ソサノヲ様の奥様、イナタヒメ様
さて、いよいよソサノヲ家最後のお一方、奥様のイナタヒメ様のご紹介となりました〜!!わ〜〜〜〜!!
イナタヒメ様のお姿はこちらでございます!!
お姿をシェアできたところで、ホツマツタエでイナタヒメ様について記されている所をちょっとだけ見てみましょう!
まずイナタヒメ様のご家族について、
『さたのあれをさ あしなつち そをのてにつき やめうめと』
とあります。
この部分は『サタの粗長(地域集落の長)アシナツチと妻のテニツキは八人の娘を生んだ』と訳されています。
サタは今の島根県あたり、ソヲは九州南部とされているみたいです。
また、ソヲ(添)=妻の意味もあります。
イナタヒメ様はこの八人の娘のうちの一人ですから、父上はアシナツチ様、母上はテニツキ様という事になります。
余談ですが、ホツマツタエにおいては、一地域の長の妻の名前を記した例が他にないらしく、ひょっとして『テニツキ』というのは名前ではないのでは?という説もあるそうです。
ちなみに記紀では「アシナヅチ」「テナヅチ」のお名前で記されている様です。
そのアシナツチ家へ現れたのが、当時罪人となり彷徨っていたソサノヲ様でした。
アシナツチ家の話によると、八人の娘のうち七人は、ヤマタノオロチにヒトミケ(人身御供)として捧げられてしまったとの事!!
残るはイナタヒメ一人となってしまい、両親は悲しみに暮れていました。
ソサノヲ様は両親に「イナタヒメを嫁に欲しい」と言い、承諾を得て契りを結ばれた後、ヤマタノオロチ討伐へ向かわれました。
このエピソードの中に、
『たらちねは てなであしなで いたむとき』
という言葉が出てきます。
ご両親がイナタヒメの手を撫で足を撫で、大切に育てた娘たちの死を悼み、また最後の一人まで捧げねばならないのかと心を痛ませている様子が伝わってきますね。
この一節からでしょう、イナタヒメ様は「撫でるように大事に育てられた姫」として、「大和撫子」の語源となったお方とも言われている様です。
奥ゆかしく、清らかで、芯のある美しい女性。
確かに、イナタヒメ様はそのようなお方であると感じます。
あやかりたいです!!!
あやかると言えばイナタヒメ様は、そのお名前から稲作などの五穀豊穣、自分の運命をソサノヲ様との出会いによって転化させたことから、縁結びや夫婦和合といったご利益があるとされているそうです!
素敵な女神様ですね♡
今日もおやっとさあです。
また次回。