見出し画像

野田さんへの愛が止まらない話。

「フェイクスピア」を観劇後。           あの「コトバの一群」を舞台にした野田さんについて考え続けている。


もし、あの事故を扱う事を「利用した」「利用された」と関係者の方が感じ、抗議したら。

実際、身も蓋もない言い方をすれば、「利用した」のではないかと思う。舞台、演劇という大きなもののために。
それこそ、シェイクスピアはもちろんそれ以前からはじまり、常に人の世と共にあって、決して消えることのなかった舞台、演劇。 
野田さんが人生を捧げているそれのために。

あの事故の時の、クルーや乗客の方々の気持ちや想いについて。私が語れる事なんて何もないんだけど。ただひとつ、間違いなく言えるとしたら。
全員「生きたかった」だろうな。
それだけだ。
野田さんは舞台のために事故を「利用した」と思うけど、そこだけは決して外さずたがえず、「生きろ」という力強いメッセージに変えた。


事故の事を扱うにあたって、事前にどこまでお声掛けしたり了承を得ていたのかはわからない。そもそも、しようとしていたのかもわからない。
仮にしようとしても、全ての人にそうする事も実際には不可能。
そして上演後、どんな人が、この舞台のどこでどう感じるか、反応されるかも予測不可能。

もし抗議の声があがって問題になったとしたら。野田さんは主催者として責任を取るつもりでいるだろうけど。
けど、1人でどう取るのか。そもそも取りきれるのか。カンパニーのメンバーをどう守るのか。
コロナ禍の最初の頃、「劇場を止めるな」で炎上した事もある様だし、野田さん以外の演劇界全体にも飛び火してしまったらどうするのか。
ごく一部を切り取ったフェイクの言葉でも拡散しちゃうこのご時世、考え出したらキリがないだろう。

(私は詳しくないが)けっこう挑戦的な事をされてきたらしい野田さん。
何十年も演劇の世界で生きてきたら、きっとこれまでも色々な事があり、背負ってきているんだろう。
このきわどい、けど演劇というものを問い直すかもしれない挑戦にあたり、どれだけの事を考え、思いをめぐらせ、用意してきたんだろう。
当然私には想像もつかなくて、考えるだけで目がまわりそう。


けど、いざ幕が上がれば。
ここまで自分が全てを背負いまくって、緻密この上なく創り上げてきた世界の中で、誰よりも大暴れする。
「興奮して出ていきたいんだ」「興奮して喉を枯らしたいんだ」と言い、あのはっちゃけた衣装で、甲高い声で、縦横無尽にしゃべりまくり走りまわる。ラップはするわ蹴込みを破壊するわ、上手に突っ込むわ。まさにやりたい放題。
あの禿げズラの何処からか、ほんのり狂気や業が透けてみえる。
彼の中では、もう全てが吹っ飛びつつ、たぶん全てを俯瞰している。


……なんだそれ。
誰よりロックだな。 格好いいな。
おかげでこっちは、あの日、あの舞台の上の野田さんが頭から離れないよ。

野田さん。
あなたが体張って見せてくれている、それはいったい何ですか? 
野田さんは○○ですか?
↑自分史上最大級の何かを送りたいんだけど、言葉が見つからない。

今この時代に、フェイクスピアを観る事ができて。
…何て言えばいい?

野田さん好きだ。

生きるよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?