見出し画像

音楽制作業 OFFICE HIGUCHI 10周年までの道のり#9 〜母校の新たな校歌つくる仕事・・・プレッシャー半端ない〜

お世話になっております。代表の樋口太陽です。
2013年のある日、僕の小中学校のともだち、切島英一くんから電話がありました。

「近所の〇〇さんが、お前に新しい校歌つくって欲しいっち言いよったぞ」

ちょっと何のことか、よくわかりません。

よくよく聞くと、僕たちの母校である田川市立猪位金小学校と田川市立猪位金中学校が合併し、1年生から9年生までの新たな小中一貫校、猪位金学園(いいかねがくえん)として生まれ変わるにあたって、小中どちらかの校歌の一方を引き継ぐのも違う・・・ので、新しく校歌をつくろうということになり、それを僕が手がけたらいいんじゃないかという話が上がっている、とのこと。学園という名前だと私立っぽく感じるかもしれないですが、公立です。
 
公立で、このような9年制の形態をとる学校は全国的に見ても今のところ少ないそうです。自分がいちおう、プロの作曲家として活動している事が関係者の耳に入り、このお話をいただいたのだと思います。

ここでひとつ、いつか音楽の発注に関わる可能性がある方にお伝えしたい事があります。

「東京で音楽制作の仕事をしている卒業生」だからといって、どんな音楽を頼んでも何とかなるかというと、全くそうでもありません。

音楽の世界は広く、どうしてもジャンルによって得意、不得意があるので、その学校の卒業生がこれからずっと歌い継ぐであろう新たな校歌をつくるにふさわしい人選である可能性は、極めて低いです。ここは卒業生である事にはそこまでこだわらず、このジャンルに対して最適な方をアサインするべく、広い視野を持って全国を見渡して探した方がよいかもしません。

・・・しかし、それは今の自分だからこそ言えること。若かりし当時は自分が適役であるかもよくわからないまま、

えっ、僕でいいんですか、はい、もちろん!やりたいでーす!!

という能天気な気持ちでした。


ちなみに、以前の小中それぞれの校歌はこのようなものです。
※猪位金学園HPより抜粋

スクリーンショット 2021-09-11 0.24.15

http://kyouiku.joho.tagawa.fukuoka.jp/HPIKNS01/info/song_syou.html

スクリーンショット 2021-09-11 0.24.50


http://kyouiku.joho.tagawa.fukuoka.jp/HPIKNS01/info/song_chuu.html

歌詞を見れば、今でもスッと歌えます。校歌って、そういうものですね。

さて、これに替わるものはさて、どうやってつくればよいのか・・・。いわゆる校歌っぽい楽曲は普段の仕事の経験を活かしてつくれそうですが、今回は雰囲気として「校歌っぽい」が達成できればOKなわけではありません。本当に長年歌い継がれる校歌の役割を果たすものをつくらなければならないのです。
 
猪位金小学校が出来たのは明治9年とのこと。140年ほどの歴史に幕を閉じ、小中一貫校「猪位金学園」としてうまれ変わります。2014年から始まる学園が存続する限り、おそらくずっと生徒に歌い継がれるものになる予定です。それにふさわしいものになるよう、学校の先生とだけでなく、田川市の教育委員会やPTAのみなさまにも了承をとりつつ、進めていくことになります。

うん、よくよく考えたら、プレッシャー半端ない。

まずは、歌詞をどうしようか。校歌の歌詞というものが、どうやって形づくられるのか、今まで考えたこともありません。僕は自身のアーティスト活動においては作詞を行いますが、クライアントワークの仕事で作詞を手がけることは基本的にはありません。プランナーやコピーライターなど、企画に深く関わっている方が手がけることがふさわしいと思っているからです。例外として、全貌をしっかりと把握しているもの、特別に思い入れのあるものであれば、作詞も手がける事もあります。今回は母校の校歌という事で、その例外的なケースでした。

話が動き出した始めの段階で「生徒たちが歌詞に入れて欲しい言葉を書いたから、それを渡したい」という連絡を学校よりいただきました。最初のとっかかりとして、心強いかぎりです。東京から福岡へ帰省。実家のすぐ近くの校舎で打ち合わせを行い、その場で生徒たちの言葉を書いた書類を受け取りました。これらを組み合わせていけば、きっとなんとかなるだろう。

しかし、それを東京に持ち帰って読んだ後、僕は考え込んでしまいました。それは、あまりにもまっすぐな現役生徒たちの言葉。これらを組み合わせて歌詞にするのは、新たな学校ができる記念となる歌をつくるような企画だと、よさそうだ。ただし、これから長年ずっと歌い継がれていく校歌としては、ちょっと重みが足らないものになる。しっかり考えた結果、せっかく書いてくれたのに、ほんとうに申し訳なかったのですが・・・現役生徒の言葉を組み合わせていくという計画は諦める事にしました。改めて、この歌詞がどういうものになったらよいのか考えます。


・自分の言葉で、卒業生として伝えたいことを描く。
・表現は堅すぎず、
難しすぎず、それでいて深く。
・覚えやすく、自然と口ずさめるような歌。
・校歌としての威厳は保ちつつ、決してポップソングにはならないように。
・単なる「校歌っぽい」というだけでは終わらない、自分が生徒だったとして素直に「すごくよい曲だな」と思えるような歌。
・奇をてらわず、年月が経っても耐えうる普遍的な歌。
・自分の作品としても、一生残るものとして後悔しないような歌。


依頼主からのオリエンがこれだったわけではなく、あくまで自らで設定した自分に向けてのディレクションではありますが・・・

うん、やっぱり、これでもかっていうぐらいプレッシャー半端ない。

でも、そこは自分が通っていた母校のこと。目指すイメージは自分の中でわりと明確にできていって、実際はあまり考え込まず、回り道はせず形になりました。僕は、小中学生の時、将来の事など具体的には何も考えず、好きな音楽という道にのめりこみました。それが思いもよらない形で身を結び、この校歌を手掛けるまでに至っている。同級生たちも、思いもよらないような地で、思いもよらない仕事をして、思いもよらない人生を歩んでいる。今は想像できない無限の可能性が、待っている。このことは、現役の生徒である時期にはまったく実感できないことですが、卒業生の自分がひしひしと感じているリアルです。いち卒業生として、そのことを歌にしようと思いました。

歌詞とメロディーは、同時進行でつくりました。歌詞の初稿はこちらです。

猪位金学園 学園歌 歌詞 初稿-03

第一弾デモ音源を、特別にここに公開します。子どもたちが合唱することをイメージしつつ、仮歌を重ね録音して、形にしました。



なお、この時、これ以外のタイプは用意しておりません。

気合いの、1タイプのみ提出です。

通常のクライアントワークであれば、何が正解かわからない部分もあるので、複案も必要になったりしますが、この件は母校で特別思い入れがある仕事だけに、他の案は考えられませんでした。

デモをお渡しした後、関係者からお戻しをいただきました。
 
基本的には好評。ただ、校歌らしく「金国山」や「猪位金川」などの固有名詞を入れた方がよいのではないか。 

まず、曲自体は概ねOKをいただいた事にホッとしたのですが、山や川の固有名詞を入れることには抵抗がありました。なぜかというと、自分自身、そういった名詞には、そこまで思い入れはない。学校生活の方にこそ思い入れがあるのです。歌詞に入れることはできるが、いわゆる「校歌っぽさ」に寄りそうで、真に生徒に愛される普遍的な楽曲を目指すのであれば、弱いものになってしまう予感がしました。つまり「すごくよい曲」を目指すのであれば、ノイズになる部分はないほうがよい、と思ったのです。できれば固有名詞は、最後の「ここは猪位金学園」だけに留めておきたい、とお願いをして、了承を得る事ができました。

その後、細かなところの最終調整をしつつ、いよいよ曲が固まりました。普通であれば歌詞とピアノ譜面と練習用のデモ音源があれば校歌の役割としては事足りるので、仕事としてはほぼ終わりです。しかし、今回どうしてもやりたい事がありました。しっかりとした録音作品として、音源を形に残すことです。長いレコーディング作業がここから始まります。

ここから先のピアノアレンジとピアノ演奏は、清野雄翔さんにお願いしました。学校の音楽の先生が弾きやすい事も考慮しつつピアノフレーズを精査していただきつつ、東京のスタジオでグランドピアノの生演奏を収録しました。

画像1

問題はボーカルです。デモは大人の声で形にしていますが、大人の声のまま進むのは、もちろん違う気がしました。東京で、ゆかりのない子どもたちに歌ってもらうのも、違う。やはりここは猪位金の地で、猪位金の子どもたちに歌ってもらう以外には考えられない。終業式に帰省して、出張レコーディングすることにしました。


普通にみんなで一斉に歌って録音すると、完成度を上げるためのその後の細かい編集ができない。だから、一人ずつヘッドホンをかけて、一人ずつディレクションしつつレコーディングを行う形式にしました。こうなると、時間の問題で全員での収録は現実的に厳しいので、選抜メンバーを募ります。小学校1年から中学3年まで、各学年男女2人×9学年=合計18人に参加していただきました。

当日の写真がありました。



画像2


おそらくほとんどの子どもたちは、こんな風に歌うのは産まれてはじめてでしょう。一人ずつの持ち時間はあまりなく、10分〜15分ぐらいしかなくて少し不安でしたが、しっかり練習してきてくれていたおかげで、どの子たちも、素晴らしいテイク!

この子は、野球の練習前に駆けつけてくれたようです。こんなシーンなかなかないですね。

画像8

ちなみに、この場所は、猪位金小学校の音楽室。終業式までの全ての授業が終わり、廃校になるという時期に行いました。この音楽室の小学校としての最後の利用方法が、このレコーディングだったわけです。

そしてしばらく経ったあとにこの猪位金小学校は、「いいかねパレット」という施設に生まれ変わるわけですが、それはまた別の機会に。


子どもたちの声素材を東京に持ち帰り、そこから時間をかけて細かなミックスを施し、ついに完成しました。音源は、こちらで聴くことができます。




いよいよ迎えた、2014年4月の開校式では、僭越ながらあいさつをさせていただきました。

画像9

その時の原稿が出てきました。今読んでも同じ気持ちなので、ちょっと長いものですが掲載させていただきます。


猪位金学園のみなさん、こんにちは。僕は、17年前に猪位金小学校、14年前に猪位金中学校を卒業しました。このたび、みなさんがこれから歌っていく新しい校歌、「猪位金学園 学園歌」をつくらせて頂きました。今から少し、学園歌についてのお話をさせて下さい。

僕は、小さい時からずっと音楽をやっていました。猪位金小学校の校歌のピアノを弾いたこともありました。中学校の時からはバンドを始めて、ドラムをたたいたり、ギターを弾いたり、歌ったり、そういう事ばかりしていました。それしか取り柄はありませんでした。

僕は将来、ぜったい歌手や作曲家になりたい! と思っていたわけではなくて ただ、音楽をやる事が楽しくて、毎日そんな事をしていました。大人になって、この猪位金学園歌をつくるのは、まったく予想していなかった事でした。

なぜこんなことになったのか今になって考えてみたのですが、僕がやってきた事は、ひとつの簡単な事です。ただ目の前の人を少しでもびっくりさせようと思って、それをひとつずつきちんと続けていく事です。そうすれば勝手に自分が考えもつかない色んな事がおこります。

今から先、いろんな出来事が待っているみなさんへ、そういう思いをこめて、学園歌の歌詞をつくりました。歌詞の中から少し。

ひとつひとつ光る青葉
これは、皆さん一人一人の事です。山の緑のように、遠くから見るとひとつの色に見えるかもしれません。でも、近づいてよく見ると、一人一人が少しずつ違う色や形をしていて、それの集まりで木や山が形づくられています。

見上げる度色づく空
これは、時の流れの事です。夕方の空は、一瞬ごとに色を変えていきます。この猪位金学園からは、空がとても広くきれいに見えて、その色の変わり方を見るのが好きでした。

私たちの道彩る 幾重なる無限の粒
一人一人が違う色を持っているみなさんと、一瞬ごとに違う色をみせる空の色の組み合わせ。その数は無限です。今はよくわからないかもしれませんが、無限の可能性が皆さんの日々を彩っています。

今日の学び 今日の遊び 星の間によく混ざれ 明日未だ見ぬ色になれ
学びと遊び。どちらかひとつでは、新しいものは産まれません。一日の学びと遊びが、みなさんが眠る間によく混ざって、次の日には見たことのない新しいものになる という意味です。

猪位金学園は、出来たての新しい学校です。だから、みなさんからどんなものが産まれ、どんな学校になっていくのか、僕はわかりません。先生たちや、親御さんも、たぶん、わかりません。

この新しい学校をつくっていくのは、みなさんたち自身です。
びっくりするほど、良い学校にしてください。
猪位金学園をよろしくお願いします。


この数年後、立派な額が出来て、体育館に掲げられたとのお知らせをいただきました。

taiyo-155猪位金学園歌-retake_S


猪位金学園は田舎の小さな学校。でも、毎年、毎年、生徒が入学し、はじめにこれを覚えてくれる。そこから9年間、歌ってくれる。今から歩む歴史を考えると、たくさんの生徒の思い出に関わることになるでしょう。猪位金の子たちが一生覚えているかもしれない歌に携われたことは、とてもうれしい事でした。
 
 
こんなにも大事な楽曲制作に、若い僕を抜擢していただいた猪位金学園のみなさま、田川市教育委員会のみなさま、PTAのみなさま、そして、歌い続けてくれている猪位金学園の子どもたち。この場を借りて、ありがとうございました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?