【第1章|かつての針子たちの楽園】〔第1章:第3節|Associate Assemble〕
「やあ」
〈十字ソレット〉のヴァイサーは、二人制である。
統率や決断、命令を担う剣のヴァイサー・グレン。そして補助や代役、作戦参謀などを担うのは、天秤のヴァイサー・アンテツ。
アンテツは、ホテル『ブロッサム・アーチ』にて、他の面々を待っていた。
短く跳ねた灰色の髪。人の良さそうな薄い目鼻立ち。濃紺のジャケットに、黒い長ズボン。軽く穏やかな印象のハンサム顔が、ソファチェアで足を組み、遠くの山へ入ろうとする夕陽を背に、絵になる佇まいで八人を出迎えた。
「アンテツ~! お疲れ~、お久し~」
帰還した面々は、キキに続いてそれぞれ挨拶を交わす。
グレンとアンテツは互いの右腕――深い場所で握手するように、互いの上腕を握り合う。
「よく戻った、天秤のヴァイサー」
「お疲れ、剣のヴァイサー」
ヴァイサー同士の挨拶が済むと、エィンツァーたちが続いた。ソウガも肩を叩き合い、互いに笑みを返す。
『ブロッサム・アーチ』は、針子村からは数キロ離れた――互いには目視できないほどの場所にある。こちらもこちらで、街から坂を少し上がった山の上にあったが、山々に囲まれている針子村と違い、下山すればすぐに街中で、かなり都会的で、立地ともに環境が良い。十数階層の部屋数と、ビジネスからバカンスまで広く対応した多様な部屋種を誇るくらいには。……田舎が悪いとは言わないが。
その中で最上級の、スイート・ルム。――何故そう呼称するのかは知らない。
豪華絢爛なシャンデリアと、大理石の床材。シックでシンプルな内装。部屋は大きく二分されており、奥の方には「和モダン」というテーマに沿った、素晴らしい内装がある。
「ん? ドンソウは?」
キキはアンテツに尋ねた。全員が、その辺の椅子やらソファやらに座ろうと動く。
アンテツはキキに顎を示す。
「――あっ。お、お疲れ様、です…………」
「わぎゃうっ‼︎」
キキの背後から、怯えたような小声が聞こえた。
キキがビクッとして、その声に釣られ、何人か仰天――いつの間にやらキキの背後にいた、大きな影を全員が見る。
「……びっくりした~……」
「あっ、えっ……ご、ごめんなさい……」
ビクビクオドオドと。
怯えが強く込もっている小さな声で、大きな影は謝罪を口にした。
その目も怯えているのだろうが、茶色のショートボブが顔の上半分まで、文字通り目深に被っているため、実態は窺えはしない。
「――その気配の消シ方、イつかチャンと教エテくレよ」
皮肉なことに気配は消せても――目元を隠せても、本人の体躯は隠し切れていない。
二メートル近い背丈と、この場の誰よりも広い肩幅。生きるには、何かと苦労するであろう体格。
これで一応――〈十字ソレット〉が十名、全員揃っていた。
「――それで〈夜桜〉とは、どうだったの?」
キキが訊く。アンテツは微笑む。
「大したことはなかったよ。結局、戦闘にはなったけど」
「相手はだれ?」――シダレ。
「『樹海信仰団』っていうカルト組織だ。聞いたことないか? 俺が二年……じゃない、一年半前? 別の任務で接触した奴らだ」
「『ホックスリー』の時の?」――ガンケイ。
「……だな。今回はその案内役だ。――表向きは新興宗教、だが裏じゃ人身売買の大本だ」
アンテツはガンケイを見る。
「君くらいの行き場のない子たちを、国内外問わず、あちこち売り捌いてたんだ」
実齢より肝の座ったガンケイは、特にショックを受けることもなく、短く鼻息を鳴らした。
「この国での人身売買は、流石に『正義』に反するからな」
「どの国でもそうよ」――クフリ。
「おレンとこだッテ」――バンキ。
「武具は使った?」――ガンケイ。
「使った。あとでメンテを頼む。すぐ使うなら、洗って磨くだけで充分だろう」
「……それも良いけど、新作もあるよ?」
ガンケイは、ニヤリと笑う。
「――例のか?」
アンテツも一瞬眉を上げ、ニヤリとする。
「そう。すぐ使える状態で、持ってきた」
「――いいね。是非そっちで頼む」
グレンが訊く。
「損害は?」
「いや。流石にただの悪党だったし、こっちはドンソウもいたからな。……〈夜桜〉の方で一人だけ。エィンツァーが軽傷」
傷一つ、処置の痕一つないと、アンテツは両手を広げて見せる。
「教団の幹部十五人は、まとめて破片になったが――それより、そっちはどうだった? 彼は見つかったか?」
「ハッ――見つかったと思う?」
同じように両手を広げるシダレ。アンテツは苦笑する。
「だよな。……待ってる間に〈四宝ソレット〉と連絡を取った。あっちの捜索では何も見つからなかったらしい」
「ジャ、後はおレらに押シ付けるわケだ」
バンキの隣でシダレが不服そうに鼻を鳴らす。が、アンテツは首を振った。
「いや――体勢を立て直してから、援軍を寄越す、とのことだ」
「援軍?」
ソウガも訊き返した。
「嗚呼――誰かまでは聞いてないけどな」
「なら安心ね。今の〈四宝ソレット〉なら、あー……来週くらいには合流できるかも? それからゆっくり、ファンショの死体を探せい良いわけで……。充分な成果が得られそうね」
皮肉たっぷりに、早口で言うシダレ。アンテツは再び首を振る。
「流石に急時だからな。来週までとは言わんだろうさ。少しは待ってやってくれ」
「デも要するニ、期待デキなイわケだ」
「それはまあ……そうだけどな。針子村自体はどうだった?」
クフリが答える。
「至って普通の村よ。観光用に派手な色の建物を並べただけの――」
「――五年後には廃れてるような、センスの無い汚色建物群。吐き気の出るカス溜まりよ」
シダレが口を挟み、言葉を続けた。クフリはシダレを見て何か言おうとしたが、
「……まあ、そんな感じの」
結局、言っていることは実に的を得ていた。
「村人たちは? 交流の方は?」
「普通な感じ。――みんな良い人だよ? 値引き交渉は応じてくれなかったけど」
ソウガの知らないところで、値引き交渉があったらしい。キキは不満そうに告げた。
「これ、お土産」
キキは手元の荷物から一本のペットボトルを取り出し、アンテツへ。綺麗な水――という名目の、ただの飲料水である。ソウガたちも帰りの車内でもらったものだった。個人的な感想を告げるのなら、可も無く不可も無くの物。
「普遍。――現状は、だが」
結局、違和感の正体に気付けなかったメイロ。メイロ自体が特異な生活様式で生きているために、慣れない場所で違和感を覚えるのは、それは至極当然とも言える。アンテツは特に訊き返すこともなく。
「監視班は?」
「『秋のヴァイサー拉致りました』って顔は見当たらなかったわよ」
ソウガが何か言う前に、シダレが吐き捨てる。アンテツは視線でソウガに尋ねたが、ソウガも特段告げるようなことは思い浮かばず、シダレに頷いた。
以上――報告終わり。結論――特に無し。
ドンソウが挙手。
「こ、今夜は……ど、どうしますか……?」
「やっぱ捜索に出るの?」
キキがグレンに尋ねると、グレンは頷いた。
「こっちは何も掴んでいない。ファンショ本人か彼の存在を示す証拠――何か形跡でも無ければ、以降も村の捜索をしなくてはならなくなる。まだ村自体が怪しいかどうかも不明だが、ひとまず夜間捜索は行う」
「具体的には?」――クフリ。
「夜の村を確認しつつ、外側の捜索をする。有事に備えて、戦闘服で行く」
「十字剣も新しくしたって?」
アンテツはガンケイに訊いたが、シダレが吐き捨てる。
「どーせ使わないでしょ」
「使うよ。……一回くらいは」
「一回って……。もう少し使って欲しんだけど。……ま、いいや。アンテツの分も持ってきてるよ。勿論、ドンソウの分も」
視線がグレンに戻る。
「出るのは二十二時頃だ。それまでに食事と仮眠、休憩と準備を済ませる。ガンケイ、キキとバンキを連れて、武装の準備を頼む。アンテツ、十字剣を試すのは後だ。共闘任務の詳細報告を。クフリとメイロも残ってくれ。夜間捜索の計画を立てる。ドンソウ、シダレ、ソウガは軽食の調達を頼む。それぞれ終わり次第、報告を。記録した映像の確認と、装備以外の機材の試運転を行う。休憩の時間も割り当てる」
僅かに差していた夕陽は、遠くの山裾へ消えた。