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最後は会ってさよならをしよう/神田澪

「彼の財布から名刺がはみ出ていた。
名刺入れは別に持っているはずなのに。
「それ誰の名刺?」
机の上に置かれた財布を指差すと、彼はわかりやすく狼狽えた。
「こ、これはお守りというか」
まさか何か隠しているのか。
問い詰めると、渋々こちらに渡した。
数年前の、ただの取引先だった頃の私の名刺だった。」(p.12)
「君は誕生日が来るたびに花束をくれた。
カーネーションに薔薇、スイートピーに鈴蘭。
驚かせるつもりだろうが、
いつも車の後部座席に大きな包装が見えていた。
不器用だけど正直な人、
けれど今年の誕生日、後ろの席に花束はなかった。
交際5年目。
「もう、恋人はやめよっか」
差し出されたのは指輪だった。」(p.68)
「「お手紙をくださいよ」
私がそう頼むと夫はいつも困った顔をする。
「いいのか?せっかくの誕生日なのに」
「ええ」
それでも夫は下を向く。
「俺は文章が下手だし」
「構いませんよ」
年に一度のわがまま、
好きだなんて言わなくなったあなたが、
手紙の最後には必ず『ずっと一緒にいてください』と書くから。」(p.75)
「「絶対開けないでね」
彼女は僕に封筒を渡して言った。
「私のどこが好きかわからなくなるまで」
春、彼女は地元を離れた。
お互い初めての遠距離恋愛。
新鮮だった夜の通話は、すぐ物足りなくなった。
僕は冬が来る前にあの封筒を開けた。
中のカードにはこう書かれていた。
『最後は会ってさよならをしよう』」(p.77)
「結婚する前に聞きたいことがある。私は彼と向かい合った。
「子供のことだけど……」
彼は目を伏せた。
やはり、子供は望まないのだろうか。
「怖いんだ、どうしても」
「父親になるのが?」
彼は首を横に振った。
「俺の誕生日が、母さんの命日なんだ。」
私は人生で1番泣いた。彼の苦しみを何も知らなかった。」(p.102)
「今夜零時を過ぎたら、周りの人に関する記憶を全て失い、思い出すことはありません。明日の自分に伝えたいことを四百字以内で書き残して下さい。」(p.160)
「だからいつ何が起こっても大丈夫なように、言葉を残しておきたくなったんだ。」(p.208)

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