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今日の一曲 #6【きかいにおまかせ / 家主】

※注意
 当記事は投稿者の個人的な見解と自己満足によって成り立っています。「自分語り乙」「隙自語」といった具合にアレルギー反応を示す方にはブラウザバックを推奨します。


 2023年もあと2週間ばかりで終わる。子どもだった頃は家の裏山の色合いや登下校中に吹く風の冷たさから年の瀬を感じ取ったものだけど、大人になった今は仕事の繁忙度合いと、Apple Musicが集計する年間Replayをチェックすることで1年の終わりを実感している。

 今年もたくさんの音楽と巡り合ったけれど、最も印象深い出会いは何かと聞かれたら真っ先に『家主』が頭に浮かぶ。彼らとの邂逅は今年の1・2を争う衝撃だった。
 最初に聴いたアルバム『生活の礎』は、日常の何気ない一コマから切り抜いた言葉たちをシンプルなロックサウンドに乗せて歌っている。そんなキャッチ―な楽曲たちは日々の暮らしによく馴染む一方で、ずば抜けた演奏テクニックとボーカルの美しいハーモニーが“平凡”を“特別”に変える魔法となって日常に彩を添えてくれる。まさしく日々の生活の礎となる活力が漲ってくるような名作だ。


 ただ、僕が家主と出会った直後にリリースされた「きかいにおまかせ」に関しては最初はそれほど熱心に聴くことはなかった。なにせバンド自体と出会ったばかりだったので、まだ1stアルバムの沼から抜け出せていなかったのだ。

 この曲が刺さったのはつい最近のこと。職場での異動がきっかけだ。
 異動後の最初の月はまだ簡単な業務だけに従事していたから特に不備もなく仕事にあたることが出来ていたのだが、徐々に任されることが増え始めた11月あたりからボロが出始めた。中途半端な経験が逆に裏目となり、つまらないミスを連発した。僕を見る上司の目が日に日に灰色になっていくのが分かる。焦りはさらなる失敗を誘発し、今月に入ってから遂に大きなミスをやらかした。具体的には言えないが決して小さくない損失を生んだ。

 落ち込んだってどうにもならないし、いくら反省したそぶりを見せたって損失は返ってこない。ダメな自分に辟易する暇があったら一日でも早くミスを取り返すくらいの働きを見せるべきだ。それが毎月給料を貰って働く正社員としての当然の責任と義務なのだから。
 そんなことは分かっているのだけれど、ミスが発覚した日は何にも手が付かなくなるくらいに落ち込んで、退勤後はイヤホンで耳を塞いでがむしゃらに音楽を聴いた。こういう時に聴く音楽は僕を元気づけてくれているようで、ただ現実逃避の道を敷いてくれているだけにすぎない。音楽を聴いただけで救われる絶望なんて所詮は取るに足らないものなのだと思う。
 それでも辛くなった時に何よりもまず音楽を聴きたくなるのは、例えばいくつになっても親の前では甘えてしまうのと同じで、昔からの習慣が植え付けた本能なのだと思う。そうして本能的に縋ったものにいとも簡単に救われてしまうのは、滑稽だけれどすごく幸せなことだ。


 自分語りはこの辺にして曲の話をしよう。

 イントロはまさしく機械音といった感じのキンキンしたギターが特徴的だ。その後に「じゃかじゃーん」というストロークと共にベース・ドラムが入ってくるところは、家主らしい王道ロックの風格がある。
 曲の展開はそれほど多くあるわけではないが、そのぶんギターソロの暴れっぷりが光っているような気がする。上手くいかない自分が嫌になってむしゃくしゃしている姿を想起させるような感情的な音だ。
 家主はライブでかなり大胆なアレンジをするバンドという印象なのだけれど、この曲はどんな風に演奏するのだろうか。まだ彼らのライブには足を運んだことがないので、来年には是非その答え合わせをしてみたいものだ。

 歌詞に関しては特に好きな箇所が2つあるのでそれぞれ引用したい。

なにも頑張らなくたって
思い通りに行くなんて
俺はもっとずっと頑張りたいのに

きかいにおまかせ/家主

 仕事の中で何よりも堪える瞬間は、自分の力がなくともすべてが滞りなく進んでいく時だ。
 例えば自分がミスをしてそれを取り返そうとしても、上司や先輩から「なんとかしておくから自分の仕事に戻って」と突っぱねられて、結果的には僕が尽力するまでもなくすべて片付いてしまう。会社としては結果オーライなのだけれど、そんな瞬間がいちばん自分の立っている場所を見失わせる。僕に実力が及ばないから上の人たちが助けてくれたのだと分かっていても、「この局面こそ自分に頑張らせてほしかった」なんて生意気なことを考えてしまう。
 どうしようもない自分を嘆く音楽にはたくさん出会ってきたけれど、実力と熱意が釣り合わないもどかしさまで描き切った曲は少し珍しいのではないだろうか。実際の趣旨とは若干ズレているかもしれないが、この“空回り感”を歌ってくれたことがすごく救いになった。

明日になんなきゃダメそうだ
使い物になりそうにないのよ
今日はひとまず再起動

きかいにおまかせ/家主

 共感の一言に尽きる。こういう時あるよなって田中ヤコブに言いに行きたい。
 平日の夕方はいつもこんなことを考えながらなんとかデスクにへばりついている。しかもシャットダウンではなく“再起動”と書いちゃう辺りにセンスを感じる。その日が無事終わったって明日・明後日は容赦なくやってくるし、毎日を生きるのに精いっぱいな上にさらに先の人生も見据えて生きていかなければならない。大人にシャットダウンするゆとりなどないのだ。

 未聴の時分に曲名だけ見た時は坂本慎太郎の「あなたもロボットになれる」が思い浮かんだが、この曲にはそんな皮肉めいた雰囲気はない。不器用ながらも懸命に生き続ける人の気持ちをそっとほぐしてくれるような、疲れたらきかいにおまかせしちゃおうかなって思わせてくれるような優しさで、僕たちの頼りない背中を押してくれる。
 ここまで散々語ったけれど、もしも家主のメンバーがこの記事を読んだとしたら、「なんだか随分と大層な解釈をしてくれたんだなあ」と苦笑いしていそうな気がする。むしろ家主にはそういうバンドであってほしい。


 この記事が公開された2日後には当楽曲が収録された3rdアルバムが配信でリリースされる。シングルカットで先行リリースされた「オープンエンド」「SHOZEN」も好みだったので、年末年始も家主に肩まで浸かって過ごすことになりそうだ。

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