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【書評】絶望名人カフカの人生論【絶望した!】

絶望名人カフカの人生論/フランツ・カフカ 編訳=頭木弘樹

カフカと言えば代表作『変身』が有名。

ある朝、グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変ってしまっているのに気づいた。

出典:フランツ・カフカ『変身』 原田義人・訳 青空文庫

読んだことのない人でももしかすると、主人公がいきなり虫に変わってしまうというショッキングなあらすじを知っているかもしれません。
出典に明記したとおり青空文庫でも読めますし、新潮文庫版も書店でよく見かけます。
だいぶ薄い本なので夏休みの読書感想文には持ってこい……と思いきや、なかなかにヘビーな内容、そしてあまりにも救いのない結末、後味の悪さ、その割に伝えたいことが分からない。
「こんな小説の感想をどうやって書けばいいんだ……」と頭を抱えた経験がある人もいるのでは。

この本はそんなカフカが、作品外ではどのような人物だったのかに迫る本です。

絶望名人カフカ

まずはこの本の目次より各章タイトルをご紹介

  1. 将来に絶望した!

  2. 世の中に絶望した!

  3. 自分の体に絶望した!

  4. 自分の心の弱さに絶望した!

  5. 親に絶望した!

  6. 学校に絶望した!

  7. 仕事に絶望した!

  8. 夢に絶望した!

  9. 結婚に絶望した!

  10. 子供を作ることに絶望した!

  11. 人づきあいに絶望した!

  12. 真実に絶望した!

  13. 食べることに絶望した!

  14. 不眠に絶望した!

  15. 病気に絶望……していない!

このようにカフカはほぼ全方位に絶望しています。この記事「絶望した」って打ちすぎてAIに心配されそう……
久米田康治の漫画『さよなら絶望先生』のヒロインが風浦可符香(ふうらかふか)という名前だったことを思い出し腑に落ちました。

絶望した! |д゚)チラッ チラッ

章タイトルを見ていただいた通り、カフカはあらゆることに絶望しています。体の弱さ、親との性格の違い、仕事のつらさ、才能などなど。
支える人でもいてくれればこんなにもネガティブにならずに済むのでは?
という考えは甘いのです。
こんなに絶望しているカフカには恋人がいます。それも生涯を通じて複数の女性と恋人関係を築きました。(何度か婚約まで進んだ関係もありましたがそのたび彼の方から破棄しました。よって生涯独身)

支えてくれる恋人に対しての手紙にカフカはネガティブな言葉をこれでもかというほど書きつけます。「恋人には弱い部分は見せたくない」なんて心理を持つ男性はそれなりに多い気がしますが彼はそんなことなんのその。
自分のネガティブをこれでもかとさらけ出すのです。

遺言で「自分の作品や手紙はすべて燃やしてほしい」と残したそうですが、それにしても、人づきあいに苦労しながらも人とつながっていたかったアンビバレントが垣間見える気がします。

編訳者の苦労と救済

編訳者の頭木弘樹氏の半生も興味深い。
彼も冒頭の例のように、中学生の夏休みの読書感想文でカフカに出会ったそうです。
その後20歳の時に難病を患い病床にてカフカの本などを読みふけったそうです。
病気という絶望の中でカフカの絶望の言葉はどのように響いたか。
それは意外にも救いとして彼の胸に響いたようです。
「絶望しているときには、絶望の言葉が必要」
そんな思いで本書の単行本は震災の後に出版されましたが、世間からは意外と肯定的に受け止められたようです。
「がんばろう、日本」と前を向く言葉も必要ですが「一緒にどん底まで落ちていこう」と寄り添ってくれる言葉が刺さる場合もある。
本書にはカフカの手紙やノートの断片などからの引用が多く使われていますが、それらをすべて邦訳で読むのはかなり大変なことのようです。
「絶望の言葉を皆様に届けたい」という頭木氏のネガティブでポジティブな情熱が本書を完成させたのでしょう。

寄り添ってくれる本

皆さんは緊張している時ってどうしますか?
対処法の一つに「自分よりも緊張している人を見つける」というのがあります。緊張している状況を客観的に見つめることによって冷静さを取り戻すというメカニズムだと思われます。
同様に、絶望してしまったときは、自分よりも絶望している人を見つけてはどうでしょう?
カフカ以上に絶望している人はなかなかいません。
絶望の初心者たちに達人が寄り添ってくれる本。
ぼくはそんな印象を抱きました。

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