【第3章|闇の継承者】〔第3章:第4節|咆哮〕

 ぶっちゃけ――囮班に取っては喜ばしい事象であった。
 傷つけないよう殺さないよう気を遣っていた対象は、改造人間であったことが発覚――そのまま斬り刻んで良い――どころか逆に、絶対に世に出してはならない、危険極まりない滅殺対象になったのだ。
 グレンはその通り――『殺して良い。寧ろ殺せ。絶対に村の外に出すな』と命じた。
 十字剣が役に立つとき。
 ――デメリットを言うなれば。
「割とこいつら、力強いじゃん!」
 人間にしては――平均年齢が高めだった人体にしては、数値にせずとも大きくわかるほど、異常なまでの腕力や体力を、かつての村人たちは保有していた。
 腕を掴まれたガンケイ――十字剣を振り、その屍体の腕を肘から斬り落とす。溢れ出る鮮血。だが、それだけでは効果は薄い。この屍体たちは、致命傷以外では立ち上がり続けており、切断や貫通などにおいても、一切の反応を示さなかった。
 ――もう、自分の身体ではないのだろう。
 さらにやってきた屍体には、バンキがその爛れた顔に『星形鉄球モーニングスター』を叩き付ける。背後に迫る屍体の首には、『蛇腹剣コイルソード』が綺麗に巻き付き、全身ごと翻りさせた。
 メイロが無造作に、『大剣バスタード』で屍体の頭を潰す。ドンソウの『四方盾シールド』は久方振りに、盾としての役割を発揮し、右手の十字剣が心臓を貫いた。
 ――全て、善良な村人たちであったモノ。今は亡きその瞳には、あらゆる光が見えていない。知っている顔もいた――名前も、喋り方も、性格も。その全ては、既に死んでいた者たちの……。
 せめてもの救い。――偶然にもそれは、過去に対する潜在的な贖罪でもあった。
「あらよっとッ!」
 キキの『蛇腹剣コイルソード』がクフリの脇を通り過ぎ、グレンを投げ飛ばしたグリベラへ向かう。グリベラは脇でそれを受け止め、クフリの剣撃も弾かれる。屍体がクフリを囲む。グリベラは目の前にいたガンケイを蹴り飛ばし、屍体の溢れるロータリーと、センター通りとの境目を縦断――標的はキキではなく、ドンソウだ。
「散々弄んでくれましたよね!」
 恨みつらみの籠った叫びが飛びかかる。ドンソウは地面に押し倒されたが、バンキの蹴りが横から入り、グリベラはドンソウから離され、蹴られた勢いで地面に立つ。近くにいた屍体を――その首を掴むと、バンキに向かって放り投げた。その隙にメイロが接近――屍体ごとグリベラを斬り上げる。
 腰から両断された屍体。その奥で浮かび上がった魔女の腰に――「!」――『蛇腹剣コイルソード』が巻き付いた。血塗れの刀身が振るわれて、グリベラは反対側の壁に叩き付けられる。
 そこに突き進む、顔を的確に狙った『弾針』――しかしグリベラは上体を反らし回避。腰の連節刃を掴むと、そのまま浮遊する。
「ちょっ!」――引っ張られて、浮かび上がるキキ。すぐ傍らでガンケイが、左前腕の装甲を外し、『手斧ハンドアックス』に展開。そのままキキ――の先のグリベラに斧頭を向け、ギミックを起動する。――『基本装手斧ベーシック零零四ゼロゼロヨン』、「三又鉄縄手斧ワイヤーフックアックス」。
 斧頭は飛び出し、先端は三股に分離し、鉄製の縄が付いた鈎が、グリベラに一直線に射出。グリベラは鉤を避ける――続く『弾針』も回避。鉤はそのままキキの方へ落下。キキはそれを、十字剣で絡め取る。
「ウッ! ――ッくっと!」
 キキごと引っ張られたグリベラ――キキはさらに左手を回し、連接刃をグリベラの胴体から下半身へと巻き付ける。当の魔女には『弾針』が向かい、鎖骨に当たり、弾かれる。
「――ッ~~~~~~ラゥッ‼︎」
 歯を剥き出しに、グリベラは落下するようキキに接近――掴み掛かると、二人は地面まで――グリベラはキキを下にして、屍体が乱雑に倒され、重なる。
 地に着いたグリベラに、斬りかかるクフリとバンキ――両者の十字剣を弾くと、クフリに真っ直ぐ回し蹴りを。同じく回されたバンキの『星形鉄球モーニングスター』を、グリベラはその先端を強引に掴んだ。
「ワォ――怒らセチャッた?」
「うるさいですね。失せろ、Fuc――」
 グリベラに、死体の血飛沫が被る――メイロが『大剣バスタード』を振り下ろすも、グリベラは掴んだバンキを差し向けた。寸前で止まったメイロが『大剣バスタード』を引くと同時に、バンキの背中へとグリベラは蹴りを入れる。二人は重なって、背後に迫っていた屍体に被さった。
 グリベラの首に巻きつく『蛇腹剣コイルソード』。更に「三又鉄縄手斧ワイヤーフックアックス」が、左腿にも巻き付いた。
「――ゥウアアアアアアアアッ‼︎」
 グリベラは、苛立ちと興奮で叫ぶと、引っ張られる前に左足を引き、『蛇腹剣コイルソード』を右腕で絡め取った。引き寄せられたキキとガンケイ。両者のその首を掴む。
「キキ!」
 十字剣を構え、ガンケイは叫んだ。キキもその鋒をグリベラに向けて。
 首を掴まれたまま二人は、絡め取った武具を解きつつ、同時に刺突を繰り出す。
 ――狙うは人体急所の一つ、首――――。
 挟み込むように、突き刺そうとした。

「アア……めんどい」
 クルキとアンテツが倒れた傍から、ファンショとソウガは武具を構えて魔女に斬りつける。魔女は槍を左手、剣を右手で掴むと、下に引きながら振り回す。体勢を崩されつつも持ち堪え、ファンショとソウガは同時に武具を手放し、それぞれ『秋の楔』と十字短剣を手に、間合いへと入る。
「ングッ!」
「ぅらぅ!」
 ――しかし魔女は、それぞれに拳を突き出し、当たっていないにも関わらず二人は弾かれて、その場で仰向けに倒れた。
 そのソウガを跨ぎ、アンテツが逆手持ちの双短剣で、猛攻を――左右交互に斬りつけ、魔女は首を掻きながら、地面を滑り後退――待ち構えていたクルキの槍と、ようやく戻ってきたシダレが襲いかかる。
「――大丈夫か?」
 ファンショがやって来て、ソウガに手を差し出す。
 文句はないが、戦闘が専門である〈十字ソレット〉において、誰かの手を借りることは稀だ。素直に少なからず嬉しい。だが、ハッと。
 未だ元通りにはなってない――乾いて枯れた掌の感覚。
 一瞬躊躇うが、断るのは無粋で失礼――手を取り、起き上がらせてもらう。ファンショは十字剣を取ると、ソウガに手渡す。
「――あれ、見たか?」
 ファンショは顎で、魔女を――クルキの槍を蹴り、シダレの十字剣を白刃取りする魔女を指す。
「あれ?」
「武具を掴むとき――」
 ゆっくりと歩き出し、魔女に接近しながらソウガは訊く。
「――掌か?」
「掌以外もそうかもしれない――でも、空気が直接作用してるのは確か。身体に作用しているのか、空気が身体に合わせてるのかは、よくわかってないけど」
「〈四宝ソレット〉のヴァイサー的に、何か役に立ちそうな情報は?」
「具体的には、あまり――僕は魔女とは、まともに闘うのは初めてなんだ」
 ――『サバト戦争』は? とも思ったが、細かい事情はどうでも良い。魔女との距離が近づく。
「シダレの『怨波砲おんぱほう』が通じなかったから――アンタらを閉じ込めてた檻の、そんな類のもんじゃないかと」
「……彼女のあれは、『怨波砲おんぱほう』って言うのか。――通じなくとも、凄かったな」
「唯一の取り柄だ。それ以外は……ハァ…………疲れる」
「そんなに深い溜め息を⁉︎ ……そりゃ大変だ」
 その大変な女が、二人の足元に転がってきた。と思ったら、不機嫌そうに地面を引き摺り、強引に立ち上がった。
「……なにサボってんの?」
「作戦を練ってたんだよ」
 ソウガが言うと、シダレは首を鳴らした。
「作戦を立てた、まで聞きたかったわね。――なにか思いついた?」
 二人に並んで、シダレも魔女へ。当の魔女は、両掌から出した赤色の光線を、それぞれアンテツとクルキに向けていた。二人は素早く躱しながら、接近する。と、クルキの透明な槍がビームを反射し、外壁に当たる――その一面を、ほんの僅かに削る。
 ファンショは苦渋の表情で言った。
「さっぱり」
「――いや、妙案があるかも」
 ソウガはビームを見届けてすぐ、逆の方向を見ていた。
「なに?」
 シダレが言うが、珍しくソウガは、頭の中で何かが組み上がっていくのを感じていた。
 〈十字ソレット〉では、妙案やアドリブでの計画構築など、当たり前だ。戦場は想定外の方が多い。だが、アドレナリンの所為か――或いは、最近妙にファンタジーとの接触機会が多い所為か、ソウガの中では「これはイケるか――?」という、確証に近い感覚があった。ぼーっと見開いた視線で、二人に顔が向く。
「……あんた『マジョガタ』にでもなった? ――てか、よく考えたら、あんたも充分怪しいわね」
 シダレがファンショを見る。
 ファンショも「ええっ⁉︎」と、自分の腕を見る。それが『四季人』であることを、確かめるように、指をそれぞれ波打たせ――「たぶん大丈夫だ」と。今さらだったが。
「ファンショ。――魔女の相手を頼む。時間を稼いで、気を散らしてくれ」
「ん? あ、嗚呼――わかった。クルキとアンテツは?」
「三人で頼む」
 魔女の元に走り出したファンショ――を見た瞬間に、頭の中で、イメージが完成した。
 ――作戦参謀の才能があるかもしれない。
 一瞬浮かんだ邪念を放置し、シダレに向いて、その両肩に手を置く。
 向き合う顔二つ――。
「――キスしたら殺す」
 ……頼みを聞いてくれそうな余裕は、まだありそうだった。
「違えよ。――あれだ」
 ソウガは指――を指すと魔女にバレるため、バレないように自分の背後を……地下空洞の奥を、視線と顎で示す。
 一度眉を顰めたシダレだったが――口角が徐々に上がり、片目が細く、意地の悪い笑みに変わる。
「あんた、時々ワルよね」
「嗚呼――少し、お楽しみだ」

「ハァッ‼︎」
 グリベラは吠えるような声と共にグレンに掴み掛かると、勢い良く浮遊――そのままグレンを民家の壁に叩き付けた。
「――そろそろ接待も、飽きて来た頃だッ!」
 壁に固定されたグレンは、真正面の腹を蹴り上げるが、硬い服に当たるだけで、通用しているようには見えない。グリベラはそのまま振り切って手を離し、グレンは噴水前に落下させられた。
 追撃に出たグリベラ――その足首に『蛇腹剣コイルソード』。
「ンンンンァアアアアアッ‼︎」
 いつも良いところで――とグリベラは叫びたかったのだろうと、それを察した上で無視した『蛇腹剣コイルソード』――持ち主はグリベラを引き寄せる。
「ラァアアアアアアッ‼︎」
 されるがままに屍体の間を通過して、キキに掴み掛かるグリベラ。二人はもつれ合い、地面を転がる。
「――ッハハハハハハハ! アッハハハハハハハハッ‼︎」
 これはキキの笑い声だった。それを聞いた、クフリとガンケイ。
「始まったわ」
「始まったね」
 と、軽く笑い合い、屍体を斬り伏せる。
 ドンソウに肩を借りたグレン。噴水前で起き上がると、その様子を見て苦笑する。
「――あれが彼女の、良いところだ」
 バンキの近くで立ち上がった二人。
 血に塗れた顔のキキが、笑いながらグリベラに、十字剣を突き出した。
「――――ィキシシシシシシシシシシシシシシシ‼︎‼︎」
 鋭く薄い口――白い歯の隙間から、震えるような歓喜の悲鳴と、若干の血を漏らして。
 今暫く続いていた、グリベラの笑みと怒りが。
 ――ここに来て初めて、困惑に変わった。

 十字短剣は軽く弾かれ、クルキが振り斬った短槍の薙ぎ払いも、魔女に軽く躱された。
 ファンショが両手を魔女に翳し、掴み掛かろうとしたがそれもまた、いとも容易く――ファンショごと放られる。
 魔女は一辺倒の手段では、倒すことはできない――猛攻をどれだけ織り交ぜ、全員が奇襲を繰り出そうとも、不可能なときは不可能だろう。だがそれでも、向こうはこっちを殺せば良いだけのこと――何故すぐに殺さないのか?
 ――できないのは、法則の制限があるから――――。
 ヴァイサーたちはとっくに気づいた上で、猛攻を耐久戦に持ち込んでいるのだろう。
 基本に立ち直れば――つまりはただの戦闘で、物理破壊が勝敗を決する。

『……アア……ホンットに来やがった……』

 ここは相手のテリトリー。地の利は相手にある。

 ――に、入り過ぎたなら?

 疾走するシダレとソウガ――向かう先は、魔女とは真逆。
 村人たち――『マジョガタ』のいる、魔女の作業区域。
『 ……念の為に言っとくけど、作業区域は聖域だよ? 知らずに色々触れちゃダメ』
 思い出される、任務前のガンケイの言葉。――ここには触れなくとも、口から衝撃波を撃てる女がいた。

「――りゃッ…………ンンッ⁉︎」

 魔女は気づいたらしい――遠い背後で、素っ頓狂な声が響いた。
 魔女の作業区域の手前で、ソウガはチラッと背後を振り返った――案の定、アンテツとファンショを振り切った魔女は、クルキを伏せさせると、浮遊してこっちに来る。
 ――だがもう遅い。
「シダレッ!」
「あいよッ‼︎ ――ぅうウゥ…………」
 ――『マジョガタ』たちがこっちを見る前に。
 ――魔女の手が届かないうちに。

「――ハッ‼︎‼︎」

 ――衝撃波が炸裂した。

「――ン何だコイツッ‼︎」
 骨や臓器が潰れ合う音より、魔女の悲鳴は心地良かった。
「……こっから、こっからァーー‼︎」
 キキは旋回するような動きで、グリベラに猛攻を出し続ける。
 ――明らかにこれまでと違う、奇妙な戦闘スタイル。
 刺突の度に『蛇腹剣コイルソード』が、突き刺しに襲いかかって出る。持ち主と同様、絶妙に嬉しそうに、左腕が出入りする度、当たろうと当たらなかろうと、刀身が音を立てて伸び縮む。その鋒は、動静の有無に関係なく、時折魔女越しの屍体に突き刺さるのにも、一片の気すら遣っていない。
 空気を割り裂く鋭い音。
 当たらなければどうということはないし、当たっても魔術で防御できる。
 だが、あまりにも気持ちの悪いその……表情。
 血塗れに――蛇腹がうねる度に血飛沫が舞い、それに悦びを見せる人間は、生理的嫌悪を抱かせる対象だ。
 赤く染まった『基本戦闘服ステータス』――の両肩を押し弾く。

「――ぅッ!」

 焦燥を漏らしたのは――魔女のグリベラ。
 押されたキキと入れ替わりで来たのは、『大剣バスタード』――本体。
 真正面から横に旋回し。
 躱し切れず、捉え切れず――『大剣バスタード』はグリベラの腰を強打し、近くの民家へグリベラを突っ込ませた。グリベラはガラス戸を突き破り、『大剣バスタード』は手前の地面に突き刺さる。
 グリベラは段差になっている古い玄関に、身体を広く打って倒れた。魔術で防御しているが故、直接的な痛みはないし、当たり前のように怪我もない。だが衝撃は強く走る。
 屍体の骨肉の破砕音が、響く外――建物の中は、より遠くに聞こえる。
 古い日本家屋の玄関――座れるためにある段差。横に付けられた開閉する靴入れ。奥への部屋は開かれており、暗くてよく見えないが、畳か囲炉裏か――畳だ。和の一室があった。

「――やっと二人っきりになれたわ」

「……ァン?」
 四つん這いから起き上がると、グリベラが突き破った玄関から、女が一人入ってきた。
 十字剣を右手に。左手には――小さく細い籠手が。
 肩で息をし、歪んだ表情を浮かべ、グリベラは嘲笑う。
「……お前一匹程度、殺せないとでも?」
 外は真っ暗で、俯きがちの――何かを噛み締める女の顔は、よく見えない。
「そう。――敬語で喋るあなたの方が、好みだったわ。それに――」
 女が持ち上げた左手は――カシュッ、と鋭い音を立て、手首から刀身が突出された。
「――私の腕は、狭い場所の方が役に立つのよ」
 剣を構える女――グリベラが幾度も見た、〈十字ソレット〉式の構えではない。
 真っ直ぐ上に持ち上げた右腕と、外斜めに下げられた左腕。
 「ト」の字のように構えたクフリに、グリベラは飛び掛かろうとした。
 クフリはフッと、笑みを漏らす。

 ――そこに、一本の『手斧ハンドアックス』が飛んできた。

 衝撃波――と言っても、シダレの『怨波砲おんぱほう』は確かに特殊ではあるが、「強力」とはまた違う。勿論、ある面から見れば「強力」ではある。命中精度と威力を上げれば、大型の野生動物の一匹二匹は、門前払いくらいできるだろう。暴れたりしないのであれば、であるが。それでも、利便性や多様性はあれど、戦場を一掃するほどの規模が出せるわけもなく、コンクリートや鉄を破壊できるほどの威力も、当然ながらない。
 高音で叫び、ガラスを共振させ、破壊――みたいな能力を持つ者たちの、類似した上位互換、程度だ。万能でもなければ、最強とも言えない。ある程度までの威力のもの。
 が、ソウガも感じるほどの風の波が放たれ、目の前に置いてあった万物のそれぞれ――その中でも、比較的軽い物たちが、あちらこちらに舞って、割れて、倒れて、転がった。

「――アアアッ‼︎」

 背後から聞こえたのは、嫌悪と焦燥の混じった悲鳴――十字剣を構えるも、跳んできた魔女は二人を超えて、作業区域の中へ。
「ぁアン、もっ……、ちょッ――」
 シダレとソウガをそっちのけで、魔女は器具を立て直し、紙の資料――本当に紙かどうかはわからないが、薄い紙状の資料をかき集め出す。明るく青い液体が垂れ、紙の一つから小さな火が出た。
「なんて……バッ……待ッ――」
「トゥフッ!」
 資料を揃い集めていた魔女に、シダレが軽めの『怨波砲おんぱほう』を放つ。魔女本人に害はない――が、周りの空気と共に、集めていた紙束が舞い上がる。
 膝をついて、こっちを見上げる魔女――ソウガはシダレと十字剣で斬りつける。
 も、魔女には届かず――空気の膜に弾かれた刀身は、代わりに近くに置いてあった、よくわからない黄色と紫色の液体の入った小瓶を――そして、これまた近くに置いてあった小さな本棚へとぶちまける。紡錘形の煙が、断続的に浮かび上がり、空気の味が鉄のような、砂糖のような奇妙な味に変わった。
 圧は感じない――だが強く、明確な怒りを込めた視線が、二人を見る。
「……こんな……よくも…………。めんどくさい…………ッ‼︎」
 両掌を出す魔女――それぞれがシダレとソウガに。
 紫色の稲妻が肩を撃ち、シダレとソウガは後ろに倒される。剣で防ぐ間もなかった。
「――シダレ! ソウガ!」
 アンテツの声がして、見上げた視界の頭上から、十字短剣が下へ――黄色い雷撃が二本戻り、アンテツの「アギッ!」という声がした。
 起き上がるソウガの右からクルキ――左からはファンショが、それぞれ槍を持って躍り出た。
「……な、なんて――なんてことを、したァッ‼︎」
 何かが癪だったらしく――何かやらかしたらしく、魔女の態度は、面倒くささより怒りが露わに。
 その目の前に、槍が二本――掌を向けた魔女。穂先は空気を挟んで――或いは空気に挟まれて、止められる。――でもどちらにせよ、関係ない。
 二人のヴァイサーは槍から手を離すと、それぞれ伸びていた魔女の腕を、それぞれが掴む。――二人とも、手首を掴み引いて、背後に周り、肘を抑え込む。
 犯人を後ろから取り押さえる警察のような構図――クルキもファンショもそのまま『心恵』を手に込めて、魔女の両碗を秋冬に彩ろうとする。さらに膝の裏を蹴り、魔女に膝を着かせる。
 ソウガは十字剣で斬りつけるが――またも弾かれた。ソウガの背後から出てきたシダレは、大きく息を吸うと――左腕に冷風を浴び、右腕は乾き始めた魔女に――真正面から、『怨波砲おんぱほう』を撃つ。――波状に。
 塊ではなく、断続的な波打つ空気――魔女の身を纏う空気に、共振させる。
 ――シダレの息は長くは保たない。ファンショとクルキも保ちそうにない。
 ソウガは十字剣を振る――が、またまたも弾かれる――なら、とその反動のまま、下から十字剣を斬り上げた。
 両手で握り、当てるように、魔女に刃を押しつける――空気の膜が揺れ、魔女の顔に動揺が浮かんだ。斬り上げ切りず、そのまま刀身を押し込む。ゆっくり、徐々に――沈むように空気の膜を割っていく刀身。全力を込めるが――シダレの波が途切れた。
「ッ!」
 「っけふぅー」と、シダレの余韻が吹いた刹那。マントの上から見てわかるほど、魔女の身体に力が込められ、強大な空気の波動が走る。
 両腕を掴んでいたファンショとクルキ、真正面のソウガ、その少し後ろのシダレと、迫っていたアンテツ――全員がそれに呑み込まれ、魔女から吹き飛ばされた。
 視界が高速で変化し、ソウガの肩に机が当たる――机の方が先に立っていたのだから、ソウガが当たりに来た、というのが正しいか。どっちでも良い。
 打ち身ながらも、強引に立ち上がる――立ち止まってはいられない。全身が衝撃で痛むも、『基本戦闘服ステータス』はまだ恩恵を発揮できている。……ビームに打たれて多少焼けたが、充分だ。
 アンテツとシダレが、近くで倒れている。『マジョガタ』たちも。〈四宝ソレット〉は向こう側、だろう。……待ってはいられない。
 衝撃波の中心で、膝立ちのままの魔女。
 ソウガは走り出す。魔女は気づくと、右の掌を向けた。
「――っ⁉︎」
 が、ソウガの脇から、細く小さな何かが突出し、魔女の右肩に深く突き刺さる。それに気を取られた一瞬――ソウガは魔女の目の前で、既に剣を振るっていた。
 驚愕に目を見開いた魔女。
 十字剣が下から――空気の障害膜がない、無防備なフードマントへ。
 肉を斬り裂く感覚と、舞い上がる血飛沫。
 ソウガにとって、近年稀に見るほど綺麗に入った斬撃――しかし、反転して二撃目を入れる前に、左の掌が向けられた。
 桃色の光線が炸裂。
 ソウガも魔女自身も、反対側へ吹っ飛んだ。
 作業区域を離れ、大きく離脱する魔女――地下空洞の奥の方へ。放物線が大きい魔女に対し、ソウガはすぐ近くで倒れていた棚にぶつかり、無様に地面を引き摺った。
 魔女は遠目から見てもわかるほどの――墜落だった。
「――惜しかったな」
 槍を拾いながら、傍にいたクルキが肩を叩く。ファンショも少し先で頷いており、近くのシダレを起こしていた。
 アンテツと目が合うと、右手に持った短剣の柄を、ソウガに見せた。短剣には刀身がなかった。アンテツはソウガの前で、どこからか取り出した刀身を柄の頭から差し入れて、「カチッ」となるまで引っ張った。短剣に元通り――軽く手の中で回してから納め、笑った。
「――ガンケイの新作だ。近距離専用だったが……役に立って何より、だ」
「嗚呼、ありがとう」
 短剣の刃を射出式にしたらしい――魔女の右肩に刺さったのは、刀身だったようだ。
 距離の空いた当の本人は、まさに今、自分の肩からその刃を抜き捨てたが――勢いとサイズを考えれば、貫通していてもおかしくない。本当に惜しかった。
 数十メートル離れた先――魔女は左手を伸ばした。
 どこからか槍のような、歪な木の棒――長杖が飛んできて、魔女の手に収まる。そのままもたれかかるように、身体を支えて、右肩を押さえる。
「行こう――後始末だ」
 全員立ち上がる。
 ――と。地下にしては広大な頭上――五人の頭上を、カラスが飛んで行った。大きく外周りに飛び、一度鳴いてから、魔女が凭れている杖の先に留まった。
「……使い魔か」
 ファンショが呟いた。誰も飛び道具を持っていないことが、かなり悔やまれた。五人は走り出す――何かされる前に、魔女を殺そうとして。しかし、

「……グリベラが……。――もういいや……。……めんどくさい…………」

 魔女の、静かで脱力した声が聞こえた。ソウガは十字剣を構える。
 ドン――ドゥン――――。 長杖が二度、地面を突いた。
 明らかな只事じゃない音と、伴って揺れる地面――五人の足が止まる。
「ほんと……嫌な予感がするわ」
 シダレの言葉通り、足元が徐々に、揺れが大きくなり始めた。

 グリベラ・アンバー・ウォーレンは知らなかったが、クフリの足元に刺さった『手斧ハンドアックス』は、『基本装手斧ベーシック零零六ゼロゼロロク』という。そしてその機能を、クフリはよく知っていた。
 「接触式閃光フラッシュバン手斧ハンドアックス」――刺さってから二秒後、強く鋭く眩い光が炸裂する。
「――ッあぅっ‼︎」
 透明な柄から乱反射を見せる『手斧ハンドアックス』――目を背けたグリベラ。クフリはタイミングを合わせて、グリベラに十字剣を突き出した。
 弾かれる――想定通り。
 服を着ていようと着ていなかろうと、瞬間的な攻撃は弾かれる。重量のある質量攻撃は通用するが、クフリの得意分野ではない。剣を持っている以上は、剣を使うような戦闘スタイルが、本人的にも好ましいのだ。
 クフリの得意な戦闘スタイル――自他共に認める、適した戦闘術。
 跳ね上がったクフリ――宙で逆さまの姿勢になったクフリ――グリベラの頭上を超えながら、両腕の剣を一瞬、ヘリコプターの羽根のような旋回を見せ、十字剣と『突出剣カタール』で斬撃を連発する。
 両足で着地した瞬間に、グリベラに飛び出し、十字剣で刺突――首を狙ったが、ギリギリで躱したグリベラ。その手が胸の金十字に伸びるが、『突出剣カタール』が下から薙ぎ払う――その袖は弾かれ、身を翻したクフリが、グリベラの顎を蹴り上げた。
 顔を背けたグリベラに、宙返りで戻ったクフリが、さらに旋回――十字剣と『突出剣カタール』で、グリベラの左側頭部に、集中的な斬撃を。
 カィン、キン、ギン、キン、ギャィン――――。
 弾かれるように、グリベラは和室へ投げ出された。猛攻なら、通用する――。そこに、玄関を超えて飛び出したクフリが、またも宙返りをしながら、今度はグリベラに向けて、両手で刺突。真っ直ぐ弾かれ、真上に跳ねる。
 クフリはそのまま横回転――真下のグリベラに向けて、今度は右肩を狙った、猛撃。逃げもできず押し切られ、クフリはグリベラに馬乗りになる。
「なッ、――ングゥ……」
 喋る隙すら与えない――両肩を膝で押さえ込むと、十字剣で首を狙う――が、弾かれて首の左側に逸れ、剣先は畳に突き刺さった。クフリは左腕で、『突出剣カタール』が納められた単純な拳で、グリベラの顔を一発殴ると、首を掴む。握り潰そうとするも、何かに反発される――グリベラの目は見開かれ、締めている実感はある。が、直接触――に、今届いた。掌に、人肌の感覚が。――これが法則?
 グリベラは右手を――肩から下で抑えられているが、それでも何とかして伸ばす。
 身体強化を警戒し、クフリはより首を締める――或いは固めるように、体術のような抑え方をしたが、それでも基礎ステータス――身体特性の違いが出た。単純な身体強化に対し、力ではなく速度と柔軟性が特化したクフリでは、あと一歩パワーが足りない。
「――っ…………」
 ――その穴を埋めるための、『突出剣カタール』。
 グリベラの手が届くと同時に、クフリはその首を握っていた手首を曲げる。『突出剣カタール』が射出され、おそらく――触れ続けることによって魔術的な防御を解除されたその首に、刃を強く押し当てる。その瞬間、抑えきれなかったグリベラの右手がクフリの鎖骨辺りに触れた。
 クフリは下から上へと、『突出剣カタール』を斬り上げる――瞬発的な刺突ではなく、浅くとも確実な斬切――クフリの身体が真上に弾かれると同時に、肉を斬る感触もあった。
 追うように飛沫く、赤い血――だが、……浅い。
 自由落下に、そのまま十字剣と『突出剣カタール』を――差し込んだのは、和室の畳。グリベラはギリギリで避けると、クフリの脇腹を蹴り入れて、その反動で玄関に。クフリも旋回して立ち上がり、グリベラに向き合う。
 向き合ったのは一瞬――飛び出していたクフリ。グリベラは、自分の負傷に焦ってか、外へ出ようと、背後の穴へ――――「ドンッ!」
 本日三度目の『四方盾シールド』にど突かれる――背後に迫る刃は、見なくても気配でわかる。横に滑り、反転し――ならば窓へ。
 クフリは玄関を蹴ると、三角跳び――『突出剣カタール』がグリベラの腰に斬りつけ、振り返った掌に、十字剣の鋒を突き立てる。
 真っ直ぐ真ん中に――弾く力が、鋒以外に逃げてしまうほどに、掌と均衡する十字剣。だが――触れ続けることで、その力は――――。
 グリベラは手首を外へ返す。他所へ突き進む十字剣。屈んだ魔女はクフリの間合いを通り抜けて窓へ。その腿裏に『突出剣カタール』が突き――弾かれた。
 小窓だが人一人出れそうな場所――窓を開くグリベラに、本日二度目の『星形鉄球モーニングスター』が顔面の真ん中にヒット。正面から倒されたグリベラ。――クフリが真上を宙返りし、再び馬乗りに――なれず。グリベラは畳を滑るようにして、頭から再び玄関に突っ込む。体制を起こすも、玄関の先には巨大な金十字――出口という出口が、外から封じられている!
 魔女は怒りを強く覚えながらも、構えられた『四方盾シールド』に両手を当て――その背中に、十字剣の鋒が当てられる。
 唸ったグリベラは反転し、クフリの十字剣が『四方盾シールド』に弾かれる。
 そのままクフリの手首を掴むと、一回転して畳に放り投げる。さらに反転。『四方盾シールド』に向かって両手を放つ。
「アァッ……!」
 壁の――『四方盾シールド』の向こうで、ドンソウの声が。背中に鋭い何か――鋒が触れたが、空いた隙間に飛び出して、民家から出る。そのまま前転して、起き上がり、体勢を整えようと。
 しかし。

 ――そうは問屋が、卸さない。

 ――ドンッ‼︎
 背後から『四方盾シールド』で押され、投げ出されたグリベラ。その首に向かって『蛇腹剣コイルソード』が巻き付いて、グリベラはそのまま地面を引き摺られる。
 市中引き回しのようなグリベラ――『蛇腹剣コイルソード』を掴むと、地面を蹴って立ち上がった。しかし勢いは止まず、振り回されてロータリーへ投げ出された。強引に両足で着地し、無理矢理に直立する。
 肩で息をする束の間もなく、顔に『弾針』が迫り、肌の上で弾けた。傷はつかずとも、やはり衝撃は受ける。
顔を背けたその一瞬――「ドヮン‼︎」と――頭頂部に衝撃と重みが。
 背後から迫っていたメイロの、上から振るわれた『大剣バスタード』――グリベラは大きく弾かれて、『大剣バスタード』は地面に突き刺さった。助走をつけて跳んだグレンが、『大剣バスタード』を踏み、上から体重をかけて、グリベラに十字剣を振り下ろす。
 ――っハッ!
 袈裟斬りで刀身を押し込むグレン。グリベラは両手で掴もうとするが、伸ばした左手に『大剣バスタード』が跨ぎ、右手は『蛇腹剣コイルソード』が絡め取る。
「やっと、捕まえた」
 グリベラが見上げるのは、怒りと強さに満ちた――しかし畏怖を覚えるほど冷たい、グレンの眼光。超至近距離で魔女を見下し、その奥では、『マジョガタ』と戦う、三人――クフリとガンケイとバンキの姿。
 グリベラの胴を斜めに薙ぐ刀身――当たっているだけの刀身が、徐々に押し込まれ――纏っていた魔術が、徐々に効力を失いつつある。
「――ウぐァあッ‼︎」
 十字剣が、右の肩口に入った――朧げにうつろい掛けていた意識が、血流によって一気に暴れ出す。
「――村人の奴隷に任せて逃げれば良かったのに、お前は人間との勝敗にこだわった。傲慢にも魔女として――人間を侮った。その所為で、お前は死ぬ――」
 グレンが吐き出すように――噛み砕かせるように、目の前で告げた。
 十字剣が胸元に食い込む――右肩はもう半分切れた――文句を言いたいが、グレンが肺を体重で押さえつけているために、グリベラは息をするのも絶え絶えだった。
「――ここで終われ」

 ――そのとき、地面が揺れた。

 立ち止まった五人の前で、魔女はさらにもう一度、杖を突いた。
 電子回路のような、無数に屈折、結合、色の瞬く線が――地面を這って、壁に伸びていき――五人を囲うように、地下空間を包囲するような線が、長杖に合わせて走り広がっていく。
 喫茶店で、栗鰓餡菜がしていたように。
「……〈四宝ソレット〉? これ、何してるの?」
 倒れないよう杖代わりに、地面に突き刺した十字剣――シダレが訊いたが、二人のヴァイサーは顔をしかめた。
「予測通りなら、最悪の展開だ」
 クルキに続き、ファンショも。
「次に同じく」
 走り広がる光の線は、五人の周りから魔女の立つ背後の壁に収束し、沈み込んだ。
 補強材の壁――大きな金属板が重ねられた壁だ。その壁が、振動で落ちる。
 グワンガラガグワッシャァアアン――――派手な音と、ひしゃげた金属が、落ちる。
 現れたのは、透明な幾何学模様の折り重なった、膜。
 何かを――何かが、内側で目覚めたかのように、中では黒い気配が蠢く。
「あれは何だ?」
 アンテツは言った。
「逃げた方が良い」
 クルキは静かに言った。
「どういうことだ?」
 ソウガは訊く――クルキは奥で光る膜を凝視しながら、一言ずつ喋るように、言う。
「――無数の人型生命を動かせるほどの、膨大な『魔力』。魔女二人だけで、それを循環させる? ――あり得ない。だったら――魔力源が、どこかにあったはず、とは……薄々思ってはいた。村全体を覆えるほどの、『魔力の器』が必要なはずだからな。…それがどこから来てるかはわからなかったが――」
 壁に走っていた光線が――その振動が、空洞内の全域に伝わる。
 幾何学模様の膜から、一本の光線が出た。
 斜めに――遥か頭上を走り、五人には届きはしていない。地下空洞の剥き出しの土――天井に突き当たり、壁に走っていた光線が、その接面に誘われて、集まる。さらに、膜の奥から聞いたことのない、巨大な吠え声が。
「――それが生き物だとは、聞いてないぞ!」
 光線はそれに収束していき――――そして。

 ――爆発した。

 ふわり――と。
 剣の鋒が、グリベラの喉に触れた瞬間、屍体に囲まれていた全員が、一瞬宙に浮いた。
 突然のことで、意識が止まりかける――が、自由落下の経験者は数名いた。自分たちが落ち始めたことに気づいて、身を屈める者――周囲を見る者。
 しかし、突如始まった地盤の沈下――それも全員、対応し切れるような状態ではない。
「――気をつけろ!」
 グレンのその叫びさえ、頭上に消え行く。
 地面が割れ、互いが呑まれ合い、全員の全身が、重力と引力に巻き込まれる。
 生きてる者、死んでる者、人である者、人ならざる者――それぞれの姿が互いに見えなくなり、それでも突き出した十字剣――しかし、先に堕ちていくグリベラからも、グレンは離されてしまい……。
 囮班全員が、巨大な地下空間へと落ちていく――。

 原理不明の――しかし、魔術であることはわかる。魔女の杖から放たれた伝導性の高い――「退くぞッ!」――クルキの声だ。考えるのを止める。
「マジかよ……」――これはファンショ。
「もう死んだわ」――シダレ。
「ちょっ……なんか、パニクリそう――」
 光線の動向に目が離せないソウガも、口から心情が漏れていた。
「――行くぞッ‼︎ ほらッ‼︎」
 アンテツに肩をはたかれて、意識が目の前の今に戻る。
 頭上が――地下空間の、天井が崩壊した。
 頭上から落ちてくる、細い土埃――と、土塊。噴火みたく岩石が降り注ぎ始め、振動が激しく――殆ど、災害だった。
 薄い笑みを浮かべ出した魔女とは、クルキに続いて逆側へ走る。地震のような揺れ動く下の地面と、ランダムに落ちてくる上の地面の塊を避けながら、第七衛生管理備局の廃棄された建物群へ。徐々に新鮮な外の空気が降りてくるのを、肌で感じながらも。
「――上に上がれ!」
 アンテツの声――よじ登れば、岩崖のところまで逃げれそうだが――。
「――下に入れば?」
 シダレが訊く――建物内部は、侵入は容易いだろう。が、クルキが否定する。
「安全性の確証はないッ! 来るぞ!」
 百年前の積み上がった建物群――誰も手を触れて来なかったから、たまたま残っているだけの建造物。
 大きな塊が手前の建物に弾かれて、回りながら五人へ飛んでくる。ソウガは右に飛び、シダレと共に回避。――三人と離れてしまった。
「ファンショ!」
「――大丈夫!」
 アンテツとファンショの声が聞こえた。クルキもきっと、無事だろう。
 シダレが手前の建物群に――左に曲がって直ぐ、コンクリート材らしき階段を上がり、 頭上で大きな轟音が。
「ソウガ!」
 上にいたシダレが振り返って叫ぶ。その姿が近くの建物に入ると同時に、ソウガのすぐ左側で、建物が爆発――意識する間もなく吹っ飛ばされながら、それでも剣を手に頭を抱える。――どこにも当たらずに、固い床材の通路に着地。すぐに起き上がると、シダレも見えなくなっていた。
 ――というか、誰の姿も見えない。
 見上げると、さらに無数の土の雨が――一番近くの建物に入ろうと、下の段に向かって跳ぶも、さらに背後で、何かが着弾。激しく弾かれ、転がり落ちかけたソウガを、波のように迫る瓦礫と地層の混合流が、呑み込んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?