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RIPSLYMEとわたしの20年間の話

○何を信じたらいいのだろうか。

わたしはRIP SLYMEは仲が良いと昔は思っていた。しかしそれはわたしの勝手な思い込みで事実ではなかったのかもしれない。メンバーの5人のうちの1人、PESが既に脱退していたということを、彼のTwitterで先日知った。


SUさんの不倫報道があってから、PESは何度かグループ活動に対してネガティブな発言をしていたので思ったよりも冷静な自分もいる。しかし、もしもこの言葉たちが事実だとしたらものすごく悲しい。だが、他のメンバーにも言い分はあるとは思う。全員が言葉を発しない限り一致部分はわからない。

わたしは一体何を信じればいいのだろうか…わたしが聞いてきたもの、見てきたものは一体何だったのだろうか…。

今はバラバラなRIPかもしれないけれど、少なくともあの5人だからこそ生まれた音楽がある。全てが嘘だったとは思い難い。

音を楽しむと書いて音楽。楽しくなくちゃ奏でられない。まずは先生が楽しめば、子どもたちにもその楽しさが伝わるよ。

保育教諭として鍵盤ハーモニカや合奏、マーチングを教える際、主幹教諭に言われたことがある。そして、実際その通りなのである。これは経験上、音楽のみならずどんな活動であってもだと思う。

RIPが音の楽しさをメロディーと言葉と体で表現していたから…伝わってきたから…だからわたしはRIP SLYMEを追っていて楽しかったのだと思う。


○わたしはBTSがすきだ。

今回、同時に思うことがある。わたしはBTSがすきだ。BTSの何がすきかといわれるときりがないほど挙げられる。その中の1つは「仲が良いところ」だ。彼らは「本当に」「仲が良い」のだ。

でもそう思っているのは勝手な思い込みかもしれないということに今回のPESの件で気付いてしまった。なぜならRIPも「本当に」「仲が良い」と思っていたから…。わたしの気持ちがぐらぐらと揺れ、ざわざわとゆっくり静かに音を立てる。

「絶対」なんてこの世の中にないのかもしれない。でも今だからこそ、わたしはBTSの「絶対的絆」を信じたいと思う。

2021年6月、米ラジオ局取材にてRMはこう発言している。「僕たちはとにかくよく話をする。昔のこと、未来のこと、ファンのこと、会社のことなど7人で話をする。」話をすることを大切に、それも誰かを欠いてではなく全員で…なんて素敵なんだろう。

あるときには、ジミンは「年をとって踊れなくなった時にはメンバーとステージに座って一緒に歌いたい。」と。

こんなエピソードも挙げるときりがないほどある。今のわたしにとって「絶対的絆」を信じるには十分すぎるほどの言葉たちだ。信じたい。ずっと7人で音楽を楽しんでほしいと心から願う。


○約20年前に遡る。

2001年。中1だったわたしは「うたばん」を見ていてRIPSLYMEというグループを知った。

「それぞれひとつのlife それぞれが選んだstyle」
「この世界にひとつだけ 君は世界にひとりだけ」
「君の世界はひとつだけ 君は世界にひとりだけ」

ー『One』よりー

中学生なりに歌詞が「いい」ことがわかった。メロディーも言葉も声もとても心地よかった。一目ぼれ、一聞き惚れとでもいえばいいだろうか。

それからというもの、わたしはこの5人がすきになった。わたしの中に「すき」があるから何を聞いても何を見ても「いい」しかなかった。とにかくよかった。RIPの音楽はとにかく気持ちが良い。


○4MC1DJ

5人とも個性的でそれぞれの良さがある。

SUさんは低音ボイス。言葉遊びが独特で面白い。
RYO-Zはザ・ラッパーってかんじで言葉の選び方が上手い。ILMALIはやわらかい且つハスキーでおだやかな声。言葉がおしゃれ。PESは高音ボイス。言葉のリズムがスムーズで音が弾む。FUMIYAは天才だと思う。幅広いジャンルをこなすし、曲の振り幅がとても大きい。

この5人が集まれば最強で最高!こんな風に思っていた。


○大学生、そして社会人になったわたし

中・高は地方に住んでいた。大学生となり関西へ引っ越したことにより活動の範囲が広がった。アルバイトも始めて自由に使えるお金が増えた。嬉しいことに、RIPをずっと一緒に追いかけてきた友だちも同じ大学だった。

もちろんライブには数えきれないほど行ったし、DJとして出演するイベントにも行った。クラブはこわい…と思いながらもメンバー会いたさに足を運んだ。

社会人になり応援の仕方は少しずつ変わったとは思う。でもライブがあるとすぐに友だちと計画をたててきた。

歌手であれ、アイドルであれ、オーケストラであれ、何であってもやはり「生」は違う。「そこ」でしか味わえないものがある。彼らのライブにももちろん「それ」がある。音を楽しめる空間。まさに音楽だ。そしてMCもとても面白い。

世間的には『楽園ベイベー』の頃が全盛期と思われるかもしれない。活動も少しずつすこしずつ減ってきていたかもしれない。でもわたしにとってはそんなことはどうでもよくて、それより前にも後にも、RIPが「そこ」にいてRIPの「音楽」を聞けることが幸せだった。


○信じることは「偽りのない事実」

RIPは音を楽しむ人たちだった。わたしにとって「音を楽しむ」ことを教えてくれた人たち。晴れの日、雨の日、雪の日、嬉しいことがあった日、嫌なことがあった日、好きな人に気付いた日……RIPの音楽はずっと側にあって、そして青春だった。曲を聞くと思い出すエピソードがたくさんある。

彼らはわたしをたくさんの場所に連れて行ってくれたし、たくさんの経験をさせてくれた。彼らがいなかったらどれだけつまらなかっただろうか。

ライブ終わり、真冬なのに半袖でダイバーシティを友だちと駆け抜けたこと(何でだっけ?)ライブを楽しみすぎた結果、荷物を預けたロッカーのカギをなくしたこと(友だちに迷惑かけた…)クラブイベントで財布をすられたこと(ただのあほ…)

肋骨が折れてることに気付かず激痛と共にライブに参戦したこと。間に合わないからと授業をさぼってライブに行ったこと。

RYO-Zの誕生日にルーズリーフにメッセージ掲げたらSUさんが気付いてくれたこと。クラブイベント終わりにメンバーと写真を撮れたこと。弾丸スケジュールでライブ参戦したこと。


芋づる式のようにどんどん思い出せる。

振り返ると、どれもこれも、RIP SLYMEが関係する時間はわたしにとって大切な大切な瞬間だった。これは何の偽りもない事実。だから今、RIP SLYMEというグループがわたしの大好きな形でなくても、これまでの5人には「ありがとう」を言いたい。


わたしの人生の約20年間を豊かにしてくれてありがとう。
5人がこれからもそれぞれの「音楽」を奏でられますように…。
Thank you for enriching my life for about 20 years.
 I hope you can play each music.

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