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Hihatov Galleryを終えて。後編


ではなぜこの課題へのアプローチとしてグループワークを選ぶのか?

もしも人間がクマに近い生き物だとしたら、母と子 / 父と子のように1対1等の関係性から全てを学んでいくことでしょう。
もちろん家族の時間は子供にとって必要です。しかし、どこまで甘えてもいいのか?相手の決まった1対1の関係ではやり取りはその関係に固有なものにとどまり、わがままになったり、度を越えてしまうこともあるかもしれません。

もともと、人間は進化の遠い起源をサルに持ち、もともとの習性も非常にサルに近い生き物です。そして、そのサルはクマとは異なり群れで生活し社会をつくります。
つまり、人間の子供にとっても集団で生活する時間は自然で、同年代はもちろん様々な人をみて、憧れ、世話をし、コミュニケーションし、時には争い、仲直りし、様々な事を学んでいきます。 

しかし、群れで学ぶ中でも1人の先生と多数の生徒という状況では自然な群れの関係とは別の関係性が現れてきます。
多数の人間が少数の人間の指示下にあるこのような関係性の中では子どもたちはトップの人間に褒められたり、認められることを目標に頑張ります。
そして、この状況は自然と子どもたちにアメとムチを与えることになります。
早くできたら、黙ってできたら、言ってる通りにできたら、褒められる。これがアメです。
その通りにできなかったら、遅かったら、やりたくなかったら、叱られる。これがムチになります。
小学校に上がってからその後しばらくはこのアメとムチの社会に入るのですが、その中でも日本の学校はその色が特に濃い社会であると思っています。
このアメとムチは非常に効率的に技能を習得でき、言われた事を学ぶ人間を育てるには非常に効率的です。
例えばニュージーランドは10歳くらいになるまでテストというものがありません。少数の先生と多数の生徒という関係はあるもののどちらかといえばディスカッションに力点が置かれていたり、アメとムチ的な関係性は弱く、より対等な関係性を指向しているように思われます。

あっくんみっくん

さて、このAIをはじめとする情報技術の目まぐるしい革新が起こっている世界で、アメとムチ、褒められる為に学ぶことが将来どんな役に立つでしょうか?
人に指示を出されたことを頑張る、それにより力を発揮する仕事は何でしょうか?
公務員や資格ビジネスなどは未来の社会の中でもかわらず存在すると思います。
しかし、AIとITにより相対的に少なくなっていく社会になると考えます。
反対に、人と比べず自分の興味のままにそのことを深く研究していく、深く繰り返していくことや、
今どんなに価値がないと思われることだとしても、思うがままに第三者の評価を気にせず突き詰め続ける事から生まれてくる仕事とは何でしょうか?

今までスタンダードだった仕事も技術革新によってコンピューターの行う仕事に変わっていくと同時に、今までなかった仕事を人間が作りだしていく、これからどんどんそんな社会になっていくと思います。
そんな10年、20年後の世界を想像しながら、子ども達の日常の中で単純に絵を描けた、単純に文字が少し早く読めた、単純に1つの楽器が少しできたから褒めるといった、単純な関係ではなく、その奥にある、それぞれの子が自ら工夫をして学んだとか、誰とも比べることなく没頭したり、楽器の音の不思議に魅せられ繰り返し学ぶ超集中の時間を送ったなど、一人一人の個性のベースになる人間性を形成してる時間だと認識しながら、そういった固有の経験を大切に保育士には子ども達と付き合って欲しいと考えています。

そしてそのため、hihatovではアメとムチ的な傾向の起こりやすいテクニックの習得や身体的発達を目的とするカリキュラムをなるべく人と比較しない少数のグループワークという形式で行ってみようと思っています。

そして何より子供達同士のネットワーク、自発的にできていく遊びから生まれる発想力や創作意欲を大切に2度とないこの時を名一杯楽しんでもらいたいと思っています!! 

台


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