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音楽制作業 OFFICE HIGUCHI 10周年までの道のり#32 〜向き合わざるを得なかった言葉たち。タグライン篇〜

お世話になっております。代表の樋口太陽です。

オフィス樋口には、今までにタグラインなるものは存在しておりませんでした。聞き慣れない方もいるかと思いますので、注釈です。

タグラインとは、「その企業のコンセプトや理念を表したり、その企業や製品、サービスがどんな価値を提供しているか」を端的にあらわす言葉です。

※下記URLを参照しました。

NIKEだと「JUST DO IT」、ニトリだと「お、ねだん以上。」みたいなものですね。

会社設立時には、社会人になるためだけの目的で、形だけ会社にしたぐらいなので、何もないのは当然のことです(#1参照)。

しかし、8周年を迎えるこの時、今さらながらタグラインっていうものがいるんじゃないか?なんかビジネス的なWeb記事にもよく「タグライン」とか「ビジョン」とか「ミッション」とか「バリュー」とか「クレド」とか書いてるし。なにもないよりは、あったほうがいいだろう。あったほうがモテそうだし。そんな安直な理由で、いっちょタグラインでも考えてみようという事になりました。

※ちなみに、今回の内容は、英語に親しみのある方なら楽しめるかもしれないですが、英語に興味のない方にとっては、何を言っているのかまったくわからない回になりそうです。

1.英語しばりでいこうと決める


まず、ぜったいに英語でいこうと思いました。これに大した理由はなく、

日本語が書いてあるTシャツより、英語が書いてあるTシャツの方が、イケてるっしょ

というぐらいの動機です。株式会社オフィス樋口っていう、なんかお堅い企業のような名前だから、タグラインぐらいは英語じゃないとバランスとれないかなという感覚もありました。

当時、自分で記したメモが残っていました。

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英語がわかる方にとってはメチャクチャだと思いますが・・・あくまでWeb翻訳をフル活用しつつ思いつきを並べただけです。

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ちなみに、僕は英語があまりわかりません。普通に中学高校で習って、受験勉強で単語を覚え、海外旅行に何回か行った時だけ、少しだけ使ったことがあるぐらい。ごく普通の日本人です。自らここまで英語に向き合ったのは初めてです。

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とにかくアイデアを出しまくります。

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基本的には、「音楽って、めっちゃ大事で、おれたちはその大事なやつをつくってるよ!」というようなことが言いたいのですが、よくわからなくなってきました。

ここで、Webサイトに以前より載せていた、ステートメントの文章を思い出します。

私たちは、音楽をつくる会社です。

音は、目に見えず触れることもできない、ずいぶんさっぱりとしたものですが何十年も耳に染みついて離れない、実にしつこいものでもあります。

私たちは、つくり続けます。
あなたの記憶の片隅でずっと鳴り続けるような、音たちを。

これは、2015年の時、入社直後のマネージャー小寺さんに「会社を表す、なんかいい感じの文章ください」との指令を受けて、僕が書いたものです。これぞまさに、

音楽って、めっちゃ大事で、おれたちはその大事なやつをつくってるよ!

を表すことです。時間が経って見ても、悪くない文だなと思ったので、これを一言に短くしたものにしよう、と思いました。日本語でいうと・・・

あなたの耳に、ながく。

という感じでしょうか。あとは、これを英語にすればよいだけ。うっしゃ、オツカレした!

・・・ここからが本当に果てしない英語の旅の始まりだということは、その時は知る由もありませんでした。

2.とにかく複数の人に、たずねてみる


最初に、適当にWeb翻訳を使って自分なりに英語の形にしてみたものが

With your ears, with for years.

With many years, with your ears.

We with you for years, with your ears.

などです。たまたま、 ears years が、かかっているのも、きっといい感じじゃないかなと思いました。

まずは、かつてのオフィス樋口のプロデューサー、木村亮一くんの実のお父さんである、木村康治さんに尋ねます。木村康治さんは僕の地元、福岡県の田川に住む英語の先生ですが、その昔ポールマッカートニーとコミュニケーションを取りたいという一心で英語を習得し、その歌声も含めて"日本のポールマッカートニー"と呼ばれ、NYのカーネギーホールに出演した事もある人物です。

木村康治さんいわく、言いたいことはわかるけど、文法的にはちょっとおかしいところがあるので、

Grip on ears for years.

とかだと、どうか、ということでした。「耳に残る」という言葉の言い換えですね。同じ内容でも、言い換え方があるものだなぁ、と勉強になります。

次に尋ねたのは、友人であり、インド人の映像ディレクターである、Hemant Singhです。彼はヒンディー語がメインではありますが、英語も使いこなします。

彼と、奥様である Nodoka Singh さんの意見を合わせると、Grip on ears だと物理的に耳をつまむような印象があるとのこと。Nodokaさんとメッセージでやりとりする中で、

We stay in your ears.

などの言い換えが、新たに登場しました。記憶に残るということを、耳にとどまると表現したようなニュアンスですね。

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こんな感じで相談を進めます。

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さて、なんかよくなってきた気はしますが、他の人にも尋ねてみよう。

次に声をかけたのは近所に住んでいた、Gavan Patrick Grayさん。彼はアイルランド人で、日本で英語を教えています。彼に聞いたところ、

We stay in your ears.

は、耳に何かゴミが詰まったように感じる、とのこと。うーんやっぱりそうですか・・・。

「ずっといるよ」というのを言い換えるならば、耳じゃなくて心ということで・・・

Always in your heart

ならば、わかる。とのことでした。

しかし、ここで日本人の僕の視点でいうと、heart だと、どの業界にも当てはまる印象。あるあるな感じな印象を受けてしまうので、なんとか、サウンドを扱う自分たちに特有のワードである、ears が、なんとかして使えないかなぁ、と思いました。ちなみに、music sound という直接的な単語を使う事は、できればしたくありませんでした。ここで、うっすらと感じてきたことがあります。

これ、予想以上に難しいのではないか・・・

日本人の自分の感覚にも個性的に感じて、英語ネイティブにとってもおかしくなくて、しかもフィーリングがよいもの。そんなものあるのだろうか?

しかし、僕はぜんぜん英語が出来ないとは言いつつも、英語のフィーリングは、少しは備わっているのだなぁと実感します。たとえば「あなたの耳に、ながく。」をアラビア語にするためGoogle翻訳にかけるとこうなります。

طويل في أذنيك.

・・・これのフィーリングの判断をしようとしても、全くわからないのです。それに比べると、英語の場合は、なんとなくでもフィーリングがわかります。ごく普通の日本人である自分がわかるのであれば、他の日本人にもわかるということ。やはり英語だからといって手は抜けません。

さて次に、妻の姉である、麻衣子さんに尋ねます。麻衣子さんは、世界展開のホテルでVIP専門のマネージャーをしていました。もちろん英語はペラペラで、海外のセレブ、ハリウッドスターと直接コミュニケーションをとるような立場の方でした。

麻衣子さんいわく、外国人にとっては、「耳」に残るというのが、ピンとこないのではないか。

The music stays with you.

That music is stuck in your head.

とかだと、どうか?ということでした。うーむ、やはり ears だとイマイチなのか・・・。music はやっぱり直接的に感じるし、どうしよう。

次に、仕事のご縁で、このころ飲みの席をご一緒させていただいた、諸星菜緒さん、濱野高幸さんに「今、こういうことをやっているのですが、本当に難しくて・・・」と漏らしたところ、今、アメリカにいる柴田なつみさんという方に、聞いてみようか?と、ありがたい提案が。候補をお見せして意見をいただき、

Grip on your ears for years.

With your ears, for many years.

あたりだと、よいのではないか?という話になりました。ちょっとずつの違いだけど、よし!ようやく見えてきた!

3.どんどんわからなくなってくる


さらに、いろんな方に尋ねます。次は、妻の友人である今井陽一さん。タイムリーに英語のレッスンを受けていたので、先生に聞いていただけるとのこと。ありがたい限りです。

今井さんが、英語の先生であるAndy Utechさんに尋ねていただいたところ、

With your ears, with for years.

We stay in your ears for years.

が好評だったとのことです。えっ、ボツかと思っていたものが復活!?
さらに迷ってしまいます。しかし、また違う外国人の先生に聞いていただいたところ、その方からすると、全ての候補がボツだとのこと。残るのは、やっぱり耳ではなく頭だということです。同じネイティブスピーカーでも、人によって許容範囲が全然違います。

アートに造詣がある方には、文法的に少々おかしくてもOKな範囲が広く、英語の先生に寄っている方だと、文法の正しさの方を求める傾向がありそうでした。どちらが正解ということでもありません。

ears を使うのであれば、これならばどうかと提案していただいたのが

Music to your ears.

・・・ですが、ミュージックが耳に行くというのは、普通なことなので、タグラインとするとひねりが必要なのかもな、と、僕の感覚では思ってしまいます。

このころ、知った情報があります。マクドナルドの世界的に有名なタグラインである

I’m lovin’ it

は、文法的には正しくない文だそうです。衝撃の事実。考えてみれば、日本語のタグラインも、文法的に完全に正しいものは、普通のことばになるので、ひっかかりがない。普通使わない少しおかしい表現だからこそ、響くものになるということですね。

しかし、英語だと、その微妙なバランス感覚がわからない・・・。
わかりません。わかりません。わかりません。

今井さんとやりとりする中で、考えてみれば、Appleの有名なタグライン、
Think different.
は、シンプルだよね!

という言葉をいただき、シンプルにするならばどうだろうと、苦し紛れにふと思いついたのが・・・

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To many ears, for many years.


語感はよい感じがしますが、これでいいのかはちょっとわからないので、また誰かにたずねなくては・・・。考えてみれば、このようなことは、英語ネイティブの本職のコピーライターに任せるべき領域でした。この時に相談をしていた方々は、あくまでご好意でアドバイスをいただく、という立場だったので、何か別案をくださいなどとは、とても言えるものではありません。

この時、コピーライターと呼べるのは・・・なんと、英語もわからなければ、タグラインのコピーライティングの経験のかけらもない僕がコピーライター。そりゃあ大変なことだったのです。

4.最後の決め手は・・・


次に尋ねたのは、藤田恭平さん。当時、藤田さんは、Cutters Studios Tokyo という、ロサンゼルス、デトロイト、ニューヨーク、そして東京に拠点のある、外資系の映像プロダクションに在籍していました。

ありがたいことに、この悩みに、とても興味を持っていただけました。そして、この人なら適任かも!という事で、紹介いただいたのは、Sam Billenさん。

えっ、Sam!

実は、彼とは以前会ったことがありました。うちのオフィスに遊びに来ていただいた時の写真ですが、中央がSamです。

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彼は、アメリカ人の音楽プロデューサー。Primary Color Music というアメリカの音楽プロダクションの代表です。日本語も流暢で、日本のCM音楽でも、とても素晴らしい作品をたくさん手掛けています。

確かに、ネイティブスピーカーであり、現役で広告音楽の仕事をやっている彼なら、一番リアルなコメントがもらえるかもしれない。

最終的に、残った候補はこちら。

With your ears, with for years.

Grip on your ears for years.

We stay in your ears for years.

We stay in your ears.

In your ears all the way.

Stay in your ears.

With your ears, for many years.

With your ears. For many years.

To any ears, for many years.

In your ears, for many years.

To many ears, for many years.


もうこれでダメだったら ears は諦めて、 music sound headheart を使うしかないのか・・・。

Samがコメントを書いたものを藤田さんに訳していただいたものがこちら。
さて、結果は・・・

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日本人の僕から見ると、ほとんど変わらないような単語の組み合わせなのに、ひとつひとつ、コメントがぜんっぜん違います。

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そ、そんなつもりはないんですけど・・・

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ほんと色々あるもんですね。

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実際に海外の方に見られる機会は、そんなにはなさそうとはいえ、ここまでの印象の差が出ると、英語、というか全ての外国語は、テキトーに扱うとだめなんだなと、実感します。

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あれっ

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Really??

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パ、パ、パ、、、パーフェクト!? 

うん、よくわかんないけど、Samがそう言ってくれるならコレしかない!やったー!

その後、いちおう今まで相談をしていた方々に報告をして最終確認しますが、これだとやはり一番よい印象とのこと。こうやって、何もわからない状態から始まった、英語しばりでのタグラインづくりという無謀な旅は、たくさんの皆様のご協力により、ついにひと段落を迎えました。

5.デザインをどうするか


言葉は決まりました。

To many ears, for many years.

読んでみた響きもよいし、見た目もよい気がします。デザインとしてもよい形に落とし込みたい。#31の求人広告でも実感しましたが、言葉だけでなく、ビジュアルの表現がどのようなフィーリングになるかも、大きく印象に関わります。これをよい形にするまでは、この旅は終われません。

フォントをどうするか・・・いや、これはなんとなく直感で手書き文字がよいな、と思いました。手書きでかっこよい文字を書くならばこの人、という方がいました。詩人・グラフィックデザイナーのウチダゴウさんです。

彼との出会いは、このイベントでした。

#25でも登場する、清水貴栄さんのコラージュ作品の個展です。清水さん繋がりで巡り合った長野県に住むウチダさんは、センスほとばしる方。すぐに意気投合しました。

ウチダさんの活動を見て、ウチダさんがかっこいい文字を書く事を知った僕は、後日、長野の新居に遊びに来ていただいた時に「WiFiのパスワード、まだ決めてないんですよね〜」という話になり、ウチダさんに、その場でWiFiパスワードを家の壁に書いていただくという事がありました。

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30年ローンを組んだ新居の真っ白な壁に、黒マジックで一発本番でWiFiパスワードを書いていただくという、考えてみればそうとうなプレッシャーのキャンバスです。それをやっちゃってくださいと言えるほどに心を許したクリエイターのウチダさんに、ここはぜひタグラインの文字を書いていただきたい、というお願いをしました。届いたものはこちら。

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こんなものも。

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うわーぜんぜんニュアンス違うけど、どれもカッコいい!どれも素晴らしくて迷う!ほんとうに悩ましい選択だったのですが、会社のロゴデザインとの相性も見つつ、「for many years」だけに長年愛せそうな、みっつめに決定しました。

8周年という言葉を添えて、サイトに期間限定で載せたグラフィックはこちら。

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こうやって、長い旅路は終わりました。

ここで僕が学んだこと。それは「英語って難しい」というだけの話ではありません。

それは、自分の感覚が全てでないこと。自分だけだとどうしてもわからなくて、他者に委ねなければ到底わからないフィーリングというものが、この世に存在することです。

目指すのが、文法的に間違っていない"正しい"英文をつくることだけならば、きっとこの仕事はすぐに終わったでしょう。ただし、個性的かどうか、よいフィーリングかどうか、イケているかどうか、という要件も同時に満たすものとなると、途端に難問に変わります。

正解、不正解という二択ではくくれない、フィーリングを判断すること。これこそが機械ではなく、人間が担当すべき仕事だと思います。

僕のこの時の経験は、言語によるフィーリングの違いでしたが、それ以外のもの・・・ダンスでも、絵でも、音楽でも、倫理でも、世代間の壁でも。今後きっと自分の感覚だけでは、まったく判断がつかない分野にぶちあたる事があるでしょう。

その時に、自分のフィーリングは真ん中に置きつつも、決してそれだけが全てだと思わないこと。同じ時代を生き、周りにいて相談にのってくれた人のフィーリングを信じて受け入れていくことが、自分を一歩先へと進めることに繋がるのだと思います。

このタグラインは、この時に関わってくださった全てのみなさまの力が合わさって出来たものです。みなさま、この場を借りて・・・Thanks a lot.


Advisers:
Kyohei Fujita
Sam Billen
Nao Morohoshi
Takayuki Hamano
Natsumi Shibata
Hemant Singh
Nodoka Singh
Gavan Patrick Gray
Kumiko Gray
Koji Kimura
Yoichi Imai
Andy Utech
Maiko Sugi
Kesuke Sugi

Graphic Design(Hand Writing): Go Uchida

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