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対偶! 対偶アッパーカッ!

高校数学、数Ⅰの範囲に「命題と証明」という単元がある。
その中で「逆・裏・対偶」という概念が登場する。
以下簡単に説明しよう。本筋じゃないのでさらっとね。

「ソクラテスは人間である」という命題があるとしよう。
命題とは「仮定」と「結論」からなり、真または偽の性質を持つ。
ここでは「ソクラテス(である)」という仮定があり「人間である」と結論を持っている。ちなみにソクラテスは(あの古代の哲学者のことを指しているとすると)人間なのでこの命題は真である(正しい)。

もとの命題に対して、
・仮定と結論を入れ替えたものを「逆」
・仮定と結論を否定したものを「裏」
・仮定と結論を入れ替えて否定したものを「対偶」
とそれぞれ呼ぶ。

先ほどのソクラテスの命題で言えば
「ソクラテスは人間である」(元の命題)
「人間であればソクラテスである」(逆)
「ソクラテスでなければ人間ではない」(裏)
「人間でないならばソクラテスではない」(対偶)
ということになる。

ちなみに元の命題とその対偶は真偽が一致する。
さらに逆と裏の真偽も一致する。これは逆の待遇が裏であるからである。
上記の例でいえば元の命題と対偶は真であるが逆と裏は偽である。
一応逆と裏の反例を上げておこう。
「人間であればソクラテスである」→偽(反例:プラトンは人間だがソクラテスではない)
「ソクラテスでなければ人間ではない」→偽(反例:プラトンはソクラテスではないが人間である)

前置きはここまでです。
ここからは対偶で遊んでいきまーす。いくよー。

①平家にあらずは人にあらず → 人なので平家です

おっ、人間やんけってことは平家やな。
「人を見たら平家と思え」みたいな感じですね。

②お前のモノは俺のモノ → 俺のモノじゃないならばお前のモノじゃない

特に面白くはないんですがなんとなくHIPHOPのリリックみがあるような気がします。like a ジャイアニズム。

③踏めば助かるのに… → 助からないなら踏まないのに…

ノンデリロボの上っ面的な思考に対して、「どうせ踏んだって助からねーよ。ならば信仰に殉じた方が良くね?」なんて思うキリシタンの悲壮な覚悟が垣間見えた気がした。

④褒めても何も出ないよ → 何か出たら叱る

「こらっ! こんなに出しちゃって! お仕置きが必要ね!」

⑤朕は国家なり → まん が 村 ダス

解説しよう。
「朕は国家なり」はフランス国王・ルイ14世の言葉。絶対王政でイキリにイキっていた彼は「我こそが国そのものである」という意味の発言をしたのだ。
チンの反対語はまんであることは羞恥の事実であるとして、国家の反対は村ですね。
そしたらたまたま違法アップロードサイトの名前みたいになっちゃいました。ふしぎ!
なりの反対はちょっと悩んだんですがコロ助の対義語は勉三さんかなと思いダスにしました。


ちなみにある程度以上の年齢の人はストリートファイターのことを『ストⅡ』と言います。もう『スト6』まで出ているにもかかわらず。
ゲーム機のことを全部ひっくるめて「ファミコン」と呼ぶお母さんはそろそろ絶滅したかもしれませんが、このへんないきものはまだ日本にいるのですたぶん。

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