【第3章|闇の継承者】〔第3章:第1節|陽は傾き、夜は蠢く〕

 南奥展望台――駐車場の奥に停車した、白いバンとワインレッドのSUV。
 傍らに、胸に金十字を刻んだ者が八人。黒い帯を締めた白の和服女が一人。
 カルトの集会のような光景だったが、幸運なことに、山道を通過する車はいなかった。
 SUVの開いた荷席に腰を下ろし、自身の『個有武具』を取り出したグレン。
 それは〈十字ソレット〉では、唯一の飛び道具――『十字弩クロス・ボウ』。
 その射出武具は変わった造形であり、本来左右に伸びている孤弦は、左右ではなく上下に広がり、柄までを含めても、約三十センチほどの、片手で扱えるほどのサイズだ。
 形だけなら一見異質に見えるが、金十字と銀色の本体の染色は、〈十字ソレット〉の武具であることをきちんと示していた。
 グレンは銃口を下に向けると、その軸に『弾針だんしん』と呼ぶ射出物の入った弾倉を装填――素早く『装填軸レール』を引く――カシュン。動作は正常。
 傍にはメイロとドンソウが立っていた。
「――ほこら?」
 グレンが訊き返すと、腕を組んでいたメイロは頷いた。
 一時間ほど前――ガンケイとバンキが捕まった一部始終を、『東の茂み』の捜索に出ていたメイロとドンソウは、その身を隠して見ていた。その報告の最後にメイロは、二人を抱えた魔女の行き先を告げた。
「肯定。――『北の岩崖』の下。針子村側に」
「ガ、ガンケイとバンキを……お、襲ったフード――ま、魔女が、奥へ…………」
 グレンは腰掛けたまま『十字弩クロス・ボウ』を、左腿の専用ホルダーに装備する。
「奥は見たか?」
「不明。――戦略的撤退。だが、捜索対象としては重要」
 戦闘を発見した際、ドンソウは加勢を提案していたが――。
『否定。――四人で戦闘不能にできなかったら、状況が悪化する。昨夜より戦力不足である以上、迂闊に戦闘するべきじゃない』
 という、先輩の言葉に従った。実際――二人とも、戦闘が優先ではない上目立つ、という意味で、『個有武具』を武装していなかった。それが戦闘で少なからずハンデだったことを考慮すれば、メイロの指示は正しい判断だったと言える。
「そうか。――崖自体の調査は、特にしなかったからな。村側なら尚更……アンテツに報告は? 救出班の動向が変わるかもしれない」
「完了。――既に報告済みだ。……グレンは? 今回は救出ではない?」
「直近で顔がバレてるからな。煽動するという意味でも、今回は囮だ」
「い、良いんですか……? ヴァイサーが……そ、そんな簡単に……前に出て……」
「しょうがない。先の読めない状況の中で、こっちが選べる選択肢は少ない。――救出班の指揮はアンテツが。クルキもそっちだ」
「了解」
 メイロは立ち去り、入れ替わりでシダレが来る。
「シダレ――魔女と接近している間のみ、常に許可しておく」
「……たまには良いこと言うじゃん」
「なるべく効果的な状況でのみ使え。――立派な才能だが、万能じゃない」
「――準備できたか?」
 呼んだのはクルキだ。グレンが頷くと、全員が自然に円陣を組む。
 夕暮れどき――剣のヴァイサーは宣言する。

「では今から、魔女狩りに向かう」

 グレンは冬のヴァイサーを見る。クルキが口を開いた。
「――本来、魔女との戦闘において――お前らが知っておくべきことは山ほどある。が、今回はあまり時間がない。だからざっくりとだけ――有利な点は、環境だ。戦闘になっても、自然環境ではなく村の中で戦えるということだ。村人は邪魔かも知れないが、樹やら枝やらが少ない上、その範囲が広いことが、戦闘上の選択肢を広める。――再三言うが、魔女は本来、戦闘が専門ではない。あくまでも知識欲と魔術の研究に執着があるだけの、ただの超能力者だ。魔術が一定の法則に基づいている、という限界がある以上、対処できないわけじゃない。大抵の魔女は、個々人で特化した専門的な分野の魔術がある。ある種のその癖が、戦闘戦場特化のお前ら〈十字ソレット〉にはもしかしたら、優位に働くことがあるかもしれない」
 キキの挙手。
「でもさ、直接私たちにビビビビ、って来たらどうするの? 蛙に変えられたりとか」
「魔術ってのは、生物が基準じゃない。お前らが遭遇した『精神干渉術マーインドゥリス』――その大元であるヴィータス――『生命干渉術』である『生命干渉術ヴィータす』は確かに他者に干渉するが、それは時間やら手間やら技術やらの必要な課程を経て、ようやく成果として発現するものだ。法則上、魔術による直殺しはまず無い。向き合っただけで即死とか、知らないうちに死んでいた。みたいなことはない。直接攻撃が絶対全くないとも言わないが、その点は、即死に関するような問題じゃない。それは保証する」
「ずいぶんと、幸先良さげなこと言うじゃん」――シダレ。
「――でも昨日の夜、枝に貫かれそうになったよね?」――キキ。
「…………物体経由での物理的な現象による死、はあり得る。それは、避けることを推奨しておく。だが、人間や『四季人』みたいな所謂『知的生命』は、樹の枝や他の物体とは違って、魔法的な構造も複雑だ。向こうも魔術の糧にはしない。少なくとも、戦闘においては――だが、原因は物理法則じゃなくとも、現象は物理法則だ。環境的な問題は、戦闘においては問題じゃないだろう? 仮にそうだったとしても、針子村自体がもう問題の中心だ。向こうが熟知している上、いくらでも改造しようがあったわけだからな。絶滅――個体数の減少に見舞われている種族にとっては、居住区は『砦』として、気を遣う対象となる。現実をやりたい放題できる魔女みたいな種族は特に、だ。手を加え――自然環境の代わりになるような妙な合成物や、魔道具を、村の各所に特化したような形で配備する可能性が高い。さらに言えば、想定よりも高度で面倒な魔術を使うかもしれない。生活環境である以上、ある程度の限度はあるだろうが――どっちにせよ、その全容を知り得ていないのは、オレたちにとってはかなり――かなり、厄介なことだ」
「ずいぶんと、不穏なこと言うじゃない」
「士気を上げるのはオレの役目じゃない。それは剣のヴァイサーの役目だ」
 クルキの視線は剣のヴァイサーへ返される。
「任務当初の想定とは大幅に違うが――『捜索任務』において我々は、常に後手後手に回されてきた。……この二日間は、成果的にもかなり負け越しだ」
 ――だがもう違う。
「今この瞬間を以って――ここからは、『戦闘任務』とする」
 戦闘任務――〈十字ソレット〉は、その言葉を噛み締める。ようやく出番だ。
「そうだ。こっから先は我々の――〈十字ソレット〉の、任務だ。相手がたまたま魔女というだけで、そしてその魔女たちは、『現実の境界』を越えた――天秤は傾いた」
 グレンから天秤のヴァイサーへ。
 アンテツは頷き、一拍。
「これから二班に分かれて、秋のヴァイサー・ファンショとエィンツァー・ガンケイ、エィンツァー・バンキ――さらには、その他人質のような状態の者たちの、救出に向かう。囮班は、グレン、クフリ、メイロ、ドンソウ、キキの五人だ。村に堂々と現れて、魔女を誘い出せ。いつものようなフィジカル任せの戦闘ができないかもしれないが――村人を巻き込まないようにしつつ、どうにかして魔女を殺せ」
「だってよ、キキ――村人を巻き込むなって」――シダレ。
「え~……私に振る~?」
「期待してるが、無闇矢鱈と傷つけるなよ?」――アンテツ。
「……もしかして、ホントに私に言ってる?」
「救出班――俺、シダレ、ソウガ、クルキの四人は――東側の外周の柵から沿って、『北の岩崖』に向かう。まずはメイロとドンソウが見た、崖下の祠とやらを調べる。何かあったらそこ一帯を……何もなければ、村の北側から虱潰しに、三人を含む救出対象を探し出す――場合によっては、こちらも魔女との戦闘になるだろう。両班ともさっきとは逆だ。魔女が出てきたら逃走ではなく戦闘に持ち込め。どっちの魔女も『サバト戦争』の関係者で、討伐対象だ。確実に殺して、捕らわれた者を救出しろ」
 アンテツは一拍。
「――どうせ通信はできないだろう。必要な場合のみにしろ。救出班は救出を優先。囮班は戦闘を優先し、都合良くことが進んだら、できるのであれば合流か連絡を。状況による判断は任せるが、どうせ魔女二人、またはそれ以上との接触、または戦闘――果ては戦争が予想される。用心してことに當れ」
 全員が再び、グレンを見る。
「では、それぞれやるべきことを。――『現実の境界』と、『正義の天秤』のために」
 グレンは全員を見て、その矜持を――
つるぎ正義せいぎを」
 アンテツが紡ぐ。
「――天秤てんびんならせ」

 針子村。
 空は橙色に染まり始め、乾いた空気は感じないほどの寒気に変わる。
 囮班の五人は駐車場を出て、南のセンター通りへ。
 ――『基本戦闘服ステータス』に十字剣。右腿には十字短剣。
 グレンは左腿に『十字弩クロス・ボウ』。クフリは左腕に『十字突出剣クロス・カタール』。キキは『十字蛇腹剣クロス・コイルソード』を十字剣と背負って。
 ――三人と同じく、十字剣を背負ったドンソウ――だが見えているのは、柄のみ。
 金十字が拵えられた、大きな長方形の板――『十字四方盾クロス・シールド』をその上から背負い、背中から左腕の手首までに、二重線のレールのような装備用の金属器具も装着していた。
 そしてメイロは、十字剣を背負っている――と言えるは言えるのだが、実際に背負っているのは、一人だけサイズが倍ほどある大きな十字剣――『十字大剣クロス・バスタード』。左肩から右腰に掛けて、鞘はなく、胸部から纏う専用ホルダーを使い斜め掛けに。
 南のセンター通りを北上する五人――最初に口を開いたのはキキ。
「……みんな――クルキが言ってた……『精神干渉術マーインドゥリス』とかいう魔術で、だよね?」
 五人の視界には、両傍に並ぶ古民家的建物群と、歩いている土色の道と、水路の境――そして。
 村人たち。
 道を開けるよう――凱旋のように五人を向いて、それぞれ軒先で直立していた。
 静まり返ったセンター通りの中で、虚ろな瞳が無数に、五人の行く先を示す。
「訊いてみたら? 彼女が答えを知ってるでしょう」
 クフリが十字剣を向けた、センター通りの先――中央ロータリーの手前で、通りの真ん中に簡素なベンチを置き、そこに座って笑っているのは、フードを取ったマント姿の女。
 五人は十字剣(一人は『大剣バスタード』)を構えると、魔女にゆっくりと接近する。

「――お待ちしておりました。お久しぶりです」

 グリベラ・アンバー・ウォーレンは、旧友同士の待ち合わせのように、五人に笑いかけた。視線が上から下まで、ゆっくりと動く。
「格好良いですね。揃いも揃って……ですが全員じゃない。――他の方々は、どうされました?」
 グレンは左手で『十字弩クロス・ボウ』を抜くと、グリベラに向ける。
「君の――君らの所為で、怪我したりいなくなったり、だ」
「それは残念です。あの彼女……シダレ、と言いましたか? ――人間にしては中々、興味深い才覚をお持ちでした。折角だったら、連れて来て頂きたかったのですが……。――それはそうと、人の所為にしてはいけません。そちらの種族が劣っているのは、そちらの問題です」
「厳密には、君は人じゃない。――村の人たちを、どうするつもりだ?」
「それも人の――魔女の所為にしては、いけません」
 グリベラはベンチから立ち上がると、側にいた村人に――動かないその腕に、指の腹を当てる。
「彼らが自発的に、たまたま同じタイミングで、道の前に立っているだけ――とは、お考えに?」
「シダレが言った通り、めんどくさいね」
 キキが呟いた。グリベラは笑った。
「アハハハハハハ……そうですね。人間はとても――とても、面倒くさいです。特にこの人数ですからね。――とても、管理に手間が掛かりますよ」
 グリベラは再びベンチの前に。
「……命を物みたいに言う、その言い方――どうも我々とは、相容れない」
「そうですか? ですが、劣等種族を支配するのは、人間の専売特許ではないはずです」
「前提が間違ってる……が、矯正はしないでおこう。――降伏する気は?」
 グリベラはニッコリと笑い、暮れ始めた天を仰ぐ様に、両手を広げる。
「貴女方こそ……人質がこれほどいるにも関わらず――良いのですか?」
 グリベラが向けた指先が、村人たちに。
 空っぽの無垢な瞳が――何かを得た。

 ――それが合図だった。

「村人には手出しするな。討伐対象は、魔女一匹だ」
 同時に、剣を構えた四人が飛び出した。村人たちは――その五人に手を伸ばす。
 必然とされた覚悟は、現実へ。

 ――戦争が始まった。

 『北の岩崖』――高く聳え立つ一塊の、その根元には確かに、祠があった。朱色の褪せた小さな鳥居が。最後に手入れされたのがいつか分からないほど古い――根元から千切れた、茶色く汚れた紙垂。欠けて倒れたままの湯呑み。刻まれた文字が滲んでいる、何かの象徴だったのだろう、原型のない小さな板切れ。賽銭なのか、小銭が二枚置いてある――半分土に被った旧硬貨だ。
 祠を囲むのは、〈十字ソレット〉の三人――アンテツ、シダレ、ソウガ。
 いつも通りの戦闘服――『基本戦闘服ステータス』。十字剣。十字短剣。
 アンテツは十字短剣を計四本持っていた。両腿に一本ずつと、腰に「X」の字に交錯させて二本。アンテツの『個有武具』――『十字双短剣クロス・デュアライズ』。
 シダレは左手に『十字鉤爪クロス・クロー』。ソウガも左腿に、短刀のような自身の『個有武具』を見せる。シダレとソウガはさらに、救急キットの入ったウェストバッグを腰に巻いていた。
 祠の裏から出てきたクルキは、帯の両腰に『冬の楔』を二本携えていた。背中の下にはファンショの『秋の楔』を。そして、背中には二本の短槍を「X」字に背負っていた。
 メイロとドンソウの話では、フードマント――魔女の一人は砂利地帯にて、ガンケイとバンキを襲ったらしいが、四人が祠に辿り着くまでに、その影はなかった。
 村から騒音が聞こえ始めると、四人は『東の茂み』から飛び出し、砂利地帯の真ん中を走って通過――相当目立ったはずだが、誰かに見られたようなこともなく。また、ソウガの最後の記憶では、村の空は薄紫色のはずだが、外から見ても、特に見栄えは変わっていなかった。魔術というのは、本当によくわからないものだ。結局無傷で辿り着いていた。
「……入って良いぞ。――この祠は、『人外』的な物じゃない。ただ祀ってるだけの木偶だ」
 クルキは横に首を振る。下がっていた三人は、祠に近づいた。
「問題は、そっちだ」
 クルキは祠の奥を顎で示した。
 崖下は正面から見ると、ただ祠があるように見えるだけだったが、祠の両脇の隙間から覗くと、その後ろには、左に屈折した横穴のような空間があった。
「うぇ~……。みんな入ったら崖ごと落ちてきて潰される、的なこととかない?」
 シダレはそう言ったが、ガンケイとバンキはこの中に入ったのだ――入る以外の選択肢がない。
 背負った短槍が引っかからないよう、注意してクルキが入る。三人も続いた。
 狭いように見えたが、入ろうとすると、実際それほどでもなかった。メイロやドンソウも、武装したまま入れそうなくらいの隙間だ。フードマントが二人抱えて入ったらしいから、そのくらいは当然と言えば当然だ。
 まさしく人の立ち入り用なのか。縦二メートル幅一メートルほどの横穴は、さらに左に――僅かに下に続いているようだ。
 クルキは『秋の楔』を手に、祠のすぐ後ろ――洞窟の壁をその刀身で、軽く叩いた。

 ――キィイイイイイイン。

 軽くだったが、強い金属音が響き渡った。それはすぐに、薄くなる。
「……それほど深くない。空間認識や感覚妨害的な魔術は感じないし、大丈夫だろう」
 シダレが訊く――「魔術は認識できないんじゃなかった?」
「『四季人』は、自然は認識できる。超自然があればわかるさ」
「……あっそ。じゃ、あんたから先に行って」
「出入り口として日常的な使用があったなら、防犯は簡易的にしてるのかもしれない」
 アンテツが補足するように告げたが、その見込みは薄い気がした。
 一行は、再びクルキを先頭に、クフリ、ソウガ、アンテツと続いて横穴を進む。横穴の幅は徐々に狭くなっていき、地面は下がり気味になり、足音は妙に反響する。洞窟的な青暗さは、薄い凹凸の激しい足下において、地味に進行を妨げていた。
「――今『怨波砲おんぱほう』撃ったら、完全犯罪ね」
 冗談じゃない。死ななかったとしても、後遺症や恨みつらみが残りそうだ。
「人間に害仇なすんなら、『人外』認定して粛清するぞ。――音が響く原因は岩崖の組成の所為だ。不自然な縦長の形状と保たれてきた現状もそ――待て」
 クルキが急に止まる。三人も立ち止まると、その足音も反響した。
「――どうした?」
 アンテツは小さな声で訊いたが――その声も響き渡る。
「……明らかな人工物だ。見ろ」
 全員、クルキの背中越しに前方を窺う。
 狭まっていく洞窟の先には、埋め込まれるようにドアが一つ――人間社会であちこちよく見る、汎用性の高い丸いドアノブのものだ。
「――『人外』要素は?」
 アンテツは訊く。クルキは目を閉じて、少し待つ。
「……感じない」
「じゃ、あんたが開けて」
「剣を抜くか?」
 ソウガは訊いた。クルキはドアに耳を当て、ドアノブに触れる。
「……まだいい」
 クルキはドアから耳を離す。
「奥は誰もいない。少なくとも、『人外』や人間、他の動物の気配はない。いても小虫くらいだろう。それに――」
 ドアノブを回すクルキ。
 ドアは開かない。
「――普通に鍵が掛かってる。少し待ってろ」
 クルキは両手でドアノブに触れた。そこから、冷気が広がり始める。

 洗脳――『精神干渉術マーインドゥリス』が具体的にどう作用するのか、その詳細を〈十字ソレット〉は知らない。クルキは手間が――時間や労力がかかると、コストの話をしていたが、それがどの程度なのかも知らされていない。知ったところで、対処できるわけもないからだ。
 実感したのはその結果だけ――相当根深く作用しているようだ。
 村人たちは五人が武装しているにも関わらず、乱暴に『基本戦闘服ステータス』に掴みかかってきた。牽制で振るった十字剣や左の武具も、村人たちは一切気にしていない。見えていないように、視線で追ったり警戒したりもしない。なんの抵抗もなしに――本当にゾンビ映画のように、伸びた両腕が無数に迫る。
 斬り落とすのは簡単だが、そうするわけにもいかず、五人は素手での応戦となった。
 グリベラとの距離は十数メートルだったが、間には傀儡の群衆が障害となって、五人を取り囲んでいた。
「ご、ごめんなさいっ……!」
 攻撃も射撃も赦されない中で、唯一ある種まともに使えている『四方盾シールド』を、ドンソウは勢いよく振りかぶった。村人が数人、爆発でも受けたように衝撃で吹っ飛んだ。ドンソウはさらに反転――逆側に向けて『四方盾シールド』を振るう。さらに数人が同じ目に。
「注意。――威力が高過ぎる。老体には気を付けろ」
 そう言いながら、老人ではない者を蹴飛ばしたメイロ。『大剣バスタード』を地面に突き刺すと、それを足場に、別方向へと飛び蹴りを放つ。本来であれば『大剣バスタード』は、対象を真っ二つにしたり、少人数を纏めて薙ぎ払ったりするのに最適な武具であったが、無防備で善良な傀儡には使えない。メイロの足が狙ったのは勿論、老体ではなさそうな村人。心は痛むが、虚ろな目をした顔に向かって、足の裏が命中する。メイロは宙返りの要領で、顔を弾くように宙返り。
「――やりづ、らいッ‼︎」
 両手に剣を構えたキキが、二刀流を振るう。――取り外し可能な鞘を背負っていた特権だ。ドンソウほど適していなくとも、その手の十字剣と『蛇腹剣コイルソード』は二本の棍棒としては使えている。村人一人の横っ面を叩くと、別の村人の脛を打つ。
「貴方はまだマシよ」
 クフリがキキのすぐ傍で、使えない十字剣を右手に言った。『基本戦闘服ステータス』は、十字剣を刀身剥き出しで背負うスタイルであるため、その刀身を村人たちに触れさせるわけにもいかず、上に掲げるか下に向けるかと気を遣いながらクフリは、展開できない『突出剣カタール』を小盾のようにして、村人を殴っていた。時折、十字剣の柄頭でも急所を突いている。
 ――腹を蹴り、胸をど突き、押し倒し、足払いをかける。
 グレンは、近くに来た村人の胸を殴ると、村人が仰け反った先に青果店か八百屋――目についた幟を掴むと、白くて丸いフォント――「フルーツ」をはためかせ、迫る村人の腹や胸を突く。村人は度々、背中から壁に激突する。そこには数名、気絶した傀儡が転がっていた。メイロかドンソウかの成果だろう。
 グレンは一番近くにいた村人を――その頭を掴むと、足払いをかけ地面に叩きつける。村人は頭を打ち、動かなくなった。グレンはその肢体を触る――浅い呼吸で、微小に上下している。起き上がっては来ない。
 近くでキキが見ていた。二人の視線が交錯し、頷き合う。
 キキは向かい合っていた村人の顎を膝で蹴り上げた。クフリがそれを見て、村人を蹴り飛ばした勢いのまま、空中で翻る――違う村人の鼻に蹴りを入れた。
 ドンソウは右から迫る村人を掴むと、左側の村人は『四方盾シールド』で殴り飛ばす――メイロは『大剣バスタード』から三角跳び――曲げた両足を瞬発力で伸ばし、村人の顔を足裏で弾く。
 グレンは両手でそれぞれ村人の頭を掴むと、互いの後頭部を打ちつけ合う――一人は倒れたが、もう一人は手を伸ばす。足払い、顔面にパンチ。
「――ノックダウンゲーム!」
 キキが言いながら、村人の顔を突いた。
「それ良くないやつよッ!」
 クフリが一人の首を、両足で挟み、締め上げて捻り倒す。
 奮闘する五人――その先に、グリベラの姿が見えた。
 ベンチに座り、笑ってこっちを見ている。
 グレンの左手は『十字弩クロス・ボウ』をグリベラに向け、今度こそ『弾針』を射出――飛び出した三本を、グリベラは座ったままベンチの端に滑り、回避。
 グリベラの周りに村人はいない――五人を執拗に狙っているというより、グリベラ本人に、近付かせないようにしているようだった。
 減りつつある村人たちを、全員伏せさせることができれば――グレンの視線の先では、グリベラが深く微笑み返し、両手の指を二本立てて、通りの両側に向ける。

 ――並ぶ家屋から、さらに村人が溢れ出した。

 グレンは『十字弩クロス・ボウ』を納めると、村人に飛び蹴り――エィンツァーたちに叫ぶ。
「メイロ! ドンソウ! 動ける村人を減らせ! クフリ! キキ! 魔女を叩くぞ!」
 騒々しい中、それぞれの了解が聞こえた。傍にいたメイロが、村人を蹴り上げる。
「大本を断つ。なんとか持ち堪えてくれ」
「不明。――尽力はするが、成果は状況による」
「できないとは言わないんだな?」
「了承。――それも、状況次第だ。行け」
 伸びてきた村人の腕――グレンはままに引っ張り、背負い投げると、何度目か――地面に叩きつけた。メイロは掴んできた腕を掴み返すと、振り回し、民家に向けて放る。その勢いでメイロは、グレンに向かって『大剣バスタード』も放った。『大剣バスタード』は民家の前の地面に突き刺さり、グレンはその鍔を足場に跳躍――センター通りの両脇に並ぶ、東側の三角屋根の一つに上がった。
「わっ、たし、も!」
 キキが続き、グレンはその手を取る。クフリは村人の肩と頭を踏み抜き、向かい側――西側の屋根に跳び乗った。互いに一瞬、アイコンタクトを。
 三人は屋根伝いに走り出し、魔女へと北上する。

「――『冬』って言えば、なんでもありなの?」
 完全に凍結した金属のドアノブ――クルキは毟り取る様にドアから剥がすと、洞窟の床に置いて、穴から中を覗く。
 宣言通り、異常がなかったのだろう。軽く押すだけで、ドアは少しだけ軋む音を立てて開いた。
「――何だここ?」
 ソウガは思ったままを口にする。
 ドアの先は、薄暗く細長い小部屋だった。右奥へと続いており、閉められたドアが見える。ドアまでの間は、古い人工の壁に挟まれており、天井付近には、横長の小窓も見えたが、どちらも老朽化しており、壁の一部は岩崖が露見しており、ガラスは割れていた。その先に光源があるのか、それとも外と繋がっているのか、薄くて淡い光が入っている。
 部屋の幅は三メートル程度。壁際には、埃被った大きな布が、何かを覆っていた。中の大部分は見えないが、下の方は少し見えていた。――何かの機械装置のようだ。アンテツが鼻と口を肘で抑え、布をゆっくりと捲る。
「う~わ、バッチぃ!」
 気をつけられていても、埃は舞った。シダレが二歩下がる。
 その下から現れたのは――捕まった三人ではない。古い機械装置だ。
 分厚い画面らしきもの、一個一個が深いボタンらしきもの――それぞれが幾つか並び、多数の用途を担ってたであろう、座って操作するように見える。椅子はないが、本体はかなり古い。現在は使えないだろうし、触れることすら憚られるくらいのアンティークだ。
 アンテツとクルキが互いを見て、何か伺い合う様子を見せた。が、クルキは突然目を細めると、鼻を二、三度ピクピクと動かす。
「……どうした?」
 アンテツが訊くと、クルキは困惑した目付きを返した。
「――感じる」
「『人外』か? 魔女か?」
「――『四季人』だ」
 クルキは部屋の奥――閉じられた扉を指して言う。
「――秋の気配がする」
 クルキはドアノブに手を掛けた――鍵は掛かっていない。ドアを開ける。
 開いた先――ドアの先はトンネルのような空間で、下に向かう階段が見えた――人工的な物であり、全体は薄暗いが、かろうじて全貌が見えている。十段ほどの短い階段。その先には、さらに同じような、汎用型のドアがあった。
 クルキが入り、三人も付いて行く。
 足音を響かせ、一行は下る――突き当たったこっちのドアにも、鍵は掛かっていない。
 ドアが開くと同時に、白い照明が点いた――第二地下倉庫室より明るい。
 その部屋は階段上と似たような細長い形の部屋だったが、ひと回りか二回りほど広く、放置された設備などはなかった。
 代わりに、入ってすぐ目に付いたのは、大きな立方体。
 一辺が二メートルほどの、正六面体――全ての角が、紫色の三角の留め具のようなもので固定され、それは金属のようでプラスチックのような、固そうな素材のものだった。面の境には、同じ紫の素材のものが、フレームを細長く縁取っている。
 面自体は、ガラスのようにもアクリルやジェルのようにも見える。厚めの透明な素材であり、よく見ると、大きさがまばらな無数の幾何学模様が描かれており、それが何層にも重なっていることで、面全体を構成してできている。
 その立方体は、壁際に三つ並んでいた。幾何学模様が重なっている所為で、中は見辛い――が、中に何があるかは、ボヤけていてもよく分かった。
 床に落ちている、白を基調とした服と、歪んだ十字架が二つ。見慣れ過ぎていて、凝視しなくとも充分だった。隣の立方体の中には、茶色っぽい服装のもう一人が。
「――ファンショと、お前らの二人だ」
 クルキがその面に接近し、中を覗いて言った。アンテツも近付いて、中を覗く。
 立方体は三つあったが、ファンショは一人でも、ガンケイとバンキの二人は一緒に、一つの立方体に入れられていた。
「差し詰め――魔術の檻か?」
「そんなところだ。リアライズ――社会語で『現実改変術』の一種か、応用物だろう」

「――うーわ……」

 聞き慣れない声がした――その瞬間には十字剣が三本、鋒を向けていた。
 『秋の楔』も、胸の前で構えられ。
 全員、部屋の奥の――さらに先の扉を指しており。
 開け放たれていたドアの先で――最初からいたのか、それとも今来たのか。

 一人の女が立っていた。

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