきた。六会日大前の線路沿いは、なぜか街灯が少ない。そしてなぜか畑が異常に多い。びくびくしながらサトイモ畑を通り抜ける。日中は「妖精が雨宿りしそうな葉っぱ」として認識していたサトイモは、暗闇の中で見ると巨大でなんだか不気味だ。道路を挟んだ反対側には、雑草が生い茂っている。抜いても抜いても生えてくるたくましさで有名なセイタカアワダチソウが、暗闇の中で風に吹かれてワサワサと揺れていて、恐ろしい。

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不気味さを記録しておこうと思って写真を撮ったが、ただの暗闇になってしまった(ちなみに左側がサトイモ畑、右側が雑草群である)。

「怖いな~怖いな~」と稲川淳二状態で走っていると、突然視界が開けた。右も左も、何も植えられていない土だけの畑にたどり着いたのだ。相変わらず街灯は少ないが、遠くの方に住宅街の灯りがたくさん見えて、恐怖は感じない。三日月も控えめに輝いていて、なんだかとてもきれいだ。少しだけここに留まりたくなって、足を止める。

車も人も通らない。聞こえるのは虫たちの声だけ。

「リリリリリ」
「スイッチョ、スイッチョ」
「ジー、ジー」

スズムシだかコオロギだかタマムシだかわからないが、とにかく色々な声がする。ボーッと立っていると、この世に自分以外の人類がいなくなってしまったかのように思えてくる。寂しさよりも、心地良さが少しだけ勝っているような、そんな不思議な気分だ。こうして裸の畑に一人ポツンと取り残されてみると、日頃の自分がいかに人と繋がりすぎているかがよくわかる。

さて、いつまでもここで立ち止まっているわけにもいかないので、再び走り出す。先ほどの心地よい孤独感を反芻しながらいい気分で足を進めると、あることに気付く。

線路はどこだ。

線路の左側をずっと走っていたはずなのに、いつの間にかなくなっている。重度の方向音痴に加えて「注意力散漫」というスキルを持っている私は、雑草や畑を眺めているうちに、線路のことをすっかり忘れていた。慌てて心のレスキュー隊・Googleマップを起動する。どうやら今は少しだけ線路からずれてしまっているものの、道なりに進んでいればそのうち駅に合流するらしい。よかった。

やがて畑ゾーンが終わり、住宅街に突入した。年季の入ったアパートがあちこちに建っている。日大の学生が住んでいるのだろうか。そうこうしているうちに、太ももの前あたりに疲労が溜まってきた。まだそんなに走っていないが、最近まったく運動をしていなかったので、筋力が弱っているのかもしれない。一休みしようかどうしようか迷っていると、「丸亀製麺」と太字で書かれた、大きな白い看板が目に飛び込んできた。電車の窓からよく見かける看板で、確か善行駅のすぐ近くにある店だ。ということは、もうゴールが近い。休まずにこのままゴールしてしまおう。

丸亀製麺を通り過ぎると、長いのぼり坂が現れた。地図によると、この坂の向こうが駅だそうだ。ふと学生時代深夜に見た「全力坂」というTV番組を思い出し、ペースを上げて一気にのぼってみる。き、きつい。でも、太ももの裏とお尻の筋肉に効いてる気がする。もうちょっとだ、頑張れ、私。
無事にのぼりきると、ゴールの善行駅が現れた。息は切れるし、背中から汗は吹き出るし、心臓もバクバクしている。でも、久しぶりに全身に血が勢いよく巡っていくのを感じて、気分は爽快だった。

思ったより距離が短く、ちょっとこのまま帰るのがもったいないような気がした私は、駅前のベンチで休憩することにした。何か飲み物でも、と思い目の前のファミリーマートに入ろうとしたところで、はたと止まる。そして考える。いや、コンビニじゃなくて自販機で買おう。かつての自分が、自販機で飲み物を買うのが好きだったことを思い出したのだ。最近ではコスパ厨の夫の影響で、飲み物はスーパーか薬局で買うようになっていたので、すっかり忘れていた。

自販機の魅力は、なんといってもその「偶発性」にある。せまいボックスの中の、限られた選択肢。たまにあるヘンなジュース。ごくまれに、「ぜ~んぶ80円! 」といった激安の自販機もあったりする。ラインナップがある程度統一されているコンビニやスーパーよりも多様性があって、その一期一会な感じが面白い。特に「DyDo」(ずっと「ディードゥー」と読んでいたが、成人してから「ダイドー」だと知った)の自販機は変わり種のジュースが多かったり、当たりがでるともう一本ジュースをもらえたりと遊び心があって、子供の頃から好きだったのだ。

運よく近くにDyDoの自販機を発見。どんなジュースに出会えるだろうか。ウキウキと近づいて、ラインナップをチェックする。お茶に水、コーヒー、オレンジジュース……なんて平凡な品揃えなんだろう。ミルクセーキとかつぶつぶが入ったぶどうジュースみたいな、私の思い出のヘンなジュースたちはどこに行ったのか。売れないから撤退してしまったのだろうか。私の子供の頃とは違って、今は定番メニューを手堅く売る時代なのだろうか。残念な気持ちになりながらも、強いて言えば一番怪しい「世界一のバリスタ監修」と書かれたアイスコーヒーを買ってみる。自らハードルを上げている感じがちょっと面白い。

ベンチに座り、キャップを空けて一口飲んでみる。缶コーヒー特有の変な味はしないものの、かといって感激するおいしさでもない、とてもぼんやりとした味だった。世界一のバリスタがいくらアドバイスしても、缶コーヒーはどこまでも缶コーヒーで、ちょっとおいしい缶コーヒー以上にはならないようだ。一本百四十円の壁は高い。

専門家気取りの食レポ(飲レポ?)を頭の中で繰り広げる自分のイタさにテンションが下がってきたので、帰ることにした。前回と同じく、ランニングウェアで電車に乗り込む。まだちょっと恥ずかしいが、初回より羞恥心が薄れている感じがする。あと五回くらいやれば、何も感じず堂々と乗車できるかもしれない。今後に期待だ。

それにしても今回は、まったく道に迷わずゴールすることができた。ルートがほぼ一直線上だったことが原因だろう。思い返せば、天国のようなルートだった。もういっそ、地球上の道が長い長い一本道ならよかったのに。何も考えずボーッと歩いているだけで、ぐるっと一周できればいいのに。山手線みたいにさ。
そんな子供みたいなことを考えながら、車窓に映るランニングウェア姿の自分をぼんやりと眺めていた。

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