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音楽制作業 OFFICE HIGUCHI 10周年までの道のり#5 〜バカソウル(前編) 銭湯での絶望〜

お世話になっております。代表の樋口太陽です。

会社設立前後の、思い出に残る仕事についてです。テレビ東京「バカソウル」という番組があります。2011年10月1日から2013年9月28日までテレビ東京系列で毎週土曜に放送されていました。

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「音楽 × 笑い」をテーマとした番組です。オフィス樋口で、こちらの音楽の大半を担当させていただきました。はっきりとした数字はわかりませんが、おそらく7〜8割ほどは、私たちが音楽を制作したかと思います。

実はテレビ番組となる以前に、その前身となったライブイベントが存在します。2010年夏に始まった「ダイナマイトバカソウル」というイベントです。

いわゆるリズムネタや音楽ネタを集結させたようなイベントですが、通常のテレビ番組で披露される芸人さんの歌ネタや、マジ歌選手権などとの違いとしては、クラブの会場にふさわしく大音量で盛り上がれる事を前提として、従来のリズムネタとは違い、オケを本格的にがっつりと制作する、という点かなと思います。

「音楽 × 笑い」というテーマのプロジェクトは、あまり前例がありません。具体的には想像できないまま、兄とともに第一回目のライブイベント用の楽曲を制作しました。結果、渋谷のclubasiaの大きなステージで自分たちのつくった音楽が流れ、芸人さんがそれを披露し、フロアいっぱいのお客さんが盛り上がります。上京したての僕にとって、贅沢な光景でした。

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好評につき、嬉しいことにその後も続いていくライブイベントとなりました。第二回と続き、第三回目は、今までよりも特にたくさんの曲の依頼をいただきました。音楽の制作はとても大変だったのですが、第三回目も、兄弟で協力してなんとか全て納品。イベントも大変盛り上がりました。

第三回目が終わっての後日、兄と二人で近所の銭湯に行きました。自宅兼オフィスとして家にこもって働きづめの僕たちにとっての、ささやかな打ち上げです。この時、僕は密かに期待していたことがありました。

あんなにがんばったのであれば、金額はいくらになるんだろう。

一般的なビジネスパーソンには、信じられないかもしれないですが、いくらの金額になるのかわからず話が来て、わからないまま仕事を進めて納品し、事後に具体的な金額を教えられ、ご請求する。

これが、当時の僕たちの普通でした。

当時、ギャランティの窓口は兄だったため、詳しい事はわからなかったのですが、やりきった感はすごくあったので、それの結果が楽しみだったのです。脱衣所で着替えていた時、兄の携帯が鳴りました。しばし話した後、電話を切った兄が一言。

「20万円やったわ・・・」

「えっ、全部で?二人分で?」

「うん、全部で・・・」

「そーか・・・」

音楽をたくさん制作した対価が20万円。どう思われますでしょうか。

いや、じゅうぶん高いじゃないか。

と思われる方も多いかと思います。音楽をつくってお金をもらえるなんて、幸せな事。少しでもお礼が頂ければありがたい。それが、一般的な認識だと思います。兄も僕も、当初はその認識からスタートしました。しかし、キャリアを重ねる度に、だんだんとこの仕事の難易度の高さや責任の重さに気づいて、少しずつ、プロとして意識が変わっていきます。この時期は、その過渡期にあたります。

具体的にどのような稼働だったかどうかまでは伏せますが、音楽プロデューサーは不在の状態で、直接芸人さんとの打ち合わせに行って、楽曲制作や歌の録音を行い、ミックスを仕上げ、音源編集や効果音なども担当し、あの曲数で20万円・・・。それは趣味であればご褒美のような金額ですが、音楽制作だけを生業にしている僕たちにとっては、絶望に値する知らせでした。

この脱衣所の電話によって、ポジティブな打ち上げのつもりで訪れた、銭湯の意味合いが変わってしまいました。兄弟二人で、肩を落として湯船に向かいます。忘れられない瞬間です。ここでひとつ、詠ませてください。


あなたが頑張った姿は、誰かがきっと気付き、認めてくれるだろう。
しかし、それの表現方法が「本件のギャランティの増額」
である可能性は、ほぼゼロである。


今振り返ると、こうなってしまった原因の心当たりがあります。この時の予算のカウントの仕方が、おそらく「1イベントあたりの音楽制作費」とされていた事です。1イベントで必要な楽曲が多かったから、こうなった。それだけの事です。

金額をカウントする単位にも色々あります。
時給の場合・月給の場合・年棒の場合
1楽器の演奏料・1曲ごとの音楽制作費・1イベントごとの音楽制作費

双方の条件がマッチするのであれば、単位はどれでもかまいません。ただ、この時は先回りして考える事ができる人物がいなかった。それだけの話なので、仕方のないことなのです。大事なところを人に委ねすぎた自分たちが悪いとも言えます。


・・・その後、数ヶ月経って、知らせが飛び込みます。

「ダイナマイトバカソウルが、テレビ番組になるらしい!しかも毎週レギュラー!」

めでたい話です。ただ、僕には懸念がありました。あの銭湯の時のような思いをしたくない。今回は、事前にしっかりと一曲ごとの制作費を定めた方がよいのではないか。

兄に提案しますが、兄は交渉をする事をものすごく嫌がりました。当時の僕たちは、自分で自分の値段をつけるという文化では、生きていなかったのです。しかも、当時の兄はよしもとの若手芸人。いちおう音楽制作会社の社長とはいえ、先輩芸人が関わるような音楽の制作費の交渉をするには、気が引けたのでしょう。

兄は、音楽制作の仕事で、今までに何度も肉体と精神を病んできました。一件ごとの金額が低い場合、負のループが発生します。音楽というものを趣味の延長と捉えている方には理解が追いつかないかと思いますが、仕事としての音楽制作費と心身の健康状態は、極めて密接な関係にあります。

一件ごとの制作費が低い場合は、何件もかけもちせざるをえない。時間を使うしかない。睡眠を削って稼働する。次の仕事の保証がないから、どんな話でも受ける。後押しする呪いの言葉は「仕事があるだけ、ありがたいことだから」低い予算で固まった自分の価値は自分で覆す事ができず、それを繰り返していく。

今までに兄が、心身を何度となく崩してきた様子を見てきた僕は、レギュラーでバカソウルが始まって、その金額が低い場合、これまでになくやばいことになるという予想をしました。めでたいレギュラー仕事のスタートは、継続的な絶望の幕開けである可能性があります。

しかも、予算に合わせてほどほどに手を抜いて制作するという方法論を僕たちは持っておりません。やるからには本気で取り組むしかない。ならば、予算を上げていただくしかない。

兄と話し合った結果、ついに意を決して、兄からプロデューサーに電話することになりました。

なんと、兄が上京してこれがはじめてと言える予算交渉です。一般的なビジネスパーソンには信じられないかと思いますが、兄は一度も予算交渉をした事がなく数年間のフリーランス生活を過ごし、会社を設立したのです。


・・・決死の電話の結果、1イベントごとという単位ではなく、1曲ごとという単位で行うこと。そして、少々の予算アップのOKを、無事にいただきました。


1曲あたり、たった数万円の予算アップですが、僕たちにとって大きな出来事です。中野のアパートで緊張の糸が解け、よろこびました。これで安心して、ポジティブな気持ちで、音楽を作り続けることができる・・・!


以上、世界にとっては、とても小さな小さな出来事ですが、これがクリエーター側から見た、リアルです。


当初は数ヶ月の放送予定だったバカソウルは、その後、好評につき延長しての制作が決まり、結果、予想外に2年間も続く番組となりました。

それは、もちろんたくさんの方々の尽力のおかげかと思いますが、この番組がクオリティを保ちつつ続けることができた理由の一つに、音楽制作者である僕たちへの適正金額を確保していただけた事は、番組存続において無視できない要素だったはずです。

仮に自分たちがクラッシュして降りたとしても、替わりならいくらでもいるのではないか? そう思うかもしれませんが、また次の音楽担当者も耐えきれなくなり、焼畑農業的に次々にクリエイターがクラッシュしていく事が予想されます。結果、生き残ってしまうのは低い予算なりの低いクオリティを出すクリエイターだけ。これが誰もが共通して納得する事であれば仕方ないですが、それはきっと制作陣だけでなく、クライアントやスポンサーも、望まない結果だと思います。

このトラブルを防ぐ策は、クリエイターへの予算を適切に把握し、マネージメントできる人物を配置することです。

コストを適切にマネージメントするとは、必ずしもむやみにコストを抑えることではありません。ここを誤解している方が多いと思いますが、

適切な箇所のコストは、適切にしっかり上げる 事が重要なのです。

クオリティを保ちつつサステナブルにプロジェクトを動かすのを目指す時、クリエイターの予算組みに関わる方々は、僕たちの銭湯での絶望の話を思い出していただければ、幸いです。音楽予算を確保していただいた関係者のみなさま、この場を借りて、本当にありがとうございました。

さて、安心して取り組むことができるようになった僕たちは、このバカソウルにて、1000本ノック的に「音楽 × 笑い」に向き合っていく事になります。


つづく



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