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秘宝新聞vol.14 2021年秋号

こんにちは!秘宝新聞です。
さて今日もバックナンバーから、秘宝新聞vol.14 2021年秋号を載せてみようと思います。

皆さんどうもこんにちは。秘宝新聞です。 
みなさまいかがお過ごしでしょうか?
やっとこさの秋号です。 秋というか、、、 突然冬の気配がするような寒さになりましたね。このフリーペーパーは三重県からお送りしていますが、 三重県はとても温暖な地域です。 しかし、28℃くらい気温があった次の日に 18℃なんて気温になると体もびっくりして寒いです(^^;
クーラーをつけていたと思った次の日に暖房を入れている だなんて。秋がすっ飛ばされてしまいました。

さて、毎度毎度の秘宝新聞は、変なもの、不思議、 あやしいもの、ヘンテコなものを見つけては 楽しく記事にしていきたい私たちの、全くの趣味の徒然フリーペーパーです。 どこにも行けない時には、こうして思い出話でごまかし続けている雑談のようなフリーペーパーですよ。

さて今回は内容が大学生気分だよう。
テーマは「学園祭」
秋と言えば、学園祭の季節です。今回は、学校祭、学園祭の思い出について書いてみようと思います。
そういえば、コロナになってからの最近って、学校祭はどんな感じなんだろう?

「学園祭のおもひで」byしる子

秋なので、 学園祭と言われて思い出すことを書いてみましょう。 まずは高校生の時。 私が通っていた高校は五所川原市にあって、 立佞武多(たちねぶた)という種類のねぶた祭りがあります。 起立した縦に長いねぶたで、 過去にそういうねぶたが存在した、 という文献が発見されるまでの数十年間、作る事もなかったらしい。 ウィキペディアで立佞武多を調べても、 実はこの事は書かれていないんだけれど、 私が高校3年の時に、確かうちの高校でその小型版を復元して学園祭で運行したんだよね。私の記憶が正しければ。 で、その後数年してから、市をあげて復活させていったみたいなんですが、私はいつも立佞武多を見ると「私の高校がキッカケです」って勝手に誇っています、はい。

そして高校の 2~3 年時は、学園祭にはバンドのベーシス トとして関わりました。 当時私はセックスピストルズのカバーバンドをしていて、ライブハウスにはそっちで出ていて、 学園祭で本当はTheピーズのカバーをやりたくて、 ベースを弾きながら歌う練習をすごくしていました。 だけど、ピストルズでギターを弾いてもらった男子がメタル好きで、 その子に押し切られ、3年の学園祭では まさかのSHOW-YAのカバーバンドのベースを弾くっていう ね...。 個人的に女性ボーカルバンドがあまり好きではなくて、すごく嫌だと思いながら参加しました(笑)

ベースは簡単だったしライブは盛り上がって楽しかったけど、 やっぱりちょっと嫌だったという、そんな思い出...。 今となっては笑い話だし、バンド友達も沢山できて、充実した高校生活だったんですけどね。 そしてその後、千葉県の大学に通っていた私は、 軽音楽部に入ってソニックユース、キンクス、 ボ・ガンボスのカバーバンドをやりました。 ソニックユースはベースをして、キンクスはボーカル、 ボ・ガンボスはコーラスで参加していました。

学園祭では模造紙や英字新聞を切ったり貼ったりで ステージの装飾をしたりとか、 ポスカで手書きのポスターを描いて貼ったりとか、 そんなアナログな事も一生懸命やってました。 ボ・ガンボスのカバーバンドでは、 みんなでカラフルでサイケな服を着てばっちりメイクして、 千葉のケーブルテレビのスタジオで演奏し、放送された事もありました。 みんなで演奏した後にインタビューされたりして、面白かったなぁ。 カバーバンドなのにねーなどと私たちも思ってたけど、 まだまだバンドブームの終わり頃で、割と何でもありだったのかもね。 今思うと、平和な良い時代でしたよ。 というわけで、 私の学園祭の思い出はイジョウデース! 48 歳になったんですが、 いまだに「学園祭またしたいなぁ」などと思います。 きっとワイワイするお祭りが好きなんだろうなぁ(笑)

「学園祭といって思い出すものは」byはつ子

私の学園祭の思い出と言えば、大学時代。
美術科のある某女子短大に通っていたのですが、私の通う学校では学園祭らしい学園祭もなかったように記憶してます。 私は隣にある某私立大学の軽音楽部に所属していたので、その大学で学園祭を楽しんでいました。
私が当時住んでいたのは、大学や短大が集まっている地域で、学生ばかりが住んでいる場所で、先輩曰く『殺人以外はなんでも起こる場所』笑 という、ちょっぴり怖いようなネタのような、謎の噂がありました。
たしかに変な人も多かったし、変質者に出会うことも多い場所でしたが。 所詮、大学生の言う事ですからねwww
さてさて、本題の学園祭の思い出。 それは大学の軽音楽部の学祭なのです。 思い出すのは先輩たちの企画ものバンドで、先輩たちは 髪の毛を逆立てたり、暗黒な衣装を身にまとったりして、一年生だった私にはとても刺激的に見えたのでした。 その中でも異色だったのは、吉幾三のコピーバンド. おもしろかったな~(*^m^*) 普段はメタルやパンクを演奏している先輩たちの やたらと上手い、雪国のイントロが沁みるのでした(笑)バンド名は肉体労働をもじってのネーミングか何かで。。。 衣装はたしかニッカポッカのだったと思う。www
どこまでもふざけていて、ばかばかしくて、けど演奏が上手すぎて楽しかったのを覚えています。 馬鹿なことを目一杯やって、学祭の間の三日間は、 お酒も飲みまくって青春でした。 私は当時は後輩に誘われて、赤痢というパンクバンドのコピーバンドをしていました。 企画もので確か、野沢直子とか山崎ハコなんかもやったなぁ。こーん、こーん、釘を刺す〜♬ 有名な「呪い」ですね。笑 学際の企画ものはみんな趣向をこらしていて面白かったのです。

あとは学校祭と言って思い出すのは、私の息子の通っていた高校の学校祭なのです。 美術科と英語のコースのある学校で、とても自由な校風の学校でした。外国人の生徒も多かった。学校祭はみんなコスプレでした。 学校祭に PTA のお手伝いで参加した時は、色とりどりのカラフルでハッピーな雰囲気にとても和んだのを覚えてま す。自由。あちこちに変な人が歩いていて、カオナシが肉巻きおにぎり食べてて(笑) カオスな世界がととてもピースフルでした。

最近はコロナの影響もあって、あんな感じのフィーバーは無いのかな。 少し寂しく思います。 早く大騒ぎしたいね(♡ >ω< ♡)

おススメBOOK byはつ子

すみれ書房 加茂谷真紀 著

今日の本の紹介は 『愛のエネルギー家事』 これもお友達に教えてもらった本ですね。 日々の暮らしと家事のこと。こんな風にすると良いよ。という提案が、押し付けなく、説教臭くなく、 程よい感じが良い具合。きっと達人ですね。とても読みやすく心にすっと入って来ました。

*編集後記*

秘宝新聞 2021 年秋号 お読みいただきありがとうございます。 冬に備えて あたたかくして過ごしてくださいね^^

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追記【2023.06.08】byしる子
コロナ禍には全体的に「懐かしい」ものを思い出したり、「また戻れるかなぁ」という不安ベースになっていたんだと、今、文章を読んでも改めて思います。タイムマシーンでこの当時に飛んで行って、「大丈夫だよ!もうすぐ終わるよ!」って言ってあげたい衝動に駆られますね。
マスク無しの生活がこんなにも楽だったのだなぁと、普通の事が普通にできる事にこんなにもありがたみを感じられるんだなぁ、なんてね、思いながら過ごしている今日この頃です。

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